悪役令嬢達に捧げる挽歌(エレジー) ― 処刑台か地獄の特訓かの二者択一とは、ひどいですわ! ―
最近は、随分と【悪役令嬢】ものの人気も大分下がってきたと思いますが、今までに亡くなった多くの【悪役令嬢】たちに捧げます。
わたくしは、ハーレンロマンティ王国の伯爵令嬢であるアマリリア・アルカナ・シーガルと申します。
そしてわたくしは、蝶よ花よと乳母日傘で大きくなった、正真正銘の深窓の令嬢でもありました。
そんなわたくしですから、ナイフやフォークよりも重いものは持ったことがありません。
年齢は十四歳と社交界デビューの一年前の小娘ですが、幼い頃から自身の美貌には自信がありました。
わたくしが住んでいるハーレンロマンティ王国では、王族や貴族の子女を寄宿制の聖キネンシス学院に集めて一貫教育を施すという伝統がありました。
他国では、貴族家ごとに家庭教師を雇って淑女教育を施しているところもあるそうですが、一長一短だと考えております。
そしてわたくしの生家であるシーガル伯爵家ですが、父が貴族院の重鎮であることから、第二王子殿下でいらっしゃるトーマ・イングラ・ハーレロマンティ様をわたくしの許嫁にと決めて下さいました。
眉目秀麗なトーマ様は学園のアイドルであり、毎日、多くの取り巻きを連れていらっしゃいます。
そんな素敵なトーマ様の許嫁であることが誇らしかったのですが、ある日、不注意から階段落ちをしてしまって全治一週間の打撲を負いました。
そして、その時、わたくしは前世を思い出したのでございます。
わたくしことアマリリア・アルカナ・シーガルとは、前世の世界で『乙女ゲーム』というジャンルの電脳遊戯に登場する【悪役令嬢】だったのです。
ゲーム名は忘れてしまいましたが、わたくしが成人する十五歳の誕生日、社交界デビューの日でもあるのですが、晴れの舞台でトーマ様から唐突に婚約破棄を申し渡され、失意の内に伯爵家からも無能者として放逐されてしまうのです。
ゲームでは苦難の末に【女主人公】をザマァして、トーマ様と縒りを戻すという外伝もありましたが、本編では無残にも野垂れ死ぬ設定となっておりました。
閑話休題
わたくしたちの住む世界ですが、幾つもの『乙女ゲーム』が複雑に絡み合いモザイク模様になっていたのです。
わたくしが幼い頃、とても美しくて嫋やかな侯爵令嬢が火刑によって、公開処刑に処されました。
この悲劇の侯爵令嬢が木の杭に括り付けられ、焼き殺される場面を啓蒙教育の一環として見学させられたのです。
あの恐ろしい光景は、精神的外傷となっています。
そして麗しい侯爵令嬢が処刑された罪状が、【悪役令嬢】だったのです。
幾人かの【悪役令嬢】は、お約束となっている許嫁からの婚約破棄イベントの後、自暴自棄から残虐行為に走ったり、殺人に手を染めたりしたのだというのです。
世界の賢者たちは、『乙女ゲーム』事案が発生した際の対処法を模索しました。
その結論としては、【悪役令嬢】を断罪して【女主人公】と【主人公】をくっ付けるという、実に単純明快なものだったのです。
それ以来、各国では協定を結び、『乙女ゲーム』事案が発生すれば関係者の配役を精査して、【悪役令嬢】を直ちに捕縛し、処刑することが暗黙の了解となっていたのです。
つまり一年後の社交界デビューの日に、トーマ様から婚約破棄された途端、わたくしは【悪役令嬢】と認定され処刑されることになるのです。
かの侯爵令嬢が絶命するまでは、壮絶でした。
美しい銀髪に火が移って燃え上がり、魂が揺さぶられる程の声にもならない絶叫があがりました。
次いで囚人服が燃えて衆人環視の元で裸体を晒すことになるのですが、絶命するには至りません。
そして侯爵令嬢は、最期まで助命を嘆願しながら炎の中に消えていきました。
つまり侯爵令嬢の公開処刑は、このまま時が過ぎれば、一年後に待っているわたくしの未来なのでした。
わたくしは密かに『乙女ゲーム』事案の情報を集めて回ります。
その結果、分かったことは、最近の二十年以内に発覚した『乙女ゲーム』事案の【悪役令嬢】は、一人の例外もなく処刑されているということでした。
そんな絶望の中、わたくしに差出人不明の封書が届けられました。
不審に思いながらも開封すると『トゥルーヒロインの会』なる怪しげな団体からの手紙でした。
