ちいさなちいちゃんのおもちゃの金魚
小さなちいちゃんはとってもこわがりのさみしがりや。
トイレにいっても、
「ママこわい、ついてきて」
お部屋にママがいないと、
「ママさみしい 、いっしょにいて」
おふろに入って、ママが一足先に出ようとすると、
「ママ、いやー、こわいー」
と毎日大泣き。
ママはすっかりこまってしまって、ちいちゃんに言い聞かせます。
「大丈夫だよ、こわいことないよ、 お風呂もトイレもお部屋もね、ママが毎日お掃除しているんだもの。ちいちゃんとにいにを守ってくれるように、ママいつもお願いしているんだよ」
ちいちゃんはその度にショボン顔。
『だって、ママがいないとちいちゃんさみしいんだもの。ママと、はなれたくないんだもの。ちいちゃんはずーと、ママといっしょが いいんだよ』
ところがその日はある日突然やって来ました。
お風呂に入っていたときのことです。
その日はにいにが先にのぼせて、お風呂から出たいと言うのです。
ーーちいちゃんはまだまだお風呂で遊びたいのにーー
プラスチックでできた赤と黄色と青の金魚。
近ごろちいちゃんは、この金魚すくいのオモチャが一番のお気に入りなのです。
「ごめんね。ちいちゃん、お風呂出よう」
「 いや! ちいちゃんあそびたい! まだ、おふろにはいっていたいのよぅ」
ちいちゃんはお目めと眉毛を釣り上げて怒ります。
そんなことはおかまいなし、にいにが熱さにたえかねてお風呂を飛び出します。
ママは大あわて。
「ちいちゃん、ママにいにの体ふいたらすぐ戻ってくるから待っててね」
ちいちゃんは大泣き。
うおーん、うおーんと泣き叫びました。
けれども、どんなに泣いてもママはすぐに戻って来ません。
ポロポロと目から大粒の涙がこぼれ落ち、金魚の上に雨のように滴り落ちます。
そのときです。お風呂の中から声がしました。
「大丈夫よ、ちいちゃん、私たちがついているわ」
声の主はなんとおもちゃの金魚達だったのです。
「え、なんでしゃべれるの?」
思わず涙も引っ込みます。
赤い金魚がいいました。
「ちいちゃん、私たちを大事にしてくれてありがとう」
黄色い金魚が言いました。
「ちいちゃんが遊んだ後大切に毎日しまってくれるから、私たちずっと一緒にいられたのです」
最後に青い金魚がこう告げます。
「ちいちゃん、お礼に私たちのお城に一緒に行きましょう」
ちいちゃんはこまってしまいます。
「えーとね、けどね、ちいちゃんいないとママ、しんぱいしちゃうんじゃない?」
「だいじょうぶ。かえってくるときは、元の時間に戻してあげますから。ちゃんとここにかえってきますよ」
それなら大丈夫そうです。
ちいちゃんは、金魚たちについて行くことに決めました。
それに実を言うとさっきから、ちょっぴりワクワクしているのです。
「きんぎょさんたちのおしろって、どこにあるの?」
ちいちゃんが聞くと、赤い金魚がお湯の下を指さしました。
・・・おっと、金魚に指はありませんね。
「私たちのお城はお風呂の中です。さあちいちゃん、息を思いっきり吸ってお風呂の中にもぐるんです。」
「ねえ。それって、くるしくなあい?」
それはちいちゃんには、とてもこわいことに思えました。
「だいじょうぶ、 私達が付いていればお水の中でも苦しくありません。さあ、ちいちゃん息を吸ってー!」
金魚たちに言われたとおりちいちゃんは大きく息をすいます。
そしてほっぺたを膨らませたまま、お顔をお湯につけました。
するとぶくぶくと泡の音が聞こえて来ました。ちいちゃんは身体中が泡に包まれていくのが分かりました。
「ちいちゃん、しっかり目をつむって!」
金魚たちの声が聞こえます。
しばらくすると、だんだんと泡の音が消えて行くのがわかりました。
「さあちいちゃん、もうだいじょうぶですよ。目を開けて息をしてください」
金魚のお城につきました。
ちいちゃんがゆっくり目を開けると、そこはたしかにお城でした。
貝殻を薄く削ったものを何枚も重ねたやねと壁 、周りはサンゴの庭木で彩られています。
