第六話 フォルテ・トルー
フォルテは、頬を優しく撫でるような柔らかな温かさを感じた。
気が付けば、体が横たえられている。どうやら眠っていたようだ。
覚醒していく意識の中に、パチパチと焚火の乾いた音が聞こえる。
「目が覚めたかね? フォルテよ」
「敗けたのですね、私は」
上体を起こして、ヴァイスがフォルテに声をかけた。
フォルテにとっては、全力を出し切った死闘であったはずだが、ヴァイスはまだまだ余力を残しているような雰囲気を感じた。
フォルテは、父ドレアムが亡くなってからずっと修行をしてきた。
最初の百年はひたすら体を鍛えた。
体が出来上がったら、百年かけて魔力を練り続け、魔力強化をマスターした。
その後の百年は外遊の旅に出て、武者修行をした。
亡き父との約束の為に鍛え続けた結果、張り合いのある相手がいなくなった。
フォルテは自身が強くなりすぎたのだと考え始めた。
しかし父はこういった。ヴァイスは生涯の宿敵だと。
果たして、どれ程の強さなのだろうか。
フォルテは、約束の為だけではなく、フォルテ自身のためにヴァイスを待ち続けた。
鍛えた力が振るえないという事は不幸だ。
例えるなら、鍛え上げられた武器が使われる事なく錆びつくようなもの。
父の宿敵ヴァイス、父の言う通りの人物であり、フォルテの全てを受け止めた。
「完敗、ですね。ですがすがすがしい気持ちです。全力をぶつけたのですから」
「くっくっく。準備し、挑戦し、達成する。それ以上の美酒は中々あるまい。私にとっても今宵は良い夜だった。君は我が友に代わり約束を守った。そして私は戦いに勝った」
「しかし決着をつける約束だったのではないのですか? 私は生きていますよ? 私は父の名誉と私自身のために戦いました。命を懸けて」
「若き挑戦者よ。君の父は約束を守った。君は私の期待に応えた。では友の忘れ形見である君を殺すのは、友情に反するとは思わんかね?」
そう言ってヴァイスはくつくつと笑った。
フォルテはその時、ヴァイスが本当に満足そうな、まるで子供のように朗らかなヴァイスの顔を見た。
「常々思うのだが、全力を尽くして天命に応える事は、幸せなことだ。なのに凡夫は天命を尽くさずに逃げ出してしまう。勿体ないことだよ。君は逃げずに応えた。そして私は久しく満たされた。感謝を」
フォルテは素直に感じた。ヴァイスは、フォルテにとって尊敬に値する人物であった。
「ヴァイスさん。その言葉の為にここまで来ました。ありがとうございます」
「なに、お互い様だ。そうだな。とりあえず、腹が空かんかね? 魚を焼いておいた。私は食べなくてもいいが、嗜好品として嗜むのでね」
気付けば焚火の近くで魚が焼かれている。
フォルテは、それがフォルテ自身のために焼かれたことに気が付いた。
フォルテは魚を口に放り込み、まるでこの世の何にも勝る味覚を感じた。
きっと全力を出した後の食事だからだ。
「とても、とても美味しいです……」
フォルテはボロボロと泣いた。これはきっと、成し遂げた感動だ。
この涙はフォルテにとって一つの区切りなのだ。
フォルテは、死んだ父に胸を張っていった。パパとの約束は全て果たしたから安心してねと。
「っふっふっふ。魚一つで泣くとは、先ほどまで私の命を狙っていたとは思えんな。君も満足したかね?」
フォルテは奇妙な感覚にとらわれていた。
全てをぶつけ、ヴァイスに応えてもらったという事実。
敗北を喫しようともなんと幸せなことなのだろうか。
ヴァイスも、全てをぶつけられる相手が父だったのだ。
フォルテは、ヴァイスの全てを受け止められるようになりたいと心から感じた。
フォルテにとって、ヴァイスとの戦いは掛け替えのない宝となった。
もう少しで終わりです。
最後までお付き合い頂けると作者が喜びます。