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23.Hooker

 『見た目をしっかり整えとけ。今夜さっそく売り込みに行くからな』


 時刻はもう夕方。リネンに言われたことを思い出しながら、俺は今、熱いシャワーを浴びていた。廃業したホテルだがまだインフラの機能は失われてないようで、冷水に凍えずに済んだのは、素直に嬉しいところだ。

 結局『獣人』が何かという問いは、『会えばわかる』の一言で一蹴されてしまった。一抹の不安はあるが、こうなった以上、腹をくくるしかないだろう。


 (しかし、異世界に来てまでこんなことするハメになるとはな……)


 打ちっぱなしのコンクリートの壁に手を置いて、日本にいたときのことを思い出す。

 ……別に、こういうことは初めてじゃない。日本にいた頃も似たようなことをしていた。文字通り、そういう仕事。

 きっかけが何だったのかは曖昧だ。ロクに何もできず職にあぶれていたというのもあるが、何よりあまり家に居たくなかった。だから、なるべく帰らずに済むこのアルバイトを、自然と続けるようになってしまっていたのだ。


 (日本の時と違うのは、上手くやらなきゃあとがないってことか)


 その辺のオッサンおばさんを相手にするのとはわけが違う。俺が相手をするのは――その前にリネンが『毒見』をするらしいが――この街一番の有力者であるギャング『モンタナ・ファミリー』の女ボス。少しでも機嫌を損ねようものなら、豚の餌にされる可能性もあるという。

 しかもそれは俺だけの問題ではない。俺が失敗すると、それにイトたちも巻き込んでしまうのだ。つまるところ、決して大げさではなく、彼女たちの生死は俺にかかっているということになる。


 シャワーを止めて、バスタオルを取る。曇った鏡の前に立って、その曇りを手で拭うと、そこには黒い髪と黒い瞳の、一人の男の顔が映っていた。


 「……なんでこんなのに、みんな躍起になってんだかな」


 誰に言うでもなく、俺は鏡に映る自分を見て、そんなことを独り言ちた。元いた世界じゃ見ない日が無いくらいたくさんいた、黒髪黒瞳の男。それが希少な世界があるなんて、ドラマにだって使えなさそうな話、一体誰が信じられるだろうか?

 けれども、そんなことをいまさら言ったところで、現実は変わらない。やるべきことは何も変わらないのだ。

 イトたちは命がけで俺を助けてくれた。今度は俺が命をかけなきゃいけない番なのだろう。

 置いてあるクシを取って、俺は今夜のお相手に気に入られるべく、準備を進めた。



 ――髪を整え、髭の剃り残しのチェックをすること、約15分。久しぶりにしっかり気合の入れた外行用の見た目を作り終えてから、俺は洗面台からリビングへと移動した。


 「お待たせ、終わったよ」


 そう言うと、リビングにいた全員がこちらを向いた。リネンが腕を組んで苛立っていることから察するに、結構待ちぼうけにさせてしまったみたいだ。


 「遅いぞ! もう時間が――ッ!?」


 「ああ悪い、髪が纏まんなくってさ……なんだよ、どうした?」


 リネンが俺を見るや否や、驚いた表情で口を噤んでしまった。いわゆる絶句だ。

 リビングを見渡すと、他の反応も何だか妙だ。

 ルーラは顔を赤くして口を両手で隠しているし、ラミーはにやけた面をして俺をじろじろ見ている。ベルさんにいたっては「ほほぅ」と何かに感心したような声を出した。何なんだよ。

 イトは……何故か俺を見た瞬間顔を逸らしてしまったから、表情がうかがえない。


 「……なに、なんだよ。化け猫でも見たような顔しやがって。何か変なとこあるならそう言ってくれよ」


 そう言うと、固まっていたリネンは我に返ったようで、軽い咳払いをした。


 「アッ……ゴホン! な、何でもない。準備ができたなら行くぞ、そろそろ約束の時間だ」


 「ああ、案内はさっき話した通り、リネンだけ?」


 「そうだ、ゴロ巻きに行くわけじゃないからな。必要最低限で行く必要がある」


 それを聞いて、数刻前、話し合った段取りを思い出す。

 『モンタナ・ファミリー』の屋敷へ、午後7時に。行くのは俺とリネンだけ。今話した通り、相手の敵愾心を刺激しないための処置だ。


 「いいか、粗相をするなよ。もし何かあったら、お前が黒髪黒瞳とは言え、無事じゃ済まない」


 「わかったよ、そっちも『毒見』はちゃんとしてくれよ?」


 「ッ……! あ、ああ、そうだな。うん、そうだ……」


 昼の時とは打って変わって、リネンは『毒見』というワードを出した瞬間、借りてきた猫のようになる。本当に大丈夫なんだろうか?