砂の色は虹色に光り、なんと言っても見事なのはお城の一番上に飾られている大きな真珠のつぶでした。
ちいちゃんの手のひらより大きな真珠でした。
「わあーすっごくキレイ!!」
ちいちゃんは、お目めを輝かせます。
ちいちゃんの喜びようを見て、金魚たちもうれしそう。
・・・あれれ?何か変です。
ちいちゃんはお目めをこすりました。
金魚たちはたしかに赤黄色青の三匹ですが、なぜか体と顔が人で、脚だけお魚に見えるのです。
ーーー大きさは元の金魚より大きく手のひらくらいの大きさでしたが。
「わあー、にんぎょだあー」
ちいちゃんは大喜び。
「ちいちゃん、ママには内緒ですよ。ちいちゃんだから特別にこの姿を見せたのです」
「私達はこちらではこの姿になれるのです」
金魚達は口々にいいました。
「ちいちゃんも、自分の姿を見てみてください」
あら不思議、いつの間にかちいちゃんも腰から下がお魚の形をしています。
ちいちゃんも人魚になっていました。
ちいちゃんはびっくり。
「すごいねえ、ちいちゃんおさかなみたいにおよげるよ!」
と、ちいちゃんは大喜び。尾っぽをバタバタ振ってみます。
すると、なんということでしょう、幼稚園のプールで泳いだときよりも速く泳げるではありませんか。
ちいちゃんは金魚達の周りをぐるりと泳ぐと、あっという間にお城の周りを一周出来てしまいました。
「ちいちゃん、あまり遠くに行っては行けませんよ」
赤い金魚が言いました。
「海は危険がいっぱいです」
黄色い金魚が言いました。
おやおや?金魚は海で泳げたでしょうか?
今日は不思議なことがいっぱいです。
「ちいちゃん、私たちの女王様にあってください」
青い金魚が言いました。
「じょおうさま?」
「ちいちゃん、私達の女王様に会ってください」
金魚達が声を合わせて言いました。
「ちいちゃんじょおうさま、こわい。 だって、じょおうさまって、まじょののことでしょう」
ちいちゃんはママと読んだ白雪姫の話しを思い出しました。
「大丈夫ちいちゃん、それはお話しの中の女王様です。私達の女王様はとても優しくて親切です。 ちいちゃんのぬり絵のお姫様よりきれいな方ですよ」
「おひめさま?ちいちゃんしってるよ。キラキラして、きれいなドレスをきているの」
ちいちゃんは目を輝かせました。
『女王陛下のおなーりー』
どこからあらわれたのでしょう、お城の兵隊がラッパを鳴らします。
プップクプー
ラッパの音とともに現れたのは虹色の髪の女王様でした。
長い髪はツヤツヤとした白い尾っぽの先に届くよう、ちいちゃんが見た中で誰よりも色が白く、まばゆいばかりの立派な金魚の人魚のお姫様、いえ女王様でした。
「あなたがちいちゃんですね」
女王様は優しく微笑みました。
ちいちゃんはこんにちは、と挨拶をしました。
「金魚たちから聞いてます。ちいちゃん、あなたなら私たちを助けてくれると信じてますよ」
うん?ちいちゃんは首をかしげました。
なんだか話が変です。
ちいちゃんの様子に気が付いた女王様は、
「まだ話してないのですか」
と赤黄色青の金魚達に聞きました。
女王様の言葉にこまったように、コクリコクリとそれぞれ金魚たちがうなずきます。
「ちいちゃん、実は私たちの国が大変なのです」
赤い金魚が言いました。
「ちいちゃん、助けてください」
黄色い金魚と青い金魚がいいました。
女王様が続けます。
「じつは、大きなサメが私たちのお城を襲おうとしているのです。 あんな大きなサメに目をつけられたら、私たちのお城なんてひとたまりもありません。ちいちゃんどうか助けてください」
「サメってなあに?」
とちいちゃんは聞きました。
金魚たちがこたえます。
「歯がトゲトゲで口が大きくて、皮膚がザラザラでーー」
「いやよお、ちいちゃんそんなのこわいもの」
ちいちゃんはブルブル震えあがりました。
「大丈夫。 ちいちゃんは、私達より大きいもの。それに、おはなし聞くのじょうずでしょう」
「おはなし話すのも上手になりましたよ」
「私たち、おふろの中でみてましたよ。サメになんでお城に来るのか、ちいちゃん、尋ねてみてください」
