3森の夕暮れ
時々体調不良でお休みしてしまい、すみません。
今日もどうぞお楽しみください!
「あの子、変わってるよね」
静々と当たり前のように席に戻る未花を見て、クラスの女子達が悪意に満ちた口調で冷やかす。
しかしそんな陰口とは別次元にいるかのように、未花は堂々とそして全く動じることなく自分の席に座っていた。机の中から文庫本を取り出すと、黙々とページを捲り始める。
どんな本を読んでいるのだろう?賢太は横目でちらっと文庫本のカバーを見た。難しい漢字の並ぶタイトルと、渋い絵柄からして、時代小説か何かのようだった。
ふーん、よく分からないけれど、大人っぽい趣味なんだな。と納得すると、気づかれないように前を向く。以前清隆と森に行ってから、何となく未花にはあまり深く関わってはいけないような、そんな危うさを感じていたからだ。
しかし数日後、そんな賢太の気持ちとは裏腹に、清隆はまた性懲りも無く下校時に未花の後をつけようと言ってきた。
正直、もう森の周囲に住んでいるのは間違いないし、賢太は気が乗らなかったが、清隆は未花のことがどうしても気になるのか、
「今日こそは、絶対に森のどこに入って行くのか見るぞ!」
と言って聞かなかった。
「でも、あそこは気味悪いし、もう止めようよ」
賢太が止めるも、清隆はどうしても着いて行きたくて仕方ないらしく、何度も首を横に振る。
「いやだ。俺は小坂井未花が本当にあの森に住んでいると分かったら、森の中まで入って行くつもりなんだから」
「馬鹿言うなよ。あの森に入って、人生お終いになった人がいっぱいいることを忘れたのか?」
「知ってるよ。でもどうせ迷信だろう?その人達は森に入ったのと、たまたま人生お終いの時期が被っただけだよ。森のせいで人生お終いとか、童話じゃあるまいし、嘘に決まってんだろう?」
まあ、そう言われてみれば、そうかもしれないな、と賢太も思う。そんな賢太の様子を見て、清隆は満足そうに頷くと、
「じゃあ、行くぞ!森の場所は分かってるんだから、今日は先回りして、絶対に小坂井の家を突き止める」
と言って歩き出した。
はぁ、賢太は気持ちが重たいまま、仕方なく清隆に付き合うことになった。
夕方の森はまるで闇の入口のように真っ暗で、とても不気味だった。
この前は未花の後を着いて行ったので、あまり感じなかったが、先回りして森の前に立つと、冷たくて不思議な感じに背筋が寒くなる。
「やっぱり帰ろうよ」
あまりに不気味なので、賢太が言うも、清隆は頑として言うことを聞かない。
「大丈夫、どこに入るか見たら、森の入口をちょっと確認して帰るだけだから」
そう言うと、先日未花が消えた少し先で、スマホで通話しているふりを始めた。
やがてニ十分程待っていると、この前と同じように未花が一人で歩いて来るのが見えた。
「来たぞ」
スマホを耳にあてながら清隆は小さい声で呟くと、顔を上げず横目で未花をこっそり追った。
どうしよう。何だかとてつもなく嫌な予感がする。
賢太は何事も無いことを心の中で必死に祈りながら、清隆の隣でスマホをいじるふりを続けた。
すると未花は、そんな二人を知ってか知らずか、すっとまるで森の中に吸い込まれるように、木々の中へと入って行った。
「あそこか!」
未花が入っていった場所をしっかり見ていた清隆は、スマホを耳から離すと、さっそく後をついていく。そして未花が入って行ったあたりに、森の奥へ続く一本の小径があるのを見つけた。
「行くぞ!」
「は?キヨ、マジで?!…それは…」
止めよう、と言おうとする賢太を無視して、清隆は慎重に小径を歩き始めた。小径は人が一人通るのがやっとの幅で、足元は土が踏み固められている。
しかし、真っ直ぐ一本道のはずなのに、さっき小径に入ったばかりの未花の姿は影も形も無い。
やっぱりここはヤバイ場所だ。
早く引き返さないと。
あまりの不気味さに賢太が思わず足を止めると、ふとどこからか落ち着いた声が聞こえてきた。
―今はお帰りなさい。時が来たら、あの子が必ずあなたをお連れ致しましょう。
えっ?
びっくりして周囲を見回すと、森の小径にいたはずの二人は、森の手前の路地に立っていた。
「どうなってるんだ?キヨ?!」
目を白黒させながら清隆を見ると、清隆はすっかり放心状態なのか、正体の無い顔で呆然とスマホを手にしたまま、路地に立ち尽くしていた。
「俺、何してたんだろうな?今日は塾だし、早く帰らないと。じゃあな、賢太」
そう言うと、まるで未花の後をつけていたことが嘘みたいに、大人しく自分の家へと帰って行った。
それから、清隆が未花の家を探しに行こうと言い出すことは、二度と無かった。
いつもお話を読んでくださり、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!