 そんな不安を抱えながら、俺たち2人は靴を履き、玄関の扉を開ける。

 外は、心地いい夜の風が吹き始めていた。




 ◇




 「リネンだな? 案内する、付いてこい」


 ――時刻は午後6時40分ごろ。門番の言葉を聞いてから、私たちは『モンタナ・ファミリー』の屋敷へと入った。


 『ウィンストン・ヒルズ』にある、『モンタナ・ファミリー』の根城であるプール付きの豪邸に、私たちは通されていた。さすがに一大マフィアの巣なだけあり、右にも左にも、銃を持った護衛がゴロゴロといる。一歩間違えれば、生きて帰ることさえできなくなるだろう。


 「なあ、そろそろ教えてくれよ。ボスってどんな感じの人なんだ?」


 「だ、黙ってろ。会えばわかるって言ってるだろ」


 だと言うのに、私の心中は未だ平静を取り戻せないでいた。原因はわかってる。

 私の横で、平和そうな顔をしたこの男のせいでだ。


 ……正直な話、私はこの黒髪黒瞳を、延いては男というものを、何故誰も彼もあんなに欲しがるのか、わからないでいた。

 男はただの成り上がるための道具、それ以上の認識はなかったし、その根底にあるものを見ようとも思わなかった。

 だからこの黒髪黒瞳そのものには、特段興味はなかったし、ましてコイツのことをしっかり見たことなんて一度もなかった。

 それなのに。


 「……リネン、なんかぎこちなくないか? 大丈夫?」


 「ッ……!? こ、これ以上喋ったらぶつぞ」


 「わかったよ、わかった。悪かったよ」


 いきなり黒髪黒瞳が顔を覗き込んできたもんで、私はコイツの顔をしっかりと見てしまった。

 数時間前まではもう少し野暮ったい感じなはずだったのに、外行用に容姿を整えたコイツは、まるでモデル誌かグラビア・ポスターから飛び出してきたようだった。

 濡れガラスのような黒髪と、端正な顔にはめ込まれた闇色の瞳はどこか艶めかしくて、改めてこの男の顔をよく見ると、忌々しいことにあの腰ぎんちゃく……もといルーラが『毒見』に関して喧しく喚いていた理由が、ほんの少しだけ分かった気がした。


 ……そうだ、毒見をしなくちゃいけないんだ。いまさらこんなことで動揺してどうする。

 気合を入れろ、これから『レザボア・ハウンド』に会わなきゃいけないんだ。

 こんな男を意識している暇なんて、私にはこれっぽっちもないのだから。


 「リネン」


 「ッ!? な、なんだ!?」


 「なにビックリしてんだよ……着いたぜ、この部屋だってさ」


 黒髪黒瞳がそう言って顔を向けると、目の前にはいつの間にか扉があった。どうやら頭でぐるぐると考えているうちに、『レザボア・ハウンド』の部屋まで来てしまっていたようだ。

 門番の一人がドアをノックすると、中から声が聞こえた。


 「何?」


 「ボス、リネンが来ました。お話通り、黒髪の男も一緒です」


 「う、うん……通して」


 ぎこちない、まるで生娘のように落ち着きがない声だ。この眼で見るまでは半信半疑だったが、やはり世代交代の話は本当だったのだろう。私が言うのもなんだが、酷な話だ。だって彼女は、まだ……。


 ――と、考えている途中で、ドアが開かれた。


 「……行くぞ黒髪黒瞳。粗相をするなよ」


 「あ、ああ……」


 私は思考を中断し、黒髪黒瞳を連れて『レザボア・ハウンド』の部屋に入る。

 入るとすぐに、彼女の姿が見えた。


 亜麻色の髪に、とんがった獣のような大きな耳を乗っけている。

 少々歪で、狐とも猫とも似つかない、ただ『獣』としか形容できないような耳。

 『獣人』の特徴をしっかりと持っているロウ・ティーンの少女が、彼女の体躯にはやや大きすぎる椅子の上で、無理をしてふんぞり返っていた。


 「……初めまして、貴女がリネンね? ママから話は聞いてるわ」


 「どうも、先代にはお世話になりました」


 どうやら現『レザボア・ハウンド』は、先代ほど恐ろしい人間じゃないようだ。私は内心胸をなでおろした。

 思っていたよりつつがなく終われるかもしれない。私はそう思いながら、通り一遍の挨拶をして、黒髪黒瞳を紹介しようと、奴の方を見る。

 ……が、何やら奴はひどく驚いたように、目を丸くして、『レザボア・ハウンド』の方を見ていた。



 「……こ、子ども?」



 何を思ったのか、それとも思わずなのか、奴はいきなりとんでもない失言を、『レザボア・ハウンド』の前で、ぼそりと呟いたのだ。


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