転生悪役令嬢は王子の愛に気付きませんでした
「転生王子は悪役令嬢を愛していました」の悪役令嬢視点です。
一先ず、本編をどうぞ!
「メアリ・ドルレアン、今この時をもって、お前との婚約を破棄し、国外追放処分とする」
ついにこのときが来てしまった。まさに今、王立学園の卒業パーティーで、私は第一王子に婚約破棄されました。心に浮かぶのは、結局こうなってしまったという後悔。しかし同時に、これで解放される、という安堵も感じる。これから生きるのは私の人生。誰にも縛られない、私の人生よ!
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ある夜、突然に、“私”の意識は覚醒した。頭に流れ込んでくるのは、別の世界で“私”が生きた記憶。そして、気付いた。私、あのメアリ・ドルレアンに転生しちゃったの?!
第一王子に一目惚れして婚約を強要、ヒロインをいじめにいじめて婚約破棄され、国からも追われる悪役令嬢。ああ、王族の殺人未遂で投獄されるとかもあったっけ。それが、メアリ・ドルレアン公爵令嬢。傲岸不遜でわがままな彼女がゲームの舞台である学園で中心的立ち位置にいるのは、その権力と類い稀なる美しさがあるから。
とにかく現状を把握しようと、ここ数年メアリとして生きた記憶を思い返す。大丈夫、言葉遣いも礼儀作法もちゃんと覚えてる。プレイしてた限りではメアリってどうしようもないお嬢様にしか見えなかったんだけど、案外真面目に貴族の勉強してるのね。ちょっと頭は弱いみたいだけど。
せっかく新しい人生を送るんだから、幸せになる方法を考えなきゃ。とにかく、投獄されるのなんてごめんよ。ゲームに沿った処罰で受け入れられるものといえば、婚約破棄と国外追放くらいまでね。第一王子は別に嫌いじゃなかったけど、結婚したら王妃になるわけでしょ? 国を治めるなんて、前世庶民の私には荷が重い。
と、ここまで考えて気がついた。私、まだ王子に会ったことないわ! 婚約を結ばなきゃシナリオを変えられるんじゃない?! そうだ、それに前世で読んだネット小説では転生者が複数いるパターンもあったわ! もし他にも転生者がいるなら、協力してもらえるかもしれない! 可能性があるとするなら、ヒロインと攻略対象ね。彼らに私が転生者だと伝える方法……、婚約を拒否すればいいかな。それならプレイヤーにはわかるし、それ以外の人にはいつものわがままにしか見えないでしょう。メアリがわがままでよかった!
目覚めて鏡に映る自分の姿を確認する。きれいな金髪、つり目がちな目にエメラルドみたいな瞳。ああ、やっぱり私、メアリなんだ。
わがままなメアリはやっぱり陰で使用人たちにも嫌われていて。メアリ、いや、もう私って言おうか。私を起こしに来る役目を押し付けるのは、我が家では新人いびりのスタンダードになっている。なかなか起きないくせに起こすと怒るからね。今日も可哀想な新人ちゃんが私を起こしにやってきた。うん、想像通りすっごく驚いてる。開いた口が塞がらないとはそのことだと思うよ。
ゲームのメアリのようにわがままに振る舞おうかと思ったけれど、せっかく来てくれた新人さんに申し訳なくて私にはちょっとやりにくい。だから、私のいつも通りに振る舞うことにした。ただし、言葉遣いだけは貴族らしくなるように意識して。
「今日は偶然早く目が覚めたのよ。近頃はあなたが起こしに来てくれているわよね? いつもありがとう」
いつもと全く異なる私の態度に、新人さんは唖然としている。あまりにも予想通りすぎてちょっと面白いけど、ずっと新人さんの反応を眺めてるわけにはいかないので、朝の支度をするよう促す。
髪を整え、ドレスに着替えて、朝の支度は完了! 家族が待つ食事場へ向かう。
お父様から本日の予定が告げられる。本日は、私を連れて国王陛下と謁見するそうだ。って、ええ!? 国王陛下と謁見? それってメアリと第一王子が出会うイベントじゃない! そこに、お父様からさらに予想外の発言!
