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悲しみで花が咲くものか side-A  作者: 根峯しゅうじ
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バランスを崩すトライアングル

 病院の入り口でタクシーを降り、ロビーを抜けて東病棟のエレベーターに乗る。

 6階のエントランスから該当の病室の前に辿り着き、ノックをする。

 どうぞ、と云うどこかのどかとも思える遥の声が聞こえ、扉を開けて入室する。

 広い一人部屋の窓際のベッドに遥は腰かけ、その横のパイプ椅子に順子さんが座っていた。

 僕の予想に反し、あまりにのどかな二人の顔を見比べる。二人ののどかな様子に驚く僕の声は、後から考えると、ひどく素っ頓狂なものだったかもしれない。


「大丈夫なんですか?」


 順子さんがすぐに答える。


「丞君、ありがとう。遥の病気もちょっとだけややこしいけど、でも全く治らないわけじゃないみたい。長いお付き合いにはなりそうだけど」


「丞ちゃん、私は元気だよ。きっと大丈夫!」


 遥も笑顔で言う。まるで狐にでもつままれているような気分だった。

 二人が説明するところによると、今回の入院は検査入院という意味合いが強いとのことだった。遥の病気は僕が思ったように父親からの遺伝ということだった。病気としては近年病名が付いたものらしく、難病ではあるものの、治癒した報告例も出てきているのだということだ。

 それと遥の場合、温度差によって症状が顕在化するのだという。それから、この病室は本来二人部屋なのだけれど、他に患者さんがいないことから一人で使えるのだと遥ははしゃいで言うのだった。


 二人の説明を受けながらも判然としない部分があった。

 遥も順子さんもまるで楽しそうに笑うのだ。僕一人が深刻な顔でいるわけにもいかず、というか、二人のペースに引っ張られるように、僕も冗談が言えるほどに気持ちが晴れ渡っている事に気がついた。

 何か少し前までの恒例行事だったスナックタイムのような雰囲気だ。こんな穏やかな気持ちになったのはどれくらいぶりだろうか。

 そうは言ってみても、最後のスナックタイムだって、ほんの少し前のことなのだ。

 遥と順子さん、そして僕と云うこのトライアングルは、何とも気持ちがほぐれるのだ。

 そんなのどかな気持ちに浸っていると、看護師が現れて面会時間はすでに終わっているのだと告げられる。


「明日も顔出すから」


 僕は二人に告げ、病室を後にする。1階のロビーでタクシーを呼び、椅子に掛けて待っていると、順子さんもエントランスの方から僕を追うようにして小走りに歩いてきた。


「丞君、一緒に帰らない?」


「同じ方向ですもんね」


 僕は言い、すぐに到着したタクシーに、順子さんと乗り込む。

 タクシーの中では僕も順子さんも特に何も話さなかった。お互いに何か話さなくては、そんな空気は漂っていた。

 僕は必死に何か切り出そうと何度も試みたが、何かを切り出すと溢れ出してしまいそうな、そんな危うい心持だった。

 結局、僕と順子さんは一言も話さず、駅でタクシーを降りた。乗車賃は僕が払うと言ったのだけれど、順子さんは聞かなかった。


「丞君、もう少し付き合ってくれない?」


 その代わり、順子さんはそう言うのだった。


「分かりました…」


 僕は答えた。


 僕と順子さんはそのまま駅の近くにあるカフェで向かい合った。

 僕も順子さんもアイスコーヒーを注文する。

 順子さんは、アイスコーヒーをストローから一口飲むと、切り出した。


「丞君、もう一度聞いてもいい?」


「はい」


「遥の病気のこと聞いたでしょ。あの子の病気、かなり長い付き合いになるってお医者様が…。私はあの子の父親の看病をして、あの病気の辛さはそれなりに解ってるつもり。

 昔は原因不明だったから、対処の仕方も分からなくて大変だったこともあるから、全部が全部昔と同じではないと思う。でも遥はきっと今まで通りって訳にはいかなくなると思うんだ…。

 それとこのことはちょっとセンシティブな問題で、私が今語って良いものなのか少し憚られるのだけど。

 遥の病は遺伝性であること。もちろん百パーセント遺伝する訳でもないらしいんだけど、つまり…」


 順子さんが言わんとすることは、僕にも解った。もし、遥と結婚して運よく子供が授かったとして、その子供のことも併せて順子さんは心配しているのだ。

 でも今の僕にいったいこの先の何が予測できるというのか。僕には今の遥のことしか考えられない。そして、遥が求めているのは、僕自身なのだと自負して憚らない。

 僕は順子さんに言った。


「順子さん、僕はこれからも遥と一緒にいます。さっき言ってたじゃないですか、治らない病気じゃないんだって」


 順子さんは何か言いかけたが、押し黙ってしまった。恐らくは他にもたくさん言いたいことがあったに違いない。何度も目をそらし、また何度も僕の眼を覗き込む視線が、それを物語っていた。

 結局、僕は一口もアイスコーヒーに手を付ける事ができなかった。我々のトライアングルは何かのバランスを失いかけている。そんな気さえした。現にこの僕と順子さんの会話は、先程の病室でのから騒ぎが虚構であった事を如実に証明している。

 順子さんも僕もそれ以上は、何も話さなかった。

 いや、話せなくなっていたのだった。


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