29話 「万死に値する」
「さて、名前――はさっき聞いたから、なんで吸血鬼の真祖がここにいるかを聞こう」
「わらわの名前はマルルエル――」
「黙れマル子」
吸血鬼がそうぽんぽんと真名を口にするんじゃない。
「うあーん! マル子はあんまりだー! のじゃー!」
「ンモゥ……」
ベッドに座らせたマル子を前に、俺は詰問をはじめた。
あとサトウさん、妙に親身な感じでマル子の肩を叩くのやめてもらえませんか。
俺のネーミングセンスが悪いみたいじゃないか!!
「はあ……」
とはいえ、見た目が見た目だけに、さすがに良心が痛む。
「エッ」
サトウが「え? お前に良心なんてあったの?」みたいな顔をしてすごい勢いで俺の方を見た。
なに? なんなの? なんでこういうときだけ表情豊かなの? あとやっぱり喋ったよね?
「マスター、殺しましょう」
「やめてよデ子、さっきから目が怖いよ……」
こいつこんなキャラだったっけ?
なんでそんなに怒ってるの?
あと仮にも幼女見てその即決はどうかと思うよ。
魔物の感覚はわからん……。
「最近俺の存在感が薄れている気がする……」
まあいい。
今は現状の解明が先決だ。
「吸血鬼の真祖がこんな人の多い場所にいるって、珍しいな」
昔、何人か吸血鬼の真祖に会ったことがあるが、どいつもこいつも辺境にこそこそ暮らしていた。
「お前らって真名を知られると結構ヤバいんだろ?」
認識される存在になると、滅殺される危険が高くなるらしい。
これは霊体系の種族全般に言えることだが、吸血鬼はそれ以外で死ぬことがあまりないため、特に注意するとのことだ。
「うむ、ヤバい」
「まあ俺は知ってっけど」
「い、言ってみろ!」
「えっと……マル……マルルエ……」
「ウワァ……」
サトウ、少しリアクションを抑えろ。
「マルルエル……マル子。そう、今日からお前は正式名称マル子だ。もしファミリーネームが欲しかったらマル・子でもいいぞ!!」
「キュピィ……」
タマまで床にでろんとなっている。
「マスター」
「なんだ」
「いや、なんでもないです……」
デ子がデスサイズを謎空間にしまいながらため息をついている。
がっくりと首をうなだれ――あ、おい、ぽろっと外れたぞ。
「わらわとて自分の国が無くならなければこんなところには来なかったのじゃ……」
「自分の国? ああ、お前も人間の協力者を得て辺境で暮らしてたクチか」
今の時代、吸血鬼は人間に協力者を得ている場合が多い。
主な食事が人間の血であり、ほかの生物の血液である程度代用こそできるものの、まったくなしでは生きていけない。
だから、能力にすぐれた吸血鬼の力を貸すかわりに、対価として血の提供を受ける。
そういう協力関係が多々見受けられるのだ。
「お前の国、滅んだの?」
「人間同士の戦でな……」
困ったものだ。
人間同士だからいいではないか、と一部の者は言うかもしれないが、案外それは魔物にも関係していることが多々ある。
共生というやつだ。
「守れなかったの?」
「……わらわの力不足じゃ。三百年生きてきて、ここまでの屈辱は初――いや、おぬしに今されている扱いも結構あれじゃな……」
これも世の摂理か。
弱肉強食。
「そっかー、残念だったな」
「うむ……」
多少同情はするが、俺がどうこうする問題でもない。
外様が首を突っ込むとよけいに状況がややこしくなる。
それに、人間同士の戦争だ。
魔物同士だったらまだしも、俺はもっともそれに興味がない。
「わらわは安定的な血の供給源を失った。そうなるともう、自分で血を取りにいくしかない……」
「それで人が多いこの芸術の街に来た、と」
「ここは流れの者が多い。大陸の四方から貴族なども多く来る。土着の民が多い場所で人間に手をかけると、対策をされることが多くてな」
「ふむふむ」
「それに、繰り返し血を奪うことでその地の人間そのものが疲弊してしまう。わらわは別に人間を滅ぼしたいわけではない」
「だから旅人ばかりを狙ってるのか。旅人なら一期一会だしな」
