2,「鳴く山」前編
入社から一年ほどがたち、この仕事にも慣れてきた僕にこの話が舞い込んできたのは、3月の初め、少し風が暖かくなってきた頃だった。
その「鳴く山」はS県の山間部のN村にあった。
どうも2、3年ほど前からこの村を囲む山のひとつから黄昏時に鳥とも獣とも違う鳴き声が数分にわたって響くのだそうだ。
そしてその山は、地元でも有名な禁足地であるというのだ。
僕はその週のうちに出版社のある都市を出てN村へと向かうことにした。
次の土曜日、僕は初仕事の時に連れていった友人(今回から金田とする)の運転でその村に向かっていた。
金田は今回の取材の舞台が禁足地と知ると喜んでついてきた。
あれ以来何度か共に取材をし、もはや取材時の助手的存在になっていた金田だが今回は気合いが入っている様子だった。
今回取材しにいくN村には宿泊施設が無いようだったので、N村から少し離れた都市部にあるビジネスホテルに二人で荷物をおき、初日は移動で半日を使ってしまったのでそのまま休み、取材は明日からにすることにした。
早朝、僕たちはホテルの近くのコンビニで朝食を済ませ、まずはその禁足地にできるだけ近づいてみようと車を走らせていた。
しかし、案の定そこは立ち入り禁止となっており、禁足地へと続く山道の途中までしか行くことはできなかった。
「やっぱり行き止まりか。」
「まぁすぐに行けても面白くないもんな」
なんて言いながら少し山道を観察して回ることにした。
その山道はぎりぎり車が通れるくらいの広さで、僕たちのもの以外に車のタイヤの跡は無く、人が定期的に来て手入れをしている様子はないのに不思議と「道」の体裁を保っていることがとても不気味だった。
「何もなさそうだし引き返すか」
そう言って来た道を引き返すのだった。
山から出てからは、近くの町でかなり遅めの昼食を済ませ件の「鳴き声」を聞くためにもう一度山の近くまで車を走らせた。
夕日が僕たちを照らし始めたころ、それは起こった。
突然昼に行ったあの禁足地の方向から耳をつんざくような音が聞こえてきた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」と繰り返すその音は、鳴くというより「泣く」に近かった。
人生で初めて耳にするその鳴き声が病むまで、僕たちは立ちすくむことしかできなかった。
僕たちは、鳴き声もやみ日もすっかり暮れてから宿泊先のホテルへと戻るのだった。
その日の夜は、なかなか寝付くことができず夜遅くまで金田と酒を飲みながら話していた。
その翌日、僕たちは近くの図書館で禁足地についての情報を集め、午後になってからもう一度、今度はあの鳴き声をできるだけ近くで聞いてみようと車を走らせていた。
図書館で集めた情報によると、あの禁足地は昔、付近のいくつかの村が食いぶちを減らすために間引いた子供たちの遺体を埋葬していたらしい。
昭和になってからそのあたりで不幸が続き、これはあの子供たちの怨念ではないかということで禁足地になったのだ。
金田と禁足地に向かいながら、これからの取材の計画について話しているときに、昨日はなかった検問に引っかかった。
どうしてこんな山奥で、、、と思ったがどうやら近くに住む女の子が行方不明になったらしい。
少女は見ていないことを警察官に伝え、僕たちはもう一度車を走らせた。
途中検問に時間を取られながらもなんとか時間に間に合ったことに安堵しながら、あの鳴き声を録音しようと、僕たちは車から機材を下ろしていた。
小さな音まで拾える業務用のマイクを運んでいるとき、僕の足に何かが当たった。
それは紛れもなく、昨日はここになかったはずの女児用の靴であった。
僕は嫌な予感がして通行止めになっている道の先を観察した。
そこの地面には確かに、くっきりと、小さな足跡が禁足地の方向へ向かって付いていた。
「おい金田!行くぞ!」
僕はいてもたってもいられなくなって足音を追って走り出した。
鳴く山 後編へ続く。
また間が空いてしまいましたが、続きを投稿することができてよかったです。
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