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万華鏡の森  作者: 日下真佑
1/10

1小坂井未花(こさかいみはな)

こんにちは。日下真佑と申します。


「万華鏡の森」基本的に隔日更新で連載開始します。

どうぞよろしくお願い致します。

 街の一角に、その森はあった。

まるでこの世界に僅かに残る、人間の良心のように、豊な緑をたたえて、都会の荒波に浮かぶ浮島みたいに存在していた。

そう、確かに中学二年生だった六年前までは。

 森の真ん中には小さな神社があって、そこで忘れられない思いをしたこともある。

でも、今はもう無い。

森のあった場所は綺麗に整地され、マンションが立っている。

賢太は駅ビルの屋上のカフェから森のあった場所を眺めてため息をつくと、周囲を見渡す。

ビルが建ちそびえ、足早に人々が行き交わる都会の街の空気は生暖かく、どこからか漂う食べ物や物や人が放つ香りが入交り、何とも言えない刹那的で退廃的な雰囲気はまさに人の欲そのものだと、思った。

当たり前だ。

人は食べ、眠るだけでなく、物欲や金銭欲や異性や同性に対するちょっぴりやましい欲など、様々な欲にまみれて生きている。

しかし、賢太は二十年生きて来てただ一人、そんなあらゆる欲の無い人間と出会ったことがある。

まるで、この街の雑踏の中に、ひっそり生い茂っていたあの森のように、その少女は何も欲さず、ただ悲しい目をして優しく賢太に微笑んだ。

未花みはなさん」

小さな声でその名を呟くと、まるで空から返事をするように柔らかい風が吹き抜ける。

何で…?

いや、どれだけ考えても、何の答えを見つけることもできないことは、とうに分かっている。

あの出来事は、すっかり世間から忘れられ、そして何事も無かったかのように、この街は息をしている。

それがどうしようもなく寂しくて、腹立たしいを通り過ぎて虚しいことも。

「おい、賢太、そろそろ行くぞ?」

「は、はい」

我に返ると、そこには中学二年の時の担任の高橋先生が、呆れた顔をして立っていた。

「全く仕方ないやつだな。母校へ実習に行くからって、いつまでも学生気分じゃだめだぞ?」

「すみません」

賢太はバツが悪そうに頭を下げると、森があった場所の北西に見える中学校を見た。

これから二週間教育実習でお世話になる学校であり、賢太の母校である中学校。

ひび割れた鉄筋の古い校舎、そしてグランドの端には、何故か小さな木のベンチがあり、彼女はいつもそこに座っていた。

真っ直ぐな黒い髪、透き通るような白い肌、そして全てを知っているような、澄んだ瞳。小柄でやせ細った少女、未花。

夏の日に、森と共に忽然と消えてしまったその少女のことを、賢太はどうしても忘れることができなかった。


 六年前。

賢太の通う中学校に、一人の少女が転校してきた。

名前は「小坂井未花」。小柄で驚くほど細い手足をして、真っ白な肌が、いまにも消えてしまいそうなほど儚い。

「小坂井未花です。病気がちであまり学校へは来られないので、皆さんにご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。」

ぎこちなく微笑んで、ぺこりと頭を下げると、肩まで伸ばした髪が、さらっと顔にかかる。

「ちょっと可愛くないか?」

「人形みたいじゃね?気持ち悪い」

口々に未花の第一印象の感想を囁き合うクラスメイトをよそに、未花は賢太の隣の席へやって来た。

「とりあえず小坂井の席はここにするから。賢太、ちゃんと親切にしてやれよ」

「はい」

緊張しながら返事をすると、未花も賢太の方を見て、よろしく、とはにかみながら微笑む。

「どうも」

照れくさくてわざとぶっきらぼうに答えるも、本当はどきどきしてどうしたらいいのか、分からなかった。

「じゃあ、一時間目は国語だから。教科書の三十四ページを開いて」

高橋先生に言われるままに教科書を開くと、いつになく緊張感のある授業が始まる。

真新しい教科書を開き、熱心にノートを取る未花を、賢太はばれないように横目でチラチラ見た。

未花は左利きで、驚く程小さな文字でノートを埋めていく。

ふーん。几帳面なんだ。真面目な子なんだな。

時折頬にかかる髪をうっとうしそうに耳にかける仕草に見入っていることに気づき、慌てて教科書に目を落とす。結局殆ど授業も聞かず、未花のことばかり見ているうちに、一日が終わってしまった。


「なあ、あの転校生どう思う?」

放課後、友人の清隆に声をかけられて、賢太はどきっとする。

「どうって…別に」

別に隣の席だからって、ただ隣に座っているだけで、それ以外特に何もないのは本当だ。

「別にって、お前、あの子の噂知らないの?」

清隆は周囲を伺うと、賢太の耳元に口を近づけた。

「あの小坂井って子、森に住んでいるらしいよ」

「え、森って、あの街の真ん中にある怪しい森のこと?」

県庁所在地の中心部に近いこの街には、都会には不釣り合いな森があった。

それも街の目抜き通りの真ん中より少し外れに、何故か木々が鬱蒼と生い茂った小さな森だ。森の周囲は夜になると薄暗く、人気も無いので、小学生の頃から夕方以降は近づいてはいけないとか、森の中に入ってはいけないと、何度も親や先生に言われていた。実際不審者も多発するので、一時は市が整地して公園にするという計画もあったらしいが、何故か計画はことごとく潰れていった。無理矢理着工しようとした業者は、社長の一家が離散したり、会社が突然倒産したりなど、不幸が後を絶たないことから、いつしか誰も森に手出しをしなくなった。森の上に小さな神社があり、そこの神様が怒っているのだというまことしやかな噂も流れたが、その神社を見た者は誰一人いなかった。

「だからさ、本当に森に住んでいるのか、見に行こうよ」

「は?何言ってるの?俺は別に興味無いし、それにもうとっくに帰っただろう?」

正直、未花の家には興味はあるけれど、あんな気持ちの悪い森へ行きたいとは思わない。が、清隆は諦めなかった。

「いや、まだ職員室で高橋としゃべってる。だから、下駄箱で待ち伏せして、こっそり後をつけようよ。な?」

「…お前なぁ」

「アイスおごってやるから、頼む!な?賢太?」

いつになく執拗な清隆にお願いされて、賢太は渋々、未花の後をつけて森へ行くことになった。




いつもお話を読んでくださいまして、本当にありがとうございます。

他に「魔女の伝言」「彼と秘密の守護天使」「白雪姫と林檎の毒」の三本を、確実連載していきます。

どれも読んでくださった方の心が、ほっと優しくなる物語を目指して執筆しています。

どうぞよろしくお願いいたします。


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