土着の民を何度も狙うよりは、人間そのものの疲弊も抑えられるだろう。
マル子はバカだがある程度は考えているようだ。
「吸血鬼かー……」
なんとかしてやりたいと思わなくもないが、いい案が思い浮かばない。
「お前、弱そうだからなぁ……」
「わらわ、吸血鬼の真祖じゃぞ……そこらへんの魔物ならでこぴんで倒せるぞ……」
だめだ、お前程度では実家に送ってもほかのやつらに食われる。
まずメイドたちにすり潰されるだろう。あいつら魔神と真っ向からやり合えるからな。
「まあ、なんだ。その、あれだ、……がんばれ」
「うわーん!」
サトウがマル子の頭を優しく撫でながら「おめぇなんかいい方法ねえのかよ」って顔でこっちを見てる。
最近のサトウさん、俺への要求がはんぱない。
「って言ってもなぁ……」
と、次の瞬間。
「真祖マルルエルはそこにいるか!!」
部屋の扉が勢いよく開き、なにやら物騒なものを手に持った数人の男がどたどたと中に入ってきた。
「っ、見つけたぞ! マルルエル!」
「あっ……」
マルルエルって誰だよ。
まあいいや。
「その吸血鬼の力、我が国のために捧げてもらおう!!」
男たちは血走った目でマル子を睨み、手に持っていた銀の剣を突きつけながらゆっくりと近づいてくる。
後ろにいた何人かが「え? ゴーレム?」「お、おい、金色のスライムがいるぞ……」「首無しの魔物が……」なんて言ってるけど、一番前にいるやつは周りが見えていないみたいだ。
しかし、なんだか面倒くさいことになってきた。
逃げよっかなー。
「その娘をこちらによこせ、ガキ!!」
マル子はいつの間にか俺の胸元に飛びこんできている。
お前自分で強いって言ってたじゃねえか。がんばれよ。
「真名の一部を知られておる……それを素に対わらわ用の魔術が掛けられておるのじゃ……」
言われてみれば武器が青白く光っている。
身に着けている鎧も同じく。
ふむ、真名で縛ることによる弱体化魔術だろうか。
と、そのあたりで俺はとんでもないことに気づいた。
さきほどサトウが床に降ろした我が銀テーブル。
「あ」
この男たちが、それを踏みつけている。
「早くよこせ!!」
ぷつり、と俺の頭の中でなにかが弾けた。
「万死だ……」
「なに?」
「万死に値する……!」
この、俺の、夢の、相棒を。
みんなに愛される、旅するレストランの象徴である、銀テーブルを。
俺と、俺の仲間以外のやつらが、むげに扱うことは許されない。
「マ、マスター?」
「デ子、伏せてなさい」
ふふ、怒りが吹っ切れると頭の一部が妙に穏やかになるのはなぜだろうか。
「決めました。今からあなたたちを『クコケー!!』の刑に処します」
俺は手の中に転移魔術を編みこんだ。
ちょうどこの街へ来る手前でとある生物につけておいた印。
それをもとに呼び出すは世にもおそろしき鶏肉。
「出でよ、コカトリスッ!!」
ぴかっ、と手の中で光がほとばしり、そしてその生物は現れた。
「ンゴホッ、ゲホッ」
「まだむせてんのかよ!! いいからクコケーしろ!」
しょうがないから回復術式をかけてやった。
「ンッヒョコケー!!!!」
すごく元気になった。
「う、うわっ、なんだこいつ!」
「団長! コカトリスです!!」
「はっ!? なんでこんなところに――」
と、一番前の男が叫んだ瞬間、コカトリスの赤い目が光った。
「あ――」
先頭、石化。
よし次だ。
「ははは! 安心しろ! 石になったらこの芸術の街の美術館にでも飾っておいてやる!!」
俺はコカトリスの首をむんずとつかみながら部屋に乱入してきた男たち全員にコカトリスビームを喰らわせた。
次々に石化していく男たち。
やべえ、楽しくなってきたぞ!
「ウワァ……」
「サトウ! お前もやるか!?」
「ンモ……」
別にいいらしい。
そうか、残念だ。
楽しいのに。
「後悔するといい! この〈旅する銀のレストラン〉に刃向ったことを!」
俺は敵には容赦しない男。
その場に乱入してきた男たちをすべて石にしたところで、ようやく俺は一息をついた。




