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第30話 二人がくっついた記念(前編)

 それから1週間はあっという間に過ぎて行った。今度は、授業に身が入らないということにもならず、次の土曜を心待ちにしつつ楽しく過ごすことができた。


 1週間後の土曜日。僕とマユはいち早くJR鶴橋駅(つるはし)駅で落ち合っていた。JR新大阪からは、大阪駅まで1駅、それからJR環状線で数駅といったところだ。


「鶴橋駅も全然変わってないね」


 鶴橋駅の改札口から出た僕は、駅前の大通りを見渡す。そこには、人混みであふれる、僕が子どもの頃の鶴橋駅があった。


「でも、少しずつ変わっとるんよ。たとえば、前、あそこ寿司屋あったやろ?」


 駅を出て大通りを挟んで向かいをマユは指差す。確かに、以前は回転寿司屋があったはずなのに、取り壊されている。


「儲からなかったのかな。結構、好きだったんだけど」


 子どもの頃に両親に連れられて、寿司屋に来たことを思い出して、少ししんみりしてしまう。


「まあ、この辺も結構競争激しいんよ。とりあえず、行こか」


 そう言って、何気なくマユは僕と手を繋いでくる。まだ彼女と恋人になって日が浅いはずのに、不思議と自然に感じられた。って、あ。


「そうだ。小学校1年の時、遠足でこの辺り通らなかったっけ。マユが隣で……」


 確か、2列になって、横のクラスメートと手を繋ぐように言われた覚えがある。


「ユータもよー覚えとるね。私は言われて思い出したわ」


 クスっと笑う様子が綺麗でふと見惚れてしまう。


「あ、あの頃は、男も女もなかったよね」


 その後、かおちゃんと出会って、僕はかおちゃんに惹かれていくわけだけど、そんな頃もあったなと少し懐かしくなる。


 中学まで居た景色を少し懐かしみながら、歩くこと約5分。そこに、カナが予約してくれた韓国料理屋があった。中に入ると、


「おー。早速、恋人同士で来よったか。まあ、座れや」


 カナに空いている席を勧められる。そして、案の定、僕とマユの席は隣同士で、これはからかう気満々だなと感じた。


「ゆーちゃんにまゆみん。久しぶり……ていう程じゃないね」


 と、かおちゃん。


「成人式はついこないだだったしね。元気そうで何よりだよ」


「ゆーちゃんも。まゆみんとうまくやってる?」


「まあ、その辺はおいおいね。こーちゃんも、今日はありがと」


「別に、これくらいなんともないわ。うまく行ったようで何より」


 はらはらと手を振るこーちゃん。


 彼には、事前に僕がマユを好きな事を知られてしまったから、さぞかし心配してただろう。こーちゃんは、そういうのをあまり表に出さないけど。


「なんや、こーちゃんはユータが私の事好きなん、知っとったんか?」


 僕らの会話を聞いていて疑問に思ったのか、マユが口を挟む。


「カナの家に泊まったときに、ちょっとな。ま、今は細かいことはええやろ」


「ま、そうやね」


 というわけで、僕、マユ、カナ、こーちゃん、かおちゃんの5人が集まった。今回は焼き肉という事もあって、全員生ビールで乾杯だ。いつものように、カナが音頭を取って乾杯かと思いきや。


「それでは……主賓、よろしくな」


 ぶん投げられた。


「ええ!?急に振られても困るよ」


 特にしゃべる準備をしてきていなかった僕は慌ててしまう。


「適当でええって、適当で」


「うーん、適当って言ってもね……」


「もう、ユータはアドリブに弱いんやから」


 横にいるマユに笑われてしまう。


「えー……この度は、私とユータが付き合った記念っちゅうわけやけど。とにかく、お疲れ様。乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 マユの挨拶も大概だと思うんだけど……という言葉を飲み込んで、ビールの入ったグラスを、かちゃんと鳴らす。