ちいちゃんはモジモジしてしまいます。
「だって、サメにたべられちゃう」
「だいじょうぶですよ、ちいちゃん。 私たちの宝物を使ってください」
金魚達がそういうと、
プップクプー
とラッパがなり、宝箱を家来の金魚たちが運んできました。
「ちいちゃん、開けてみてください」
金魚達にうながされてちいちゃんが箱を開くと、なかには赤黄色青の宝石のついた三つの指輪が入っていました。
「ちいちゃん、これは私達金魚のそれぞれの家に伝わる指輪です。赤は勇気、黄色は元気、青は考える力を与えてくれます」
「ちいちゃん、これがあれば怖いものなどありません」
「おトイレだって一人で行けますよ」
そういうと金魚達が、ちいちゃんの左手の親指、人差し指、中指にそれぞれ指輪をはめます。
なんと言うことでしょう、おトイレに一人で入れるのようになるのなら、ちいちゃんはサメと話すのだって平気な気がしてきました。
手を動かすと指輪はキランと不思議な光を放ちます。
「キレイだねえ」
「ちいちゃん、がんばって」
金魚たちが口をそろえてはげまします。
「うん。おはなしすればいいんだね?けど、ちょっぴりまだ、こわいから、ついてきてくれる?」
「もちろんですとも」
三人の金魚の人魚たちは声をそろえて言いました。
『いってらっしゃい、ちいちゃん。いってらっしゃい、赤黄色青の金魚達」
ちいちゃんを送り出す楽隊がまたまた城の中から出てきます。
プップクプーのぷープップクプーのプー
城の中からたくさんの色とりどりの金魚が出てきて、色とりどりのリボンが宙にまいあがり、せいだいな見送りです。
「ちいちゃん、これを持って行って」
女王様がちいちゃんを呼び止めました。
女王様はうでに何かをかかえていました。
ちいちゃんがよおく目を凝らしてみると、なんとそれはランドセル。
ちいちゃんが来年のお誕生日にお願いしていた、水色のランドセルだったのです。
「ちいちゃん、この中にお弁当と水筒が入ってます。お腹が空いたら食べてください」
「わあい」
あこがれの小学生になるあかし、ランドセル。
これさえあれば百人力です
ちいちゃんは、お腹のそこから勇気がムクムク湧いてくるのを感じました。
女王様にしっかりとお礼を言い、ちいちゃんたちは冒険に出かけます。
「さあちいちゃん、サメのところへ出発です」
「サメはどこにいるの?」
「そんなに遠くには行きません。 お城の真珠が親指の爪くらいに見えるところまで、泳いで行きましょう」
「そこでお弁当を食べて待ってたら、きっとサメは来るはずです」
「それではちいちゃん、お手手をつないで行きましょう」
ちいちゃんは赤い金魚の人魚とお手てをつなぎます。
黄色と青もつないで、ちいちゃんたちの後ろに並びます。
金魚さんのお手てはとても小さくて、小指の爪くらい。
ちいちゃんは金魚のお手てをそっとつまむようにして、つなぎました。
「さあ出発です」
ちいちゃんたちはまっすぐ虹の砂の上を泳いで行きました。
少し泳ぐとあたりがじんわり暗くなって行来ます。
振り返るともう女王様達は砂つぶのよう。
お城の上の白い真珠がこうこうと輝いています。
行かねばならぬ先をみると、今より少し暗い気がしました。
ゆらゆら揺れる海藻が、ぽつんぽつんと手招きしてるように思いました。
ちいちゃんは赤い金魚の手を握りなおしました。
小さな手の温もりにホッとします。
「あかいきんぎょさんのおてて、あかちゃんみたいだね」
「そうですか?ちいちゃん、私達のことはアカ 、キィ 、アオと呼んでください」
と赤い金魚が言いました。
「じゃあアカさん、キイさん、アオさんだね」
と、ちいちゃんはみんなの顔を見てニッコリしました。
ゆっくりゆっくり、ちいちゃんたちは虹の砂の上を泳いで行きます。
海藻くらいしか見るもののない平坦な道のりです。
ちいちゃんは夜空にたくさんの星がきらめいているのに気がつきました。
「わあー、おほしさまー」
ちいちゃんはこんなキラキラした星空見たことがありません。
まるでお星さまが今にも降ってくるようです。
アカさんが言います
「ちいちゃん、あれは星ではありません」