そして読み進めていくと、この手紙を差し出したのは『悪役令嬢互助会』という非合法組織であり、表向きの団体名が『トゥルーヒロインの会』であるというのです。
驚くべきことに『トゥルーヒロインの会』では、何らかの不正手段を使って【悪役令嬢】を探し出し、『乙女ゲーム』事案が発生する前にわたくしたちを助けることを目的として活動しているというのです。
つまり【女主人公】が【主人公】と出会う以前や、遅くとも【主人公】から【悪役令嬢】が婚約破棄されて『乙女ゲーム』事案が発覚する以前に、【女主人公】を抹殺して何もなかったことにしようというのです。
これには目から鱗が落ちる思いでした。
確かにわたくしが生き残り、トーマ様と添い遂げるにはそれしかないでしょう。
わたくしは【女主人公】となるイライザ・リットンを抹殺することに決めました。
でも善良な伯爵令嬢であるわたくしは、殺し屋などに伝はありません。
それにわたくし自身も本物のお嬢様ですから、人殺しが出来ようはずもありませんでした。
手紙には、その解決策として、わたくしの身体能力を高める方法があると書かれています。
つまり「助かりたければ『ハートアーミー女学園』に転入せよ」と結ばれていたのです。
わたくしは藁をも縋る思いで、『ハートアーミー女学園』に転入することに決めました。
因みに、聖キネンシス学院に対しては、持病の悪化を理由とした休学届を提出して時間稼ぎをすることにしました
「アマリリアお嬢様、本当によろしいのでございましょうか?」
「セバス……、わたくしは此処への入学を決めたのです」
「承知しております、アマリリアお嬢様。卒業時には、必ずやお迎えに参ります」
「ええ、頼みましたよ」
わたくしは馬車に乗って『ハートアーミー女学園』まで遠路遥々赴いたのでした。
付き添いは家宰のセバスティアーヌです。
『ハートアーミー女学園』は広大な敷地の中にあり、周囲は高い塀で囲まれていました。
しかも、塀の上端には有刺鉄線が張り巡らされているという物々しさです。
わたくしを正門の守衛に引き渡したセバスティアーヌが、名残惜しそうに帰っていきます。
わたくしは守衛に案内されて、学園長室へと赴きました。
とんとん、とんとん
「学園長様、いらっしゃいますか?」
「アマリリア・アルカナ・シーガル嬢ですね、お入りなさい」
がちゃ、ぎぃいぃいぃぃ
「失礼します」
学園長室の執務机に座っているのは、一見すると人の好さそうな恰幅の良い中年女性でした。
「私が『ハートアーミー女学園』の学園長を任されているメタボトロン・ミンチです。アマリリア・アルカナ・シーガル嬢の転入を歓迎します。当学園は軍隊式の厳しいカリキュラムですが、半年後には【女主人公】を斃せるだけの力量を身に付けておられることでしょう。頑張るのですよ」
「ありがとうございます。ミンチ学園長」
「アマリリア・アルカナ・シーガル嬢は、あの祭壇と頭上の肖像画は一体何か分かりますか?」
「いえ、分かりませんわ」
「あの祭壇に祀っているのは、処刑された【悪役令嬢】達です。それから頭上の肖像画は、【女主人公】を斃して幸せを掴まれた『悪役令嬢互助会』の会員ですね。然る大国の皇妃を筆頭に、錚々たる方々ですよ」
わたくしは処刑されてしまった【悪役令嬢】の多さに衝撃を受けました。
それから直近の二十年で生き延びた【悪役令嬢】は居ないとされてきましたが、『乙女ゲーム』事案が発覚する前に、【女主人公】を斃して生き延びた方々がいらっしゃったことを知り、感動に打ち震えるのでした。
ミンチ学園長への挨拶が終わると、隣室で担当教官殿が待ち構えていました。
何と言いましょうか、担当教官殿の外見は……、鬼軍曹でした。
「お前のようなひょっ子の【悪役令嬢】に人権などない。ただのクソだ。それから俺のことはサーと言え!」
家族を説得して『ハートアーミー女学園』に転入を果たしたのですが、行き成り鬼軍曹の如きレオナルド・アーメンという粗野な中年教官から罵声が飛びます。
「あ、あのアーメン様!?」
バチン
わたくしは、行き成り右頬を平手打ちにされました。
打たれた右頬が ― ズキズキ ― と痛み、恐らく腫れ上がっているのでしょう。
なんて乱暴な教官なの!
