8話 「喜びの味は悲しげな音と共に」
森を闊歩すること三日。
――迷ったかもしれない。
「大丈夫、まだ遭難じゃない。断じて! 遭難ではない!」
「ンモ……」
優しく肩を叩くんじゃない、サトウ。
「くそう、出来ることならこの森を焼き払いたい」
「ンモッ!」
するとサトウが俺の言葉に否定的な声を返してきた。
サトウは喋れこそしないが、肯否定に関してはこうしてハッキリとした反応を返すことが多い。
そして俺はサトウのそういうところが嫌いじゃない。
「ンモモ」
さらにサトウはそのへんから小枝を拾ってきて、じめじめした森の地面に絵を書きはじめた。
「ふむふむ……」
すげえ、三次元的な構図だ。
サトウの絵心どうなってんの?
俺なんか猫を描いたら実家のメイドに「なんでこの猫、足が八本もあるんですか?」って心底不思議そうな顔で言われたことがある。俺がヒゲのつもりで描いたものがメイドには足に見えたらしい。
「ふむふむ……森にはたくさんの生き物がいるからダメ、と」
「ンム」
『ンモ』じゃねえのかよ。『ンム』ってお前、それ普通の返答になってね?
……今普通に喋ったよねっ!?
「大丈夫大丈夫、俺だって本当にやるつもりはないから」
「ンモ」
わかればよし、みたいな鼻息を漏らされた。
「とはいえ、遭難しそうなのは確かなんだよなぁ……」
どうしたものか。
「キュピッ!」
すると、俺の頭の上でキュピキュピ言いながら飛び跳ねていたタマが肩のあたりにまで降りてくる。
「どうした?」
訊ねると、タマがプルプルと微動しはじめた。
そして、
「キュ――ゲボァ」
「うおっ」
おま、ちょっと、今の音はいかんよキミ! キュピキュピ可愛らしい声で鳴いていたお前はどこへいったんだ!
タマが金色に染まったなにかを吐き出した。
ふとその吐き出された物を見て思い出す。
――これ、三日前にタマが呑み込んだ野草だ。
金色にコーティングされて戻ってきやがった。
ゲボァ、という吐瀉音と共に。
「また不思議生物かー!」
サトウも普通のゴーレムとは一味違う不思議ゴーレムだが、タマもどうやらただのスライムではないらしい。
……いやしかし、すげえまぶしいなこの野草。
「キュピッ!」
タマが吐き出した野草を自分の体をぐにょりと変形させてちょんちょんとつついている。
「食えってこと?」
「キュピ!」
あてずっぽうで訊ねたが、どうやらそのとおりらしい。今回は俺の謎の察しの良さを褒めて欲しい。
「おおう、マジかぁ……」
しかし、これを食うというのはさすがの俺も勇気がいる。
サトウの時はまだ砂みたいな感じだったからよかったけど、ゲボァ言ってゲロみたいに吐き出されたこれを口に含むのは……。
「キュピッ!」
しかしタマは早くしろと言わんばかりに肩でピョンピョン跳ねている。
しかたない、覚悟を決めよう。
「ふう……」
そして俺は金色コーティングされた野草を口に含んだ。
……。
…………。
「あ、うまい」
まったり系。それでいて味にかなりの深みがある。
「なんだこれぇ……」
口に入れた瞬間からじゅわりと金のコーティングが溶け出し、一気に旨みが広がった。肉に合いそうな、やや塩味の利いた旨みだ。
加えて不思議なのが――この液体に『熱』があることだった。
胃に落ちたあとにじわりと温かさが身体を伝う。どういう原理だろうか。
「ただの野草でこの味になるとか危険な香りさえしてくるぜ……」
肝心の野草の方も、茎をかみつぶすとそこからも先ほどの旨みが溢れ出た。――やばい、これずっと噛んでられるかもしれない。
「この旨み、肉と合わせたらどうなるんだろう……」
持ち物の中に干し肉があったことを思い出し、それをタマの中で熟成させてみることにした。
タマは「キュピキュピ」言いながら干し肉を丸呑みし、少しばかり身体を大きくさせて、また俺の頭の上(定位置)へ登って行く。――どうやら熟成中はあまり動けないらしい。
「よーし、熟成まで大体三日くらい掛かると仮定して――それまでに適当な旅人を掴まえるとしよう」
「ンモ」
タマの呑み込んだ肉を使って料理を振る舞うべく、俺は真面目に森の出口を探すことにした。
◆◆◆
「やっと森抜けたあああ!」
「ンモオオオ!」
俺は空に向かって両の拳を掲げて、大きなガッツポーズをした。サトウも隣で同じポーズを取っている。
いやあ、やっとだよ、やっと。ここどこだろうな。
グランドニアの西の方には水中都市サラースとかいう街があるらしいのだが、森を抜けた眼前には短草平原しか広がっていない。だだっ広い平原だ。人っ子一人見当たらない。
そろそろタマがゲボァするころだが、早めに誰かを捕まえねば。
そうして平原を歩いて行って、ふと俺は頭上を飛んでいく物体に気が付いた。
「鳥――にしては大きいな」
それに、四肢が見える。人型だ。――鳥人族か。
「三人いるな。よし、時間がない。あれにしよう」
俺は即決し、右手の指に魔術で炎を灯した。
「かるーく、弱く、注意を引かせるくらいに……」
驚いて逃げられても困る。
「くそ、攻撃系の魔術の威力を弱めるのって結構めんどくさいな……」
指先に灯した炎がキィンと高音を立てて光星のようなまばゆい光を放っているが、これだと間違って当たったら即死する気がする。
「よし、これくらいなら大丈夫だろう」
かろうじて炎がゆらゆらと揺れるくらいに圧力を弱めたところで、俺は指を天に向けた。
「行け、炸裂炎弾」
指先に灯った炎が天に向かって弾き飛び、飛翔していた鳥人たちの隙間を縫ってさらに高空へと昇る。
やがてそれは上昇力を失ったところで大爆発を起こし、周囲一帯を昼間のごとく照らした。
『ふおおおおおおッ!! 敵かっ!?』
『えっ!? こんなところにっ!?』
『というかこれ威力おかしいんだけど――‼』
鳥人たちはきょろきょろとあたりを見回して、ついに眼下に俺の姿を見つける。
『なんでこんなところに人が……』
『なんかゴーレム連れてるんだけど……』
『というかあのやたらにまばゆい銀のテーブルは……』
「おーい!」
俺は彼らに手を振った。向こうは空から訝しげな目を向けてきている。
『やばいって、兄さん。さっきの魔術も尋常じゃなかったし。もしかしたら西の森に住む悪魔が出てきてしまったのかも……』
『それだと余計無視するわけにはいくまいよ。背を見せたら殺される』
『だから近道するのやめようって言ったのに……』
なかなか下りてこないから、また指先に魔術炎を灯した。
『やばいよ兄さん!!』
『お、下りるぞ!』
下りてきてくれた。誰も怪我しないで済んでよかった。
「ンモ……」
サトウが両手で四角い頭を抱えていたけど、無視することにした。