「その場には第一王子殿下もいらっしゃるだろう。お前は殿下と婚約する予定だから、そのつもりでいるように」
「はい、わかりましたわ! お父様」
条件反射で答えた後、食事をしながら考える。
婚約はメアリのわがままじゃなかったの?! 一目惚れしたからってメアリが無理やり結ばせた、ってゲームでは言われてたのに。そうか、考えてみれば当然のことなのかも。ただのわがままで公爵家が動くはずがないんだ。メアリが一目惚れしたというのが事実だったのかは確認のしようがないけれど、そうでなくても婚約は結ばせるつもりだったのね。
きっと、お父様にとって、いや、公爵家当主にとってメアリはただのコマなんだ。これまでのメアリとしての記憶を遡っても、この人がメアリを愛している様子は見当たらない。自分の言う通りに動く美しいコマ。そりゃあ、便利よね。だから、婚約破棄されたら一緒になって国から追うんだ。
そうと分かれば、話はややこしくなる。このまま見捨てられては、なす術がない。生き抜くために、私は、この男にある程度の価値を示し続けなければならない。バカのふりくらいはした方がよさそうね。
そうして迎えたイベントは、全くもってゲームで聞いたのと同じように進んだ。第一王子は本当に非の打ちどころがなかった。眉目秀麗、成績優秀な俺様キャラっていうのはこんなに幼い時からだったのね!
それはいいとして、今問題なのはどう言って婚約を拒否するかよね。欠点がみえない相手との婚約を拒否する口実なんて全く浮かばない。仕方がないから、なんだか気に入らないという理由で婚約を拒否した。もちろん、受け入れられなかったけれど。
私が婚約を拒もうとしたっていう話はしっかり王子にも伝わったようで、それから私を注意深く観察するようになった。もしかすると、王子は転生者なのかもしれない! 私は期待した。だって、同志に会えるかもしれないのよ?!
でも、そんな私の淡い期待は、すぐに打ち砕かれた。王子の前で時々この世界には無いものの名前を口にしてみたりしたけれど、何を言っているのかと不思議そうにするだけ。そのうち、反応もしなくなった。だから、王子はきっと転生者じゃないし、仮にそうだったとしても私に協力するつもりはない人だ。
ただ普通に転生者じゃないからこの態度ならまだ許せる。だけど、転生者だけど協力する気はない人だとしたら、私の不幸を願っている人だとしたら、そんな人と結婚するなんてまっぴらごめんよ。
騎士団長の息子とか他の攻略対象、なんならどこかの家の使用人でもいいから、誰か同志がいたらいいな、と思ったんだけど、そんな都合のいい話はやっぱりなくて。結局、ゲーム開始前に同志をみつけることはできなかった。
残る希望はヒロインだけど、出会うまで待って違ったら私は本当に絶望するしかできなくなる。それに、出会った転生者が私に協力的だとは限らない。性格によっては、ゲームにはない逆ハー展開を目指そうとする可能性だって無きにしも非ずといったところ。だから、彼女には期待しない。期待しないで、私は自分の力で生き延びる準備を整えなきゃ。
手始めにしたのは、協力者の獲得。最初のターゲットは、覚醒した日に私を起こしに来てくれた、あの新人さん。
あの日以来、彼女は私付きの侍女になった。ああ、そうそう、名前はサマンサって言うんだけど、サマンサは私のあの一言を聞いて、メアリはいつもバカのふりをしてたんじゃないか、と感じたんだって。実は、前日までのメアリは本当にちょっとバカだったんだけど、そこには触れないでおこうかな。ただ、私は家の中でもバカのふりをし続ける必要があるから、他の人に言いふらされるのは困る。だから、サマンサが一番信用できると思ったから明かしたのよ、他の人には言いふらさないでね、と伝えてみたんだ。そしたら、サマンサは驚くほど喜んでね、その後本当に私が一番信用できる相手になっちゃった。
国外に人脈を作るなんて大変なことだから何人か協力者を見繕う必要があると思ってたんだけど、驚くことにその必要はなくなったんだ。サマンサは、町や他国に非常に豊かな人脈をもってたの。その裏には、あんまり素直に喜べない事情が隠れてたんだけどね。
サマンサの実家は元々は数か国の国境が交わる地帯を治める領主で、領民から慕われる、とても立派な人だったんだって。私が生まれる前にあった大規模な人事異動が行われるまでそこを守っていたそう。その後、ご両親が亡くなって途方に暮れていたところを、公爵家当主に拾われたらしい。戦の要になる地を守っていた家の出身で、武芸も身に着けている。教養もある。その上、後ろ盾は誰もいないから切り捨てても咎めるものはない。きっと、良いコマとして拾われたのね。
そして、サマンサの締めくくりの言葉に思いがけず泣かされた。
「辛いことも幾度かありましたが、その結果こうしてこんなに素晴らしいお嬢様に出会えました。ですので、私は幸せ者です。」
私、サマンサのこと、一生大事にするわ。
公爵家に私の動向を気にかける者はいないので、面白いくらい自由に国内を動けた。サマンサの故郷が見たいって私がわがままを言うから仕方なく連れていく、って筋書きを考えてたんだけど、必要なかったの。というか、私一応公爵令嬢なのに、そんなに放任でいいの?
