唐突に、自称フェミニストの方の怒号が聞こえて来ました
唐突に、自称フェミニストの方の怒号が聞こえて来ました。
アパートの隣の部屋の女性と何故か動物園に行く事になりまして。“何故か”と言うか、何と言うか、偶然にも彼女が動物園のチケットを手に入れて、それで誘われたからなんですが、その誘われ方がかなり微妙で、いきなり尋ねて来たと思ったら、
「別にあなたと一緒に行きたいって訳じゃないのだけど、ホラ、今ってコロナ19の所為であまりみんな外出したがらないじゃない? だから、一緒に行く人がいないのよ。断っておくけど、わたしがボッチって訳じゃないんだからね!」
なんて言って来たのです。つまりは、ボッチなので誰も行く人がいなかったのでしょう。
彼女はスレンダーな体型で、気の強そうな外見に目を瞑るのならそれなりに整った顔立ちをしていると言えない事もないので、或いは羨ましがる諸兄もいるかもしれませんが、はっきり言って僕は「面倒くさい」とか思っていたりしました。
いえ、別に性欲低めのストイックガイを気取るつもりなんて毛頭ありません。ぶっちゃっけて言ってしまうと、彼女は性格が少々アレなのです。それはもう、外見の良さを全て打ち消してマイナス100くらい軽々と突破してしまうのじゃないか?ってくらいの一緒いるだけで疲労が溜まりまくる迷惑な性格をしているんですよ。
そんな主張をしたなら、「それじゃ、どうしてお前は一緒に動物園に行っているんだよ?」なんて言われそうですが、それは簡単な理由で、断ったらそれよりももっと“面倒くさいこと”になるのが分かり切っていたからです。本当に迷惑です。
恐らく、一緒に行く人がないのも、そんな彼女のアレな性格が災いしているのだと思うのですが、口に出したら酷い目に遭いそうなので出しません。
とにかく、そんなこんなで僕らは動物園に遊びに行ったのです。
「アハハハハ! すげー!象だぁ!」
動物園でしばらく遊んでいると、やたらと大きな声ではしゃぐ男性の姿が目に入りました。“童心に帰る”と言えば聞こえは良いですが、公共の場で恥も外聞も気にしないでいる態度には、正直、引いてしまいます。それなりに良い顔をしてはいますが、あれは流石にアウトでしょう。
なんて思っていたら、
「可愛い~ 犬系で撫でたくなるわ~」
なんて彼女が言いました。
“ただし、イケメンに限る”と、僕はそれを聞いて心の中で呟きます。口には出しません。はい。面倒くさいですから。まぁ、ただ、彼女の場合は、もし彼と近しい関係になったのなら、絶対に彼のことを殴るか蹴るかはするのではないかと思われますが。
彼女は動物園に来ているのに動物は見ないで、そのイケメンをしばらく眺めていましたが、「こら~ あまり騒がないの~」という声を聞いて顔を向けるなり荒んだ表情になりました。そして、
「飼い主だったら、ちゃんと飼い犬の世話くらいしなさいってのよ」
なんて毒づきました。
そこには恐らくはそのイケメンの恋人だろう女性がいて、しかも胸が大きかったからでしょう。彼女は世界中の胸の大きな女性を敵視しているのです。理由は分かり切っているので言いません。
とにもかくにも、物凄い豹変ぶりです。本当に良い性格をしています。彼女は恐らくこの日一番だろう憎悪をその胸の大きな女性に向けているようでしたが、やがてその変わった遠くにカップルは離れていったので、多分、それで忘れてくれるでしょう。ただでさえ性格がアレな彼女の機嫌が悪くなったら、更に面倒くさくなるので良かったです。
ところがです。
動物園を出て、帰ろうとしているところで、僕らは再びその変わったカップルと遭遇してしまったのでした。
――唐突に、自称フェミニストの方の怒号が聞こえて来ました。
どうしてフェミニストだと分かったのかと言うと「私は通りすがりのフェミニストだけどー!」という声もセットだったからです。
あまりに奇妙な台詞だったので、何が起こったのかと思って目をやると、そこには先ほどのカップルがいて車に乗っていました。女性が運転席で、男性が助手席に乗っています。そんな彼女らに向けて、その自称フェミニストさんは怒っているようでした。
「どうして男が助手席で、女のあなたが運転しているの? 女は男の召使いでも奴隷でもないのよ!
