混沌な世界の中で
気が付くと、周りの景色が真っ白の何もない空間に居た。
ここはどこで、今はいつなのかがよく思い出せない。
「ごめんね。こんな反則みたいなことをしてしまって・・・・・・」
そこに居たのは自分の憧れのクラスメイト・中条千奈津だった。
(反則? いったい何を言っているんだ?)
「これは夢じゃないよ。今私は中島君の意識に入り込んで語りかけているの」
「一体何がどうなっているんだ?」
「今まで私は世界を何度もリセットして繰り返してきたけど、中島君はいつも私以外の女の子を選んでた」
世界が何度も繰り返されていると言われてもピンと来ないのである。
「私知っているよ。中島君が私のことを好きなことを……本当はただ照れているだけってことを……」
「え?」
「こんな事、本当はルール違反だけど、私は君に思いを伝えたいの。私もあなたに好意を寄せていたの。お願い、次の世界では私だけを愛して・・・・・・」
「うん……」
僕は中条と約束した。
※※※
という夢を見た。
その後、僕はクラスメイトの中条に勇気を出して告白をしたら成功した。そして僕らの交際が始まった。
ある日、中条と一緒に下校していた帰り道のことである。
「――中島の嘘つき!」
彼女は生徒会長の生田みゆきだ。
「私だけを愛してくれると約束したはずなのに……!」
なんでだ? 夢の中で約束したのは中条千奈津だったはずだ。そもそもあれは単なる夢であって・・・・・・。
「消される覚悟で中島のために命がけでハッキングまでして、私バカみたい……」
彼女は持っていた通学カバンから包丁を取り出すと、僕に突進して来た。
「こんな世界・・・・・・私いらない」
※※※
変な夢だった。ボクは夢の中で夢を見ていたようだ。
夢の中ではここは夢なのか現実なのが曖昧になったり、「これは現実なんだ」と強く思い込んでしまうが、起きてみると、明らかな夢だとはっきりと判断ができるのである。
「怖い顔なされまして、どうなされましたの?」
そこに居たのは後輩の天川小春だった。
「いや、妙な夢を見てて」
ここは学校の屋上だ。
「それより、私出来ちゃったみたいで、多分あの時だと思うのです」
「えーっ?」
一体何を言っているんだ? 僕には心当たりがない。
「なんでまたそんな冗談を?」
「わたくしの純潔を奪っておきながらそれはあんまりだわ?」
天川は泣きながら逃げ出していった。
※※※
なかなかややこしいことになっている。どうやら天川の中では僕と肉体関係があったようだ。それが嘘なのかどうかはわからない。もし本当のことだと仮定すると僕の記憶は一部飛んでいるのか。それとも僕は二重人格なのか。
クラスメイトの中条は何故かずっと不機嫌で、僕と目が合う度に睨みつけてくる。
僕の相談役である生徒会長の生田先輩に話をしてみようと思って先輩のクラスに伺ったが、先輩は入院中のようだ。詳しくはわからないが刃物で刺されたようだ。
僕はゾッとした。
この間見た夢のとき、刺してきたのは生田先輩で、刺されたのは僕だった。
所詮は夢の話だが、こんな偶然があるのだろうか?
もしかすると、あのとき、夢の中で刺された僕は実は生田先輩だったのではないか。
いや、そもそも夢の中の出来事が現実に反映するなんてあるのか。正確には反映していたわけではなく、刺した方が刺されているわけであるが……。
学校の帰り道、考えながら歩いていると、天川が泣きべそを掻いて僕の前に現れた。
僕は記憶にないとは言え、女の子を妊娠させてしまったのだ。その責任は取らなければならないだろう。
僕は彼女を優しく抱きしめた。
――ふふ、先輩方、どうやらわたくしの勝ちのようですわね。
天川の声で僕が目を覚ました。
見渡すと病室のようで、天川と中条と生田先輩の三人組がトランプで大富豪をしていた。
「ここは・・・・・・病院か?」
「ここは精神病院ですわ。中島さん、何も覚えていらっしゃらないの?」
天川小春が答えた。
「ごめんなさい。わたくし達が出来心で中島さんの心を弄んだばっかりに・・・・・・」
彼女が何を言っているのかがわからない。
「ここ数日、わたくし達はあなたに嘘をついていましたわ。その所為であなたを大変混乱させてしまいまして……もはやごめんなさいで済むような状況ではありませんね」
「じゃあ、本当に全部嘘だったのか・・・・・・」
夢の中で意識に入り込んだ中条が僕の事が好きで、その後、目が覚めて現実で中条と付き合い始めたら、生田先輩に刺され、それも夢だった。すると今度は天川が妊娠したと言い張る。中条は何故か機嫌が悪く、生田先輩は刺されて入院……。
「そうだ! 生田先輩が刺されたってのは?」
「そ、その話は……」
病室の中が沈黙で広がる。
なぜ、みんな口ごもる。
やっぱりみんなは何かを隠している。
僕の疑心暗鬼はしばらく続いたが、しばらくするとなくなって行った。妙な夢を見ることもなくなった。
そして僕は退院し、平穏な生活が戻ってきたのだ。
学校に行けるようにもなり、前のように授業を受けていたら、声が聞こえてきた。
『では質問です。今、あなたが本当に居るところを教えてください』
聞こえてきたのはかかりつけになってる医者の声だった。
何がどうなっているんだ。
僕は落ち着いて今の現状を答える。
「心療内科に居ます」
「そうですか。本当に心療内科ですか。もっとよく考えてみてください」
僕はあたりを見渡した。
「どうみても心療内科です。間違いありません」
「落ち着いて考えてください。あなたは今、自分の家でパソコンの前で小説を書いていらっしゃるのですよ」
「え?」
僕は先生が言っている意味がわからなかった。
僕は今、心療内科の先生と話しているはずだ。
「いいですか。この世界はあなたの妄想でできているんですよ」
「うわああああああああああ!」
ボクはびっくりして飛び起きる。
目が覚めると、僕はベッドの上で寝ていた。何かの研究施設のようだった。
『緊急事態! 被験者が目を覚ましました!』
アナウンスが聞こえると、五人の男が勢いよくドアを開けて入ってきて、僕は取り押さえられ、何かの注射を打たれた。意識が遠退いて行く中、僕はある真理に気付いた。
※※※
「あなたの名前は?」
「故郷を悲しむ者です」
「違いますよ。あなたは中島弘さんです。その『故郷を悲しむ者』とはなんですか」
「・・・・・・この小説の作者です」
「あなたはこの世界を小説だと仰るのですね?」
「