「口答えは許さん! 俺の命令に対しては『サー、イエッサー』とだけ返事をすればよい」
「サー、イエッサー」
「まずは最初の命令だ。これからお前の斬髪式を執り行う。これは俗世の柵を断ち切る儀式だ」
「……サー、イエッサー」
信じられないことに、わたくしは椅子に座らされバリカンで自慢の金髪が刈られていきました。
刈られて床へと流れていく自慢の金髪は、わたくしが幼い頃から伸ばしていた大切なものだったのです。
わたくしの目尻から涙が止め処なく流れ落ちていきました。
そして伯爵令嬢であるわたくしの頭部は、無残にも丸刈りにされたのです。
「すっきりしたじゃね~か。それじゃ早速校舎の裏にある運動場に出て走ってもらおうか」
「わ、わた……サー、イエッサー」
そしてわたくしの地獄の特訓が始まったのでございます。
ドレスも脱がされ、ブラジャーとパンティーの着用だけは認められたものの、半裸で運動場を走ることになるとは……、悪夢です。
わたくしは、羞恥で死にそうです。
足には革製の重い軍靴を履き、背中には空の背嚢を背負っている新兵スタイルです。
「このクソったれ、止まらずに死ぬ気で走りやがれ!」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
バン!
「きゃ!? 痛いのですわ! 何をなさるの!!」
「口答えはするなと言ったはずだが?」
何と鬼軍曹は、竹刀を片手に持って追い掛けてくるのです。
そしてわたくしが立ち止まると容赦なくお尻を打つのでした。
「……サー、イエッサー」
毎日、毎日、基礎体力を養う鍛錬をする合間に、剣術やナイフ術に暗器の使い方まで厳しく教導されました。
また空だった背嚢の中には、ご褒美だと言って重しの石ころが入れられていきました。
半年後、わたくしは一端の女戦士か女暗殺者へと育っていたのです。
そして卒業が認められ、再びミンチ学園長の待つ学園長室に招かれました。
「この半年間、よく頑張りましたね。卒業祝いを贈りましょう」
「マム、イエス、マム」
わたくしは軍隊式の敬礼をしながら、ミンチ学園長より大きな紙箱を受け取ったのです。
「開けて御覧なさい」
「マム、イエス、マム。こ、これはわたくしの髪……」
「ええ、斬髪式で預からせて頂いた頭髪で作った鬘です。やはり伯爵令嬢が短髪では恰好が付きませんからね」
そしてわたくしはミンチ学園長にお礼を言って『ハートアーミー女学園』を卒業したのでした。
帰り際、祭壇に手を合わせて亡くなった【悪役令嬢】達の冥福を祈りました。
そして正門へと向けて歩いていると、守衛に連れられたわたくしと同い年くらいの少女がやって来ます。
豪奢なドレスに身を包み、豊かな亜麻色の髪はハーフアップに結い上げています。
頭頂には大きく真っ赤なリボン飾りを付け、両手で可愛らしいデティベアの縫い包みを抱いた、陶器人形の如き美少女でした。
彼女は新たに転入してきた【悪役令嬢】なのでしょう。
この後の展開を知らないということは、ある意味幸せなことなのかも……。
わたくしは少女に会釈をして先に進みます。
心地よい風が吹いて、縦ロールに整えられた金髪が広がりました。
鬘は、自毛のように自然な仕上がりです。
再び迎えに来たセバスティアーヌの乗る馬車に乗って自宅に戻った時には、安堵感から脱力したものでした。
でもこれで暗躍は、終わりではありませんでした。
半年間の長期療養を終えたことになっているわたくしは、聖キネンシス学院に復学し、【女主人公】のイライザ・リットンを処分する必要があったのです。
イライザは平民の生まれですが、田舎の某男爵家の養女となり、わたくしが居ない間に聖キネンシス学院に転入しているはずでした。
今の時期では、まだトーマ・イングラ・ハーレロマンティ第二王子殿下とも運命の出会いとやらは果たしていないはずです。
従ってわたくしとイライザは、完璧に赤の他人でした。
復学を果たしたわたくしは、聖キネンシス学院を散策する振りをして、憎きイライザを探しました。
イライザは、ふわふわとした桃色の髪が可愛い小悪魔的な美少女です。
そしてわたくしは、暗殺のチャンスを待ちました。
人気のない回廊から階段を下りるタイミングで、わたくしは右手に持っていた詩集の背表紙によってイライザの鼻の下と唇の間にある人中と呼ばれる急所を強打しました。
するとイライザは一瞬、驚いた顔をしたものの、糸の切れた操り人形のように階段を転がり落ちたのです。
階下に落ちたイライザは、首がありえない方向に曲がり、口の端から鮮血を垂らしておりました。
斯うして、イライザ・リットンは単なる肉塊と成り果てたのでございます。
暫く後に発見された彼女の遺体は、単なる事故死として処理されました。
その後、わたくしは盛大な社交界デビューを果たし、そして待望の第二王子妃となりました。
現在では、一男一女を儲けて幸せな毎日を送っています。
そしてわたくしも『悪役令嬢互助会』の正会員となり、年若き【悪役令嬢】達を助けているのでした。
めでたし、めでたし……わたくし的に。
お読み下さり、ありがとうございます。
何だか【悪役令嬢】ものに『フルメタル・ジャケット』や『プライベート・ベンジャミン』と『小公女』が混じったようなお話となりました。