なによ! そんな可愛い顔の彼氏だからって甘やかしちゃって! 羨ましくなんかないんだからね! フン!」
なんだか、とっても変な人のようです。
僕はあんな変な人には関わりたくないと思ったので、さっさと退散しようと思って速歩きで進み始めたのですが、時は既に遅かったようでした。何故なら、
「そうよ! 羨ましくなんかないんだからね! フン!」
はい。
こっちにはそれに更に輪をかけて変な人がいたからです。
さっきまで僕と一緒にいた彼女は、仁王立ちで、その自称フェミニストさんの横に並んで、その胸の大きな女性の車の前に立ちはだかって威嚇していたのでした。
胸の大きな女性は、この上なく困った表情を浮かべていて、男性の方は仔犬のような顔で明らかに戸惑っています。どうやら心底怯えているようでした。
「いい? あなたのような態度が、男性優先の社会を助長させるのよ! 私は通りすがりのフェミニストとして、あなたのその態度に断固として抗議をします!」
そう自称フェミニストさんが言うと、まるで合の手を入れるように、彼女は「そうよ! そうよ!」と言い、「そんなに大きな胸をしちゃって! その胸もどうせ男に媚びる為に大きくしたのでしょう!」なんて続けます。それは流石に無理だと思うのですが。なんだか、本心がダダ洩れです。
「ずっとあなた達を見ていたのだけど、あなた、その男にアイスなんかも奢ってあげていたわよね? なに? あなた、貢女って訳? あ~ もう、嘆かわしい! 同じ女として恥ずかしいわ」
どうもこの自称フェミニストさんは、このカップルさん達をストーキングしていたようです。暇な人もいたものです。その方がずっと恥ずかしいと僕なんかは思うのですが。
僕は果てしなく関わり合いになりたくはなかったのですが、はっきり言って、このまま帰ってしまおうかとかなり煩悶したのですが、認めたくはなかったのですが、一応、片一方は僕の連れでもあるので、最低限の責任はあろだろうと考え、彼女達を止めに入りました。
「そんな事を言ったら、僕だって今日は彼女にチケットを貰って来ていますし」
そう話しかけた僕を自称フェミニストさんは一瞥しました。が、何も言わずに前を向き、車の助手席に乗るイケメンと僕を見比べます。そして首を何度か横に振りました。
……なんだか、物凄く屈辱的な気分です。
この自称フェミニストの方は、フェミニストとして根本的に間違っている気がします。いえ、初めから分かっていましたが。
「あの、この女性から、僕はチケットを貰って動物園に来たのですが……」
負けては駄目だと、僕は今度はそう言ってみました。すると、自称フェミニストさんは、彼女に目を向けます。そして、彼女のスタイルを……、特に胸をじっと観察してからこう言いました。
「大丈夫よ。この人は胸が小さいじゃない。フェミニスト的にオッケーだから」
なにかどうフェミニスト的にオッケーなのかは分かりませんでしたが、それを聞いて、彼女はまるで漫画表現のような衝撃的な表情を浮かべました。どうやら禁呪が唱えられたようです。その突然のインパクトに、彼女は倒れ込み、両手を地面につきました。どうやらダメージは深刻のようです。
「そうなのよ」
と、彼女は呟きました。
「中国で巨乳キャラがバッシングにあっているらしいのよ。女性を性的に利用していて、男女平等に反するとかなんとかね。ところが、貧乳キャラの初〇ミクは、“女性の社会進出の象徴”とかなんとかって言われて、むしろ歓迎されているらしいのよ……」
見ると、彼女はそう言いながら、目に涙を浮かべています。
「何なのよそれ? どうしてそうなるのよ? そーいう事じゃないでしょーが! それを聞いて、胸の小さな女はどう思えば良いってのよ?