キィさんが、
「あれは、お風呂達です。この海は世界中のお風呂につながっているのです」
と言いました。
「ここには、世界中のお風呂おもちゃ達が集まって住んでいるのです」
とアオさんも続けて言いました。
金魚たちは代わりばんこにしゃべります。どうやら、これが彼らのお約束のようです。
「おしろのきんぎょさんたちも、おもちゃなの?」
「はい。私達はセットで売られることが多いから、 群れをなしてお城を作りました」
「たまには、一匹で流れるものもいますがね」
「みんな一緒の方が落ち着くものの方が多いです」
「じゃあサメさんもおもちゃなの?」
「そうですとも、サメのおもちゃは群れることはありません」
「きっと一匹でゆっくり旅をしているところなのでしょう」
「ですが、なぜかここ何日も同じ場所に現れます」
アカさんキィさんアオさんは、不思議そうに首を何度もかしげます。
「だれかサメさんに、なんでくるのか聞いてみたの?」
「何か理由があるのでしょうが、あれだけ大きいと、こわくてだれも、話したがらないのです。 だから、ちいちゃんに来てもらったのです」
「ちいちゃんおおきいから?」
「いいえ、ちいちゃんが、賢い子供だからです。私達おもちゃを大切にしてくれたからです」
「おもちゃは、ちいちゃん達と違って、早く大人にならなくてはいけません。おもちゃは、人間の子と遊ぶためかしこく強くならねば行けません」
「しかし、どんなに強くかしこいおもちゃでも、人間の子にはかないません」
「どうして?」
「そのような決まりなのです」
「きまりってなあに?」
「お約束のことですよ、ちいちゃん」
「おもちゃが人間の子より強くなってしまったら、もう人間の子とは遊べません。それはおもちゃでは、なくなってしまいます。 この海にはいれなくなります」
「だから、この海で一番強いのはちいちゃんなのですよ」
ちいちゃんはなんだか恥ずかしいような、誇らしいような照れくさい気持ちでいっぱいです。
ですが、金魚達はなぜか急にしょんぼりしたようすです。
「ごめんなさいちいちゃん。 私たち、ちいちゃんにサメのこと黙ったまま連れて来てしまいました」
ちいちゃんのまん丸い目と目が合うと、小さい金魚達はもっともっと小さくなりました。
アカさんが、
「私たち、ちいちゃんと話せてうれしかった」
と言いました。
キィさんが、
「私たち、浮かれていたのです。ちいちゃんと遊べるって」
と言いました。
アオさんが、
「それにサメのことを話したら、ちいちゃん、来てくれないかもと思っていました。 黙っていてごめんなさい」
と言いました。
「いいよ。ちいちゃんにんぎょにもなれたし。アカさんキィさんアオさんと、おしゃべりできてとてもうれしいもん。 それに、ちいちゃんつよいんでしょう? アカさんキィさんアオさん、みんなをまもってあげる。おねえさんだもんね」
金魚たちはほおとしてため息をつき、ニッコリ笑いました。
「ありがとう。ちいちゃん、私たちもうれしいです」
「ところで、このあしってもとに、もどるよねえ」
「もちろんですとも。 お風呂に戻った時には、元の人間の脚に戻ってますよ」
ちいちゃんたちの上に、数えきれないほどの光が輝いています。
世界中に繋がっているお風呂の光。
ーーどれがちいちゃんのお風呂かしら。
ちいちゃんは一粒の星の光の中に一瞬、ママを見たような気がしました。
「ママ、まま、うわーん」
ちいちゃんはママを思い出して、さみしくなってしまいました。
ちいちゃんの目からポロポロと涙があふれ、海の水へと消えていきます。
ちいちゃんは、うおーんうおーんと声を上げて泣きました。
「泣かないで、ちいちゃん。ちいちゃんは強い子です」
ちいちゃんは涙をこらえようと目に力をいれました。
「ちいちゃん、赤い指輪をこすってみてください」
ちいちゃんはアカさんに言われたとおりにしました。
するとどうでしょう。
胸のあたりがぽかぽかと暖かくなってくるではありませんか。
ちいちゃんの涙もとまりました。
これがゆうきのゆびわのちからなの?