国境を越えた時は本当に本気でこの国の今後を憂いたわよ。さすがに国境を越える方法なんて思いつかない! ってうなってたら、サマンサが私に付いてきてくださいって言うの。で、とりあえず付いていくと、何の検査もなく国境越えられたのよね。顔パスよ、顔パス! サマンサ顔パスなの! もう領主の娘じゃないのに! 本当、国境警備こんなに緩くて大丈夫なの? シナリオ通りなら後継者争いに勝って王位を継ぐ私の現在の婚約者が、ちょっと不憫になった。転生者かそうじゃないかは知らないけど、がんばってね。
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サマンサの協力を得て数年、準備はあらかた整った! いよいよ、学園に入学する。さあ、ゲームの始まりよ!
まずするのは、転生者を探すこと。ゲーム開始時点で覚醒する人がいるかもしれないし、ヒロインがどうなのかも確認しないと。
数日様子を見てたけど、みんな面白いくらいゲーム通りの動きをする。私もゲーム前に彼らに干渉したわけじゃないから、キャラなら当然ね。婚約者さんもいつの間にか後継者争いに勝利してたそうよ。それで、幸か不幸か、ヒロインも転生者じゃなかった。
というかね、ヒロインの女の子、リズちゃんって言うんだけど、本当にかわいいの! そっちの気はないけど、思わず彼女にしたくなっちゃうくらい! そして、根っこからいい子なの! こんないい子が性根の腐った令嬢たちにいじめられるなんて我慢ならないわ!
そういうことで、私がリズちゃんをいじめることにした。いじめるのは嫌だけど、私がすれば命の危険はないレベルで止められる。ここがゲームを忠実に再現した世界ならそれほど危険な目には遭わないけれど、私というイレギュラーがいる以上、全部がシナリオ通りだとは限らないもの。それに、わがまま公爵令嬢メアリが私の獲物だから手を出すなって言えば、誰も下手に手は出せなくなるわよね。よく見なさい、公爵家当主、これが権力の正しい使い方よ!
どうやら、リズちゃんは第一王子のことを好きになってしまったみたい。予定調和とはいうなかれ。第一王子ルートは確かに王道だけど、リズちゃんはそんなことを考えて攻略しようとしてるんじゃない。本当に本気であの王子が好きなんだ。順当に婚約破棄できそうでラッキー♪ なんて一度でも考えた自分が浅ましく感じるくらい、純粋に好きなんだ。
想像を超えてリズちゃんは真面目だった。婚約者がいる相手を好きになってしまったことに罪悪感を感じていた。それに、もし何かが起こって思いが実ったとしても、自分に責務を果たせるのかも心配してた。だから、いやがらせの中にそれとなく王妃教育を混ぜてみた。もちろん、私が嫌な令嬢だという印象付けも忘れない。遠慮なく婚約者を奪っていいのよ、私はこんなにわがままで傲岸不遜な令嬢なんだから。
リズちゃんは素直で真面目過ぎて、私の行動の意図を正しくくみ取ることができなかった。よかった、とほっとする。気づいちゃったら一生気に病みそうなんだもの。
サマンサに頼んで、私の自称取り巻きたちを扇動してもらう。あのわがまま令嬢が国母となることを許せるのか、その座には他の誰でもなくリズちゃんがふさわしいのではないか、って具合に。前半部分はいいとして、後半部分は受け入れられないかもしれない、と心配してたんだけど、杞憂だったの。我こそは、って令嬢が出てくると思ったんだけど。サマンサにはどんな手を使ってもいいって言ったから意地でもやり遂げてくれたんだと思う。ありがとう、サマンサ!