喜ぶべきなの? 断っておくけど、全っ然、嬉しくともなんともないわよ!? 別にわたしが貧乳ってワケじゃないけれどー!」
この期に及んで、まだ認めないようです。なにが彼女にこうまでさせるのでしょう?
僕はそのやり取りの後、軽くため息を漏らすとこう言いました。
「……あの、この人の男性の為に車の運転をやってあげるって行為をどう解釈するのかは、価値観によって違うと思うのですよ」
その言葉に、自称フェミニストさんは「は?」と言いました。
「何を言っているの?」
“これだけじゃ、流石に分からないか……”と、僕は説明を続けます。
「男性原理的価値観ならば、誰かの運転をするっていうのは、その誰かに従う行為で、つまりは支配被支配関係や、上下関係の証拠となるでしょう。
ところが、女性原理的価値観だとこれが違うのですね。相手の為にやってあげる協調を重視した美しい行動となるのです」
それを聞いても、まだ自称フェミニストさんは納得していない様子。仕方ないと、僕はまた口を開きます。
「“親が子供の世話をする”ってのが一番分かり易いですかね? 親はお菓子を買ってあげたり、車を運転してあげたり、子供の世話をしてあげているでしょう? でも、別に子供は上司でも支配者でもないです。むしろ、親の方が立場は上。このお二方の関係も、そのように捉えてはどうでしょうか? って事を僕は言っているんですよ」
流石にこう言えば分かってくれるでしょう。ですが、それでも自称フェミニストさんは、「は?」と言ったのです。
「何を言っているのか、さっぱりピーマン、わけワカメよ!」
どうやらこの人は、フェミニストを自称しているのに、男性原理的な価値観に縛られてしまって、他の価値観を認められないでいるようです。
男性社会の価値観で一方的に行われる“男女平等”は、単なる“女性の男性化”になってしまう……
男女平等って、そんなにシンプルな話ではないと僕は思うのですが。
言葉が通じない事に、僕が少し項垂れていると、自称フェミニストさんは続けました。
「このカップルのどこをどう見たら、親と子供に見えるってのよ?! もし、そうであったのなら、そりゃ構わないわよ。むしろ、“お母さん、よろしくお願いします”とでも言ってみせるわよ!
でも、明らかに違うでしょーが!」
……どうやら、価値観が違うとかそれ以前の問題で、意味が通じていなかったようです。と言うか、絶対にこの人は、フェミニストじゃありません。
そこでこんな声が聞こえて来ました。
「あの……」
見ると、話の途中から、もとい、最初っからずっと置いてけぼりにされ続けていた胸の大きな女性が車の運転席から僕らに話しかけています。
「何か勘違いをされているようですが……」
それを聞くと、自称フェミニストさんは「はい? 何を勘違いしているっていうの?」と疑問の声を上げます。すると、胸の大きな女性はこう応えます。
「この子は、私の彼氏じゃありません。弟なんです」
それに僕らは揃って目を大きくしました。
「えー?」
「この子は成長がやたらに早くてこんな外見ですが、まだ中学ニ年生です。私は社会人ですが、少し幼い外見をしているので、よく勘違いをされるのですが……
なので、私しか車を運転できないし、私しかお金を持っていないので私が奢るのも当然なんです」
それを聞くと、性格がアレな僕の隣の部屋の彼女は「フッ」と笑いました。
「なんだ、なによー! もー! そーいう事なら、早く言いなさいよー」
一気に上機嫌です。
自称フェミニストさんもそれは同様。ニッコニコで、こう言います。
「許す。セーフよ、あなた」
何様のつもりでしょう?
「良かったわね、命拾いしたわよ」
どうやら、この人、彼氏だったら命を奪うつもりだったみたいです。
そうして、めでたしめでたしで、その謎の騒動は治まったのでした。ただ、二人とも、その後で必死に早熟なイケメン中学生の連絡先を聞き出そうとしていましたが。
二人とも、通報してやろうかと思いました。
最後にもう一度断っておきますが、あの自称フェミニストさんは絶対にフェミニストじゃありません。
全国のフェミニストさん達、ごめんなさい。