「それで、や。ユータとマユはいつの間にくっついたんや?ん?」


 早速、カナが切り込んできた。これは言わないといけない流れだよね。


「実は、前からマユのことが好きでさ。成人式の翌日に二人でデートしたんだ」


「そういえば、なんやユータとマユが不自然やと思っとったけど」


「まあ、そういうこと。僕もあの日に付き合えるとは思ってなかったけど」


「私は、事前にゆーちゃんから聞いてたよ?」


 と、かおちゃんが言う。


「俺もやな」


 そして、こーちゃんも続く。


「なんやなんや。俺だけが知らんかったんか。薄情なやっちゃなあ」


 そう言いつつも、カナはご機嫌な様子。


「で、マユやけど。あんだけユータの事からかっとった、こいつがなあ」


 ニヤニヤ笑いのカナ。その辺を弄くりに来るだろうとは思ってたけど。


「まあまあ。マユもその辺、全然無自覚だったみたいだしさ」


 そうなだめる僕だけど、


「ほう。マユは無自覚に、ユータにあんなスキンシップしとったんか」


 面白い事を聞いたとばかりに、意地悪な顔になるカナ。しまった。


「どうせ、私は初心なくせにユータの事からかっとった、いけずな女ですよーだ」


 口をへの字にして、マユは拗ねてしまった。


「ごめんごめん。別にそんなつもりじゃなくって。あれはあれで嬉しかったしさ」


 慌ててフォローに入る僕に、皆が爆笑する。その後は、しばらく焼き肉をがんがんお腹に収めつつ、あんまり代わり映えのない近況を話すタイムに。数週間前だから、近況という程のなにかもないんだけどね。


「で、ここからは真面目な話なんやけど」


 それまで、さんざんおふざけしていたカナが急にマジな顔になる。


「ユータとマユ、遠恋は大丈夫そうか?」


 心配そうに、そんな事を聞いてくる。


「ど、どうしたの。カナ。急に」


 心配してくれるのは嬉しいけど、急な調子の変化に戸惑ってしまう。


「実は、俺も今の彼女の前の彼女は遠恋で、相手は広島に住んどったんやけど」


「それ、初耳だけど」


 こーちゃんやかおちゃん、マユもうんうんと頷いており、皆同様だったらしい。


「まあ、付き合って1ヶ月保たんかったからな。最初は良かったんやけど、1週間経ったくらいやったかな。毎日のように、会いたい会いたいってメッセージ出して来て。30分に1回は来るもんやから、俺も参ってしまってな。で、あっさりお別れ、というわけや」


 確かに、30分に1回もメッセージが来たら、学校に行っている間も家でくつろいでるときも、心が休まらなそうだ。


「まあ、俺の場合は、相手の子が寂しさに耐えられんっての見誤っとったのが悪いんやけどな。ユータとマユはその辺、ちゃんと了解しとるか?」


 一見おせっかいにも聞こえるけど、彼なりに心配してるのがよくわかる。


「実は、勉強が一時期手につかなくなったことがあったけどね。ビデオチャットでお互いの悩みも話すようにしてるから、大丈夫」


 ちょっと前の僕のことを思い出す。今でも、大して変わっていないけど、きちんとビデオチャットで話して、毎月会って、とすればきっと大丈夫。


「そういうのは余計なお節介言うんやで。私らは大丈夫。やろ?」


 隣のマユが僕に目配せをしてくる。


「うん。まあ、カナが心配してくれるのはありがたいけどね。もし、二人で話しても無理そうだったら、皆を頼らせてもらうから」


「ああ、そうせい、そうせい」


 同意するカナに、


「ユータとマユがぎくしゃくするところとか見たくないしな」


 そう追従するこーちゃん。そして、かおちゃんはといえば。


「……あ、うん。遠慮なく頼って?」


 少し元気が無さそうなのが気にかかったのだった。


 その後、宴もたけなわという頃になって、ふと、スマホに通知が来ていた。


かおちゃん【ちょっと、この後、外で二人で話せない?】


 どういうことだろう。そういえば、かおちゃんがいつの間にか宴席から居なくなっていた。それに、このタイミングで相談したいことなんて、一体……ともあれ。


ユータ【わかった。トイレって言って、離席するから】


 かおちゃんがこのタイミングで話があるというのだから、他の皆には話せない事なんだろう。


「あ、ゆーちゃん。ごめんね。呼び出しちゃって」


 店を出て少しした所に、所在なさげに立っていたかおちゃんの姿があった。


「いいよ。それで、話って?他の皆には聞かれたくないみたいだけど」


 個人的な悩み事だろうか。にしても、今、僕にというのは心当たりがないけど。


「うん。ちょっとここじゃなんだから、場所、変えようか」


 どこか思いつめたような、真剣な様子が気にかかったけど、とにかく話を聞かないと仕方ないか。

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