4空文字の招待
時々お休みしてしまい、すみません。
体調の都合でこういうことがありますが、必ず完結しますので、よろしくお願いします。
それからあっという間にひと月が過ぎ、未花はすっかりクラスの中で浮いていた。
最初は頻繁に話しかけていた女子達もいつしか近寄らなくなり、それでも全く動じない未花を、男子達はまるで関わり合いを避けるように無視した。
賢太はそれでも何故か未花が気になって仕方なかったが、必要最低限の業務連絡みたいな言葉は交わすものの、親しくなったとは到底言えない状態だった。しかし未花は、そんなクラスの中にいても全く焦ったりおどおどしたりすることなく、堂々と授業を受け、そして昼休みは必ず校庭のベンチに座った。それは、晴れの日だけでなく、曇りの日も小雨が降る日も変わらず、いったい何を見ているのか、傘を差してベンチへ行くと、立ったままじっと雨の落ちて来る空を見上げ続けた。
ある大雨の休み時間、今日こそはベンチに行かないだろと踏んだ清隆が、賢太に未花が校庭に行くかどうかに、ジュースをかけることを提案してきた。
「俺は絶対行かないと思うけど、賢太はどう思う?」
窓の外を見ると、雨の勢いは激しく、校庭にはいくつもの水たまりができている。
「うーん、どうだろうな?流石に、この雨はと思うけれど、あの子小雨でも行くからなぁ」
「じゃあ、賢太は「行く」な。俺は行かないだから、当たった方がジュースをおごるでどう?」
別にジュースくらいはいいけれど、何だかちょっと理不尽だよな、と思いつつ、賢太は渋々頷いた。
「いいよ。その代わり、外れたらちゃんとおごれよ?」
「分かってるって」
清隆は嬉しそうににんまり笑顔になると、自分の席へ戻って行った。
昼休み、給食の後どきどきしながら様子を伺っていると、何と未花はいつも通りすっと席から立ち上がり、教室を出て行く。
おい、本気かよ?
雨は断続的に降り続き、校庭はすっかり泥沼と化しているのに、未花はそんな外の様子にも全く躊躇せず、いつも通り傘をさして校庭に出ると、迷わずベンチへと向かった。
「くっそー!」
悔しがる清隆を横目に、賢太は目を見開いた。
なんと未花がベンチの前に行くと、急に雨が小降りになったのだ。
「…嘘」
思わず口から洩れると、賢太は未花の動きを注視する。
未花は黙って空を見上げると、空に指で文字を書き始めた。
何て書いているのだろう?
目を凝らすも、遠すぎて読み取ることができない。
何とか読み取ろうとじっと見ていると、ふと振り向いた未花と目が会った。
どくんと心臓が鳴り、息を呑む。未花はそんな賢太ににっこり微笑み、いつも通りベンチを後にした。
その日の帰り道、賢太は一人で森へと向かうことになった。
理由は、配られた宿題の国語のワークが、何故か未花の分まで机の中に入っていたからだ。
「明日は国語の単元テストもあるからなぁ。小坂井の家の場所はこの地図の通りだ。森の近くみたいだから、気を付けて行って来いよ」
「はい」
返事をしながら、ちょっとだけわくわくしている自分に気がづいて恥ずかしくなる。
あれだけ不気味な森なのに、何故喜んで行く気になったのかは、よく分からない。
路地を走り、誰もいないことを確認しながら森の前に立つ。すると、いつからいたのか、後ろから未花が鈴のように透明感のある声で、「賢太君」と呼んだ。
びっくりして振り向くと、そこには制服を着た未花が立っている。
「あ、あの…俺は…」
ばつが悪くなってしどろもどろに言い訳しようとしていると、未花は意外にもにっこり微笑んだ。
「来てくれたんだね。いらっしゃい。私が書いた空文字、ちゃんと伝わったんだね」
「あの…空文字って?」
きょとんとして聞き返すと、未花はぱっと嬉しそうな顔になる。
「私が空に文字を書くと、それが本当になるの。賢太君を今日うちにご招待しようと思って、書いたの」
「ご招待って…俺、国語のワークを届けに来ただけだし、もう帰るから」
ちょっと照れながら言い訳をすると、未花はぶんぶんと頭を横に振った。
「帰っちゃだめだよ。賢太君は、今日ここに来なくちゃいけない人だから。この前、待ち伏せしていた時に声が聞こえたでしょう」
は?何のこと?と賢太はきょとんとして未花の顔を見る。
クラスでも隣の席というだけで、特に親しくしているわけでもない。しかも声が聞こえたって、何だか気味の悪い話だ。しかし未花はそんな賢太の反応に全くお構いなく、続けた。
「賢太君、他のクラスメイトみたいに、私を避けたり悪口言ったりしないでしょう?だから森の声も聞こえたし、私がご招待したの」
「ごめん。何のことだかさっぱり分からないよ。俺は本当にワークを届けに来ただけだから」
「だから、それは私が招待したからって言ってるでしょう?」
何言ってるんだろう、この子。いいかげんオカルトっぽい訳の分からない会話にうんざりして、賢太は早くここから立ち去りたくなった。
「とにかくそういう話はよく分からないけど、はい、ワーク。クラスでも皆とちゃんと会話したら、今みたいにはならなかったかもよ」
わざと嫌味を言って、未花の顔を見る。怒ったかな?それとも傷ついたかな?と次の反応を待っていると、未花はまるで天から俯瞰しているみたいにゆったり微笑みを浮かべた。
「ふふふ、やっぱり私が思った通りの人だね、賢太君は。森の奥に見て欲しいものがあるの。着いて来て」
「お、おい!」
突然体が少し浮かんで、賢太はびっくりする。そして、まるで空中でも歩くかのようなふわふわした足取りで、何故か未花について森へと入った。
いつもありがとうございます。
次話も続きますので、どうぞお付き合いください。
これからも、よろしくお願い致します!