ちいちゃんはお目めをまん丸くして指輪をながめます。
「ちいちゃん、だいじょうぶですか?もう少し先へ行けそうですか?」
アカさんキィさんアオさんは、心配そうにちいちゃんの顔を代わる代わるのぞき込みました。
「がんばるね」
ちいちゃんと金魚たちはお魚の尾っぽを、一生懸命バタバタさせて進みました。
しばらく先へ進むと虹色の砂が終わり白い砂が広がっていました。
後ろをみると虹色の砂の先に親指の爪くらいの真珠が見えます。
ちいちゃんはなんだかヘトヘトです。たくさんたくさん泳ぎましたからね。
「ちいちゃんなんだか、つかれた」
ちいちゃんはうずくまります。
アカさんキィさんアオさんが、ちっちゃいお手てで背中をさすってくれます。
「ちいちゃん、黄色の指輪をこすってみてください」
キィさんに言われたとおりにちいちゃんは、黄色の指輪をこすりました。
すると体じゅうに、ムクムクチカラが湧いてきます。
「ちいちゃん、元気でましたか」
「これが、『きいろのゆびわ』のちからなんだねえ。すごいねえ」
「お弁当を食べるともっと元気が出てきますよ。さあ食べましょう」
水色のランドセルを開けると中にはレジャーシートと、ちいちゃんの大きなお弁当と小さな小さなお弁当が三つ。大きな水筒と小さな小さな水筒が三つ入っていました。
ちいちゃんは小さなお弁当箱と水筒をつまむとそれぞれ金魚に渡します。
「はいアカさんのぶん、キイさんのぶん、アオさんのぶん」
金魚たちはニコニコとお弁当を受け取ります。
お弁当をあけるとほら、ブロッコリーにウインナー、目玉焼きに卵焼き、ポテトサラダ。デザートにはなんと真っ赤なイチゴまでチイちゃんの大好きなものばかりです
「アカさんアオさんキイさんのおべんとうも、みせて」
なんと、ちいちゃんとお揃いです。
小さいウインナーやブロッコリーがデコレーションのように飾ってあって、まるでちいちゃんのお弁当をそのまま縮めたようです。
おそろいだねえ うれしいねえ、とレジャーシートの上で、四人でホクホク笑顔で食べました。
「あれ、これ、ちいちゃんのすいとうだよ。おはしも、ちいちゃんの。おべんとうばこも、ママと、いっしょにかったのだ。 なんでここにあるの?」
「ちいちゃんが、いつも使ってるのが良いだろうと、女王様が揃えてくれたんですね」
「ふうん。じょおうさま、やさしいんだねえ」
「ええ、そうですとも」
ちいちゃんがウインナーをお箸でつつこうとしたその時。
白い砂の方から動く影が見えました。
「なんだあ、いい匂いがするぞー」
と海を震わす野太い声。
サメがあらわれました。
サメがやってきました。
ちいちゃんくらいの背丈の、ほおにキズがあるサメでした。
サメは虹の砂にやってくると、ボヨンと上半身は男のひとの人魚に変身します。
きゃー、きゃー、きゃー
アカさんもキイさんもアオさんも、あっという間にちいちゃんの後ろに隠れてしまいました。
ちいちゃんは隠れるところがありません。
ちいちゃんは怖いのを我慢しながら、
(ちいちゃんこわくないもん。おねえさんだもん)
と赤い指輪と黄色い指輪をこすります。
(『あおいゆびわ』はなんだっけ?)