扇動された令嬢たちは、みんな競うように私からリズちゃんをかばい始めた。もちろん、殿方の目がないところで、よ? 彼女たちにも婚約者がいるもの。そして、ある日を境に、リズちゃんこそが王妃に相応しい、と表立って主張し始めてくれた。こればっかりは私が主張すると不自然だもの。助かったわ。
卒業パーティー前日、彼女たちはリズちゃんから半ば強引に聞き出した私のいやがらせをリストアップして、第一王子に提出したそうよ。王様がいらっしゃるところで。あの王子が転生者であってもなくても、ここまで場が整えばするしかないわよね、婚約破棄。
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目の前で、罪状のようなものが読みあげられていく。令嬢たちのリストに入っていたはずの冤罪は読み上げられない。あの王子、意外と私のこと見てたのかしら? と一瞬考えて、見ていたのは私ではなくリズちゃんだ、と心の中で頭を振る。
読みあげが終わって、再び処罰が告げられる。ようやく与えられた自由に内心歓喜していたら、自然と言葉が口をついて出た。
「左様ですか。それでは、謹んでその処罰をお受けします。お慕いしておりました、殿下」
お慕いしておりました、最後に付いたその一言に、僅かばかり動揺する。幸い周囲はざわめいていたので、誰も気が付かなかったよう。その言葉が出たってことは、私、自分が思っているよりあの王子のこと嫌いじゃなかったのね。そんなことを心の中で呟きながら、私はパーティー会場を出た。
家に帰ると、出立の準備が整っていた。私の荷物はサマンサによってきれいにまとめられている。生物学上の家族はというと、罪人と血縁関係にあったという事実はなかったことにしたいらしく、誰も私に目を向けすらしない。
サマンサは辞職したそうだ。メアリという令嬢はドルレアン公爵家に存在しなかったのだから、どうせ公爵家に残っていてもすぐに解雇されただろう、って言ってた。本当、初めにサマンサに声をかけてよかったよ。
必要以上に気を遣う相手はもういない。これからは、信頼できるサマンサと二人、隣国で庶民として暮らす。やっと、自由よ!
隣国での生活はとても楽しかった。前世庶民の私には社交界の居心地が悪かったっていうのもあるけど、なんて言ったって、町のみなさんとは数年かけて気づいた信頼関係がある。やっとここで暮らせることになった、って伝えたら、みんな歓迎してくれたの。町の人たちは生活に必要なものを提供してくれるし、私は生活に必要な知識を提供する。詐欺件数が激減したってみんな喜んでくれたわ。お役に立てて何よりよ。
時折町にまで流れてくる噂を聞く限り、あの王子もリズちゃんも、しっかり国を統治してるみたい。リズちゃん、歓迎されてるみたいで本当によかった。私のせいでリズちゃんが不幸になってないか、心配だったから。
ヒロインも幸せ、攻略対象も幸せ、悪役令嬢の私も幸せなんだから、これが一番良い終わり方だったのよね。頑張ってみて、よかった! これからも、みんな幸せに生きられることを願ってるわ!
最後まで読んでくださったみなさま、ありがとうございます!
「転生王子は悪役令嬢を愛していました」は、作者の想像以上に多くの方に見ていただけました。中には、ブックマーク登録やポイント評価をしてくださる方までいらっしゃいました。作者はそのことがとても嬉しかったので、悪役令嬢視点での物語を公開することにいたしました。
まだまだ未熟者ですが、これがみなさまへのお礼になれば、と思っております。
改めて、感謝を。ありがとうございます!




