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Chapter2:「現実から異世界」

「…はあ」

桜の花びらが散り、新緑が顔を覗かせる五月頃。

青々とした若葉が校舎を取り囲み、私たちに元気を分け与えてくれるかのように陽光が窓からさしていた。

そんな若々しい色と比例するかのように、私『伊瀬花衣』は憂いに満ちた表情を浮かべていた。

原因は分かっている、分かっているのだ。


「伊瀬さん、これお願いできる?」

「うん、分かったよ。」

 

二つ返事で目の前に置かれた大量のノートと対峙する。

これを一人で運ばなければならないのだ。

大量のノートを置いていったクラスメイトも既に教室から姿を消していた。彼女はきっと忍者か何かだろう、なんて考える。

私はノートと睨めっこをしながら、ここ一ヶ月の出来事を思い返していた。


あの後私は警察の事情聴取を受け、その日あった入学式に参加できずにそのまま帰宅していた。

その後も病院で精密検査を受けたりしている内に一週間の時が過ぎていた。

一週間後に登校した私を迎えてくれたのは、既に仲良しグループが組み上がったクラスメイト達だった。


最初は事故の様子を聞きに来ていたりと私の周りにも人が居たが、徐々に元の形に戻り、今に至る。

由香は違うクラスと言うのも相まり、私は入学して早々ボッチになっていた。

しかも私が居ない間に学級委員に指名されてしまい、クラスの雑用を任される日々。何でさ。

こうして私伊瀬花衣は高校デビューに見事失敗していたのである。

「何でなの…私の高校デビュー…こうなるはずじゃ…」


あまりに思い描いていた日々との乖離に頭を痛める。

「別に頼られることは悪くないけどさ、もうちょっとこう…手心をさ…」

誰もいない教室に一人、呟く。

どうしようもないこともあるし、起きてしまったことは変えられない。

別に誰が悪いってわけでもないし、誰かのせいにしたくない。けれど私は、この状況があまりにも惨めに思えて仕方がなかった。

出掛かる涙を抑えつけ、ノートを持ち上げる。早く職員室に置きに行かなきゃ。


「また泣いてるのかトラック後輩。」

ふと、聞き覚えのある声が聞こえて振り向く。

そこには一人の男子学生が笑顔を浮かべながらこちらに近付いていた。ネクタイの色から一つ上の二年生だろうか。

そしてその人物は、私を事故から救ってくれた人でもあった。


「な、泣いてません!これは欠伸が出そうになっただけです!」

自分でも下手な誤魔化し方をして、足早に教室から出て行こうとする。しかし疑問点が浮かび上がり、足を止めた。

「先輩、ここ一年生の教室ですよ?留年でもしたんですか?」

「仮にも命の恩人にその態度を取るか普通…」

「ま、暇だし手伝ってやるからノート貸せ。」

溜息を吐きながら彼は私の持つノートを上から何冊か取る。

私は彼の一連の行動に戸惑いを隠せなかったが、手伝ってくれた事に感謝しつつ、教室を後にした。


私と先輩はノートを運びながら互いのことを話していた。私が入学式に遅れをきっかけにボッチになったり、面倒な仕事を押し付けられたりと散々であること。

先輩は先輩で、ここ一ヶ月様子を見に来ては私がボッチになってるのを見ていたりしていたと言う。ストーカーという言葉は私の優しさで喉に押し込んだ。


「トラック後輩、お前は考え事があると行動に移すタイプか。」

「先輩こそ泣いている女の子を観察するのが趣味の人ですか?」

「人聞きの悪いこと言うなよ…先輩でも泣くぞお前。」

彼はそう言いながらも、笑顔で私に話しかけてくる。何が目的なんだこの人は。

「で、先輩私に何か用があるんでしょ?わざわざ一年生の教室に来たってことは。」

「あー、まああるにはあるな。けど取り敢えずは元気そうで何よりだ。」

心配の声をかけられた私の心臓は少し高鳴り、それを否定するかのように首を振る。

「いやいやこれはアレ、吊橋効果でこうなってるだけで決して先輩に恋なんて…」とか考えながらも、それが表に出ないように冷静に取り繕う。


ノートの提出を終えた私は、鞄を取りに教室へ向かう。

先輩もその後ろを着いていく形で歩く。

その時、ふと先輩が立ち止まった。

立ち止まったのに気付いた私も立ち止まり、ふと後ろを振り向く。

時刻は既に5時を指し示しており、窓から夕陽の暖かな陽光が廊下を茜色に染め上げていく。

「なあ、トラック後輩」

陽光差し照らす校舎、遠くで響くカラスの鳴き声。私も流石にこの状況が少女漫画とかで見る場面と一致していた。

そしてその状況で来る言葉なんて限られてる。


「あ、あの先輩私まだ先輩のこと知らないですし先輩も私のこと知らないから最初はお友達からあのそのえーっと」

しどろもどろになる私の言葉を遮るように、しかしハッキリと彼は私に告げた。


「異世界に、興味ない?」

「…は?」


私の空虚な言葉は、校舎の伸びる影の中に吸い込まれていった。

え、異世界?

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