と考えながら、ちいちゃんは青い指輪もえい、とこすりました。
「いい匂いはお前たちか」
「わ、私たち食べてもおいしくありませんよ」
金魚たちがちいちゃんの後ろから声をそろえて言いました。
「失礼な、だれが金魚なんか食べるか。お前たち何を食べているんだ?初めて嗅ぐにおいだなあ。」
「おべんとうだよ。じょおうさまが、つくってくれたの」
とちいちゃんは恐る恐るサメにおべんとうを見せました。
「おお、これだ、この匂いだ。このタコみたいなやつをひとくちおくれ」
「サメさん、おなかすいているの?」
「ああ、空いてるとも」
ちいちゃんとサメのやり取りをかげから見守りながら、小さな金魚たちは、か細い声でサメに聞きました。
「金魚は食べないんですね?」
「だから失礼な」
「ちいちゃんもたべないよね?」
と、ついでにちいちゃんもサメに聞いてみます。
「ちいちゃん、というのはお前のことか。 ふん、お前は人間の子だろう。おもちゃは子供には勝てないんだ。絶対に食べないぜい」
サメは鋭い牙を見せてニヤリと笑います。
「じゃあ、ちいちゃんもおなか、すいてるからはんぶんこでいい?」
サメは
「くれるのか、ありがとうなあ」
とニコニコ顔です。
ちいちゃんは残っていたご飯を半分、ウインナーを半分、イチゴを半分こしてお弁当の蓋に載せます。
そしてサメにお箸を渡すと、サメはあっという間に全部たいらげてしまいました。
「あー、美味しい。こんなに美味しいものを食べたのは初めてだ。人間の子はこんなに美味しいものを、食べているんだなあ」
とサメは大笑い。
「ところでおまえら、なんでこんなところにいるんだ? 迷子なら送っていくぜい」
「まいごじゃないよ。サメさんと、おはなしにきたんだよ」
とちいちゃんがいうと、ちいちゃんの後ろからぴょこと顔を出し、金魚たちが言いました。
「私たちは真珠の城の住人です。今日は、あなたに尋ねたいことがあるのです」
「なんだあ、言ってみろ」
サメの声の振動でまたまた海がブルブル震えます。
金魚の人魚は三人とも震えあがりました。
「サメさん、きんぎょさんいじめちゃダメよう。おにいちゃんでしょう」
ちいちゃんはメッとこわい顔をします。
「別に俺はいじめちゃいないぞ。顔が怖くて声がでかいだけだ。おい金魚たち、お前たちが小さすぎるんだ」
「そうなんです。 私達は小さいから、あなたが来るたびに震えています。 いま、金魚の国は大騒ぎなんです」
「サメさんはここに、すんでいるの?」
ちいちゃんは聞きました。
「いや、俺は旅から旅への旅がらす、ここには最近寝泊まりしているだけだぜい。そんなことになっているとはなあ、怖がらせてすまないが、俺だって好きで怖いんじゃない。そういう役目のおもちゃなんだ」
ちいちゃんは少し考えて言いました。
「ねえ、サメさんにまもってもらえば、いいんじゃなあい?」
サメも金魚も目をまん丸くして、お互い顔を見合わせます。
「だってサメさん、きんぎょさんたべないって、いってるよ。きんぎょさんもうみはキケンだって、いってたじゃない。サメさんつよそうだから、まもってもらえば、いいんじゃなあい?」
ナルホド、それはとても良いアイデアです。
小さい金魚たちはふむふむふむと話し合い、
「よし、女王様に報告しましょう」
と、くるりくるり宙返り。
「サメさんどうかしら?『おとなりには、ごあいさつよ』ってママもいってたよ」
「ふむ、まあその通りだな。 引き受けるかは別にして、しばらくの宿のお隣さんだ。挨拶は必要だな、よし行ってやらあ!」
「じゃあ、おべんとう、ちいちゃんもたべるからまっててね」
サメは、
「しかしこのお弁当てやつは美味いもんだ。だれが作ったんでい?」
と聞きました。
「私達の女王様です」
