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悲しみで花が咲くものか side-A  作者: 根峯しゅうじ
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不安な日

 翌日もいつもの様に出社し、いつもの様に部内朝礼に参加した。


 全く変わらない日常の始まりなのに、遥のことが気にかかり、気持ちのどこかが常にざわつきを帯びていた。

 朝礼の後に木村さんから声をかけられるも、僕はどこか上の空だった。


「宮内、聞いてるのか?」


「あ、はい…」


 以前上司の天野さんと担当したビルについての問い合わせが、木村さんの部署にあったようだった。そのことで木村さんからいくつか質問を受けていた。


「なあ、宮内どうした? 今週、っていうか最近。なんか変だぞ」


「すみません…、大丈夫です」


「悩みがあるんなら聞くぞ。今日あたりどうだ?」


 木村さんはいつもの調子で僕の背中を思い切り叩く。急に現実に帰ったような衝撃に、自分でもハッとする。


「ちょっと、痛いですよ木村さん」


 木村さんは豪快に笑う。


「だから宮内よ、今日どうだっての?」


「木村さん、今日はすみません!」


「何だよ、おい。せっかく話聞いてやろうってのに。これで俺はまた独りぼっちなのかよ」


「木村さん、本当に、今日だけはすみません」


 僕は手を合わせて頭を下げる。


「分かったよ。良いよ、宮内。そんな時もある。俺はこれから泣きながら仕事をするがお前は俺に構うな。絶対に構うなよ」


 木村さんは泣き芝居を交えながら、また僕の背中を叩き、豪快に笑って持ち場に去っていく。今日の終業後は遥の家に顔を出すことに決めていた。おそらく遥は午前中には退院し、その後自宅に戻るはずだ。

 さっきもスマホを確認したが、まだメッセージは届いていなかった。

 遥の病状や様子が解らないこと。それがこの胸のざわつきの正体であることは明らかだった。思い返せば、今までにこんな経験をしたことがなかったのだ。遥はいつも僕の前では元気だったし、病院に行くという話も今までに聞いたことがなかった。大学から僕たちはずっとそんな風に過ごしてきた。片時もその存在に影がかかったこともなかった。

 今僕が遥を想う時、何か判然としない(もや)のようなものが(かげ)っていた。このざわつきを一刻も早く払拭(ふっしょく)したい。つまりは、遥の屈託のない笑顔を今すぐにでもこの目に映したかった。

 本当に、ただそれだけだった。



 結局終業時間が過ぎても遥からのメッセージはなかった。

 会社のデスクに座り、今日現場を回った時のメモを掘り起こし、PCモニターを睨みつけ、タスクとして起こす。

 不意に外回りから戻った木村さんと目が合う。

 木村さんが僕の肩を叩く。


「宮内、まだ間に合うぞ!」


「木村さん、だから今日は本当にすみません」


「分かってるよ、宮内。最後にあがかせてくれよ。今日はお袋が見てくれるって言うからさ、これから一人で金時よ」


「また誘ってくださいよ、必ず」


 そんな会話を交わしていると、スマホが遥からのメッセージを伝える。

 木村さんが嬉しそうに破顔する。


「宮内、すぐにメッセージ返してやれよ」


 そう言うとご機嫌に自分のデスクで帰り支度をしている。

 遥からのメッセージを開くと、病状の報告、それに転院の知らせと病室番号を手短に伝えるものだった。

 どうやら遥は大学病院に転院し、二週間ほどの入院が必要らしかった。

 急いで僕も帰り支度をし、木村さんに頭を下げフロアを出る。

 駅でタクシーに乗り込み、行き先を告げる。

 大学病院に向かうタクシーの中でもう一度スマホを開き、遥からのメッセージを確認した。「遺伝性自己炎症疾患」というのが遥の病名のようだった。遺伝性という箇所がやけに気になる。前に順子さんから聞いた遥のお父さんの話を思い出していた。遥のお父さんも原因不明の発熱に悩まされたのだと、順子さんは言っていた。遥の発熱もそこに繋がっているのだろうか。遥のお父さんは繰り返す発熱の末に亡くなっているんじゃないのか。考えれば考えるほど不安でしかなかった。こんな時のタクシーでの移動はもどかしい。自分の運転ならもっと早く遥のもとに辿り着けるのに。

 僕は下を向き、祈る気持ちで両手を組み合わせる。面会時間に間に合うだろうか。


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