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万華鏡の森  作者: 日下真佑
5/10

5透子(とうこ)1

いつもありがとうございます。

不思議な森の物語、どうぞお楽しみください。

「ちょ、ちょっと。怖いんだけど」

勝手に動く足にびっくりしながら、賢太は未花に訴える。しかし未花は賢太に振り向くと、にっこり微笑むだけで何も言わない。

森は外から見た不気味さとは異なり、一歩一歩奥へ行く度に空気が綺麗になり、冷たく透き通るような感じがした。心地いいなぁ、と賢太が深呼吸すると、深い緑の香りと共に、頭の中がぼーっとする。

何だろうこの感覚。まるで起きているのに寝ているみたいに気持ちがいいんだけど。

そんなことをぼんやり考えて歩いていると、いつの間にか生い茂る木々がきらきらと色んな色の光に瞬いき始めた。

星でも降ったんだろうか?

真面目にそう思うと、光はくるくると賢太の周囲を回り出した。

「賢太君、川口透子かわぐちとうこを覚えている?」

「えっ……?」

そう言って目の前に現れたのは、さっきまでいた未花じゃなくて、幼馴染の川口透子だった。

「……透子ちゃん」

久しぶりに呼ぶその名に、賢太の心がずきんと痛む。

何故?

透子に最後に会ったのはいつだっけ。

それは確か、中学一年生の…冬の…。

記憶の淵の奥の奥に無理矢理封じ込めた残像が、まるでくるくる回る光を映写機みたいにして、賢太の前に映し出された。


「賢太くん、私は大丈夫だから」

中学一年の秋、帰り道をとぼとぼ歩く透子を見て、賢太は目を見開く。

外はすっかり夕暮れで、部活動が終わり疲れ切った顔をして三々五々と同じ学校の生徒達が帰って行く中、透子の体は打撲のアザだらけだった。

「あいつら……こんなことしやがって、許せないよ」

悔しそうに歯を食いしばる賢太に、透子は力無く頭を横に振る。

「いいの。私、こういうの慣れてるから」

「そう言う問題じゃないだろう?」

賢太はさっき体育館の裏で目の当たりにした光景に、拳を握り締める。

男子バレー部の賢太が部活動を終えて帰ろうとした時、体育館の裏から女子達の声が聞こえてきた。

ちらっと半開きの扉から覗くと、どうやら溜まっているのは、女子剣道部らしい。

道着に竹刀を持って仁王立ちする女子生徒の真ん中に、制服を着た透子が俯いて立っているのを見て、賢太はどきっとする。扉に背中をくっつけて、こっそり様子を伺うと、どうやら女子生徒は全員一年生らしく見たことのある顔が何人もいた。

「川口さん、仮病で部活辞めるとか、ふざけてるの?」

「…ごめんね。でも私、本当に病気で…これ以上、剣道は続けられないから…」

リーダーと思しき生徒に凄まれて、透子が申し訳なさそうに俯く。するとそんな透子を嘲るような目で、取り巻きの女子達がくすくすと笑った。

透子の剣道は誰よりも強かった。幼い頃からやっていて、夏の大会では透子のお陰で県大会で団体戦が二位になり、引退する三年生に最高のはなむけとなったと、先輩達は喜んでいたらしい。が、そんな透子を同級生の一部は妬んでいた。最初は先輩に隠れてする小さな嫌がらせ程度だったけれど、夏休み明けに透子が体を壊して、思ったように剣道ができなくなると、嫌がらせはあっという間にいじめとなった。しかも、透子に好意的だった二年の先輩達に、「透子が先輩達を下手だと馬鹿にしている」というデマを流したせいで、二年生も透子に辛く当たるようになったのに、退部届を出した帰りに、律儀に部員達に挨拶に行ったのだろう。

何て卑怯な奴らなんだ?

賢太が息を殺して介入のタイミングを伺っていると、その女子生徒は透子の首に竹刀を当てる。

「病気って嘘つかないでよ。この前、賢太とデートしているの、見たんだからね?遊ぶ体力あるのに、部活できないとか、馬鹿にしてるの?」

「…違うの!賢太くんとは家が近所だから、一緒に参考書を買いに行っただけで」

「ふーん。まだ仮病って認めないんだ。じゃあ、多数決ね。川口さんが仮病だと思う人、手を上げて」

さっと透子を取り囲む全員が、当然のように手を上げる。

これは助けに行かないと、と賢太が扉の向こうへ出て行こうとしたその時、後ろからとんとんとバレー部の部長の先輩に肩を叩かれた。

振り向くと、先輩は賢太の腕を掴み、黙って部室へ引っ張って行く。

透子ちゃん…!!

心の中で叫びながら、賢太は後ろ髪を引かれる思いで部室に連れて行かれた。

「申し訳ないけど、今度の秋季大会の一年生のレギュラー選びたいから、ちょっと付き合ってくれよ」

「でも、先輩」

何故このタイミングで?と賢太は精一杯目で訴える。しかし先輩は、はぁ、とため息を一つ漏らして、黙って次の大会の書類を机に出すと賢太を睨んだ。後から思えば、気をきかせた先輩が、賢太が厄介事に巻き込まれないように配慮してくれたらしいけれど、賢太は一刻も早く先輩の用事を終わらせて、透子の所へ駆けつけたくて堪らなかった。

 結局先輩の用事は意外と長引き、部室を出たのは三十分も後だった。

すっかり誰もいなくなった体育館裏を確認すると、賢太は急いで靴を履く。透子とは家も近所だし、通学路も同じだ。今ならきっとまだ歩いているかもしれない。歩道を全力で走って五分くらいすると、とぼとぼと嗚咽を漏らしながら歩く透子にようやく追いついた。どうやら、さっきの一年生達から、竹刀で滅多打ちにされたらしく、腕も足もアザだらけで、透子は涙で顔をくしゃくしゃにしていた。

「透子ちゃん!」

賢太が声をかけると、透子ははっとして顔を隠す。

白いブラウスの袖から伸びる細い腕に容赦なくつけられた、赤紫色のアザが痛々しくて、賢太は怒りに震えた。








いつもお話を読んでくださいまして、本当にありがとうございます。

次話も続きますので、どうぞよろしくお願い致します!!

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