「ふーん、美味いもんだなあ」
そう言ってサメは何度も何度もうなずきました。
目的地が分かっている分、帰りの足取りは速いものです。
お弁当を食べて、お腹いっぱいになったちいちゃん達は、あっという間に真珠のお城に着きました。
それにたくさん泳いだので、ずいぶん上手に泳げるようになったのです。
『おかえりなさいちいちゃん、おかえりなさい赤黄色青の金魚たち』
プップクプー
と、ラッパがなり、たくさんのお城の金魚たちのお迎えです。
と思いきや、ちいちゃんたちについて来たサメを見るやいなや、金魚たちはリボンやラッパを放り出し、あれよあれよと蜘蛛の子を散らすように逃げ出します。
お城の入り口にぎゅうぎゅと押し合って、弾き飛ばされるものも出る始末です。
「みなさん、落ち着いてください」
女王様が凛とした声で言いました。
さすがは金魚の女王さまです。
「おかえりなさい。ちいちゃん、大変だったですね」
「ただいま。じょおうさま、おべんとうおいしかったよ。ちいちゃんサメさんと、おともだちになっちゃった。 おべんとう、はんぶんこしたんだよ」
「女王様実はーー」
と言いかけた三人の金魚を押しのけてサメが、
「おう、あんたが金魚の女王さまか!お弁当美味しかったぜい!ここの奴らみんな俺を見て逃げ出すなんて俺はちったあ怒ってもいいはずだが、あんたのお弁当に免じて腹を立てないことに決めたぜい。これもこわいおもちゃの宿命ってやつだわな」
と一気にまくし立てると ガハハと笑いました。
途端にまたまた海の中がビリビリ震えます
えらいのは女王様です。海の震えにもびくともせず、サメに優雅にお辞儀をします。
「お弁当を褒めて下って、ありがとうございます。ちいちゃんのお友達なら、私達のお友達です。みんなの失礼をお許しください。さあ、みんなサメさんに謝って」
城の中から、
プップクプー
とラッパがなり、たくさんの金魚たちが顔を出します。
『ごめんなさい』
「いいってことよ。今日はちいちゃんに言われて挨拶にきたんだ。俺は虹の砂と白い砂のさかいに寝泊まりしているサメだ。よろしくな」
そこでようやく、アカさんが代表で女王様に言いました。
「じつはちいちゃんが、サメさんにお城を守ってもらえば良いんじゃないかと」
「おっと、俺はまだそれを引き受けちゃいないぜい」
とサメが言いました。
「俺はお隣さんに挨拶しに来ただけだぜい。今までも一人だったから、群れる気はないぜい」
どよどよとアカさん、キィさん、アオさんは顔を見合わせます。
ついでにちいちゃんも。
「ちいちゃん、どうしたら良いでしょう?」
「うーん、」
ちいちゃんは、うでをくみます。
「そうだ、ちいちゃん。青い指輪をこすってみてください」
ちいちゃんは、青い指輪をこすると良い考えが浮かびました。
「そうだ、おともだちでいいじゃない」
三人の金魚の人魚も、ちいちゃんも、女王様も、サメも、顔を互いに互い見合わせます。
「かんがえたの。ちいちゃんはなんで、サメさんのところにいったのたのかな?って。それはアカさん、キィさん、アオさんとちいちゃんが、おともだちだからだよ。アカさんたちのだいじなじょおうさまや、おともだちがこまってたから、 サメさんとおはなしにいったんだよ。だから、サメさんや、きんぎょさんたちや、じょおうさまも、おともだちになれば、いいんじゃなあい?」
ちいちゃんの言葉にサメ達は、順ぐりに顔を見合わせます。
女王様が一番最初に口を開きました。
「サメさんが私のお弁当を美味しいと言ってくれたとき、私は嬉しかったです」
おう、とサメは短く答えました。
「俺はこわいおもちゃだからな、いるだけで逃げていくやつもいるだろう。俺は旅から旅への旅がらす。いたいだけ虹の砂と白い砂のさかいにいて、飽きたら去っていくだけだ。それでもいいなら、やってやってもいいぜい」
「それでは、私はお友達のためお弁当をまた作りましょう」
女王様は丁寧にお辞儀をしました。
それから、みんなは顔を見合わせてシーンとなりました。
「ねえねえ、こういうとき、どうするかちいちゃんしってるよ。あくしゅすればいいんだよ」
ちいちゃんは、小さな女王様の手と大きなサメの手をそっと重ね合わせました。
そこからは、自然に二人とも手をにぎり合いました。
「わーい」
アカさんキィさんアオさんはくるりくるりと宙返り。
プップクプーのぷープップクプーのプー
ラッパが鳴り響き、城の中で見守っていた金魚たちも大歓声をあげました。
宙にリボンを舞い上がらせ、踊れ歌えの大騒ぎ。
大きなサメと小さな金魚の女王様は、そんな中でいつまでも手をにぎっていました。
「 さあ、ちいちゃんもう帰らなくっちゃ、ママが待ってるもん」
「ちいちゃん、いつまでもいて良いんですよ。どうせ帰る時は一緒です」
うーうん、とちいちゃんは首を横に振ります。
「ちいちゃんがママに、あいたくなっちゃったの。おふろなかはたのしかったけど、ちいちゃんはやっぱり、ママにあいたいや」
「そうですか、ではこの三つの指輪を持って行ってください。 私達のせめてもの気持ちです」
「アカさんキィさんアオさんもバイバイね、またおふろであそぼうね」
そうでした、三人はちいちゃんのお風呂のおもちゃなのです。
「サメさんもさようなら」
「おう、ちいちゃん、楽しかったぜい。こんな出会いをありがとうなあ。 俺はずっと一人のおもちゃとして生きていくものだとばかり思ってたぜい。これから、 俺の人生ちょいとばかり賑やかしくなりそうだぜい」
サメはガハハと笑います。
心なしか、海の震えが緩やかになった気がしました。
女王様へあいさつをします。
「さようなら、じょおうさま。おべんとうをありがとう。ちいちゃんのすきなものばかりだったよ」
「さようならちいちゃん、色々とありがとう」
女王様はちいちゃんの手をにぎりました。
ちいちゃんの体が泡に包まれていきます。
上を見上げるとたくさんの星のような、世界中のお風呂たち。
ちいちゃんは自分の家を探します。
「ママー、いまかえるよー」
「さあちいちゃん、目をつむって息を吸ってー」
アカさんキィさんアオさんが言いました。
後ろからたくさんの金魚たちのありがとうの声。
ちいちゃんは目をつむりました。
気がつくとちいちゃんはお風呂の中。 湯船には赤黄色青のプラスチックの金魚が浮かんでいます。
「ちいちゃん、ごめんね 、泣かないで」
ママがあわててタオルを持ってお風呂場にやってきました。
「ちいちゃんないてないよ。おねえさんだもん」
そういうと、ちいちゃんはママにぎゅーと抱きつきました。
「ママ、ママだいすき」
「そうだねえ。ママもちいちゃん、大好き!さあちいちゃん、お風呂から出よう。にいにが待ってる」
「はーい」
と元気よく返事をすると、
「ちょっと待ってて。アカさん、キィさん、アオさんをしまってくるね」
と言ってちいちゃんは、金魚のおもちゃをアミに入れてしまいます。
ママが、
「ちいちゃん、金魚にお名前つけたの?」
と聞くと、
「うんとね、ないしょなんだよ」
と言い、ちいちゃんは左手の指を見つめます。
親指にも、人差し指にも、中指にも、指輪は見えません。
ちいちゃんは、お風呂から出ると指から指輪を外す仕草をして、きれいなお菓子の箱に入れそっとしまいました。
それから毎日おトイレに行くときに、ちいちゃんは箱をのぞくのです。
ちいちゃんは、アカさん、キィさん、アオさん達が言ったことを覚えていましたよ。
ママには内緒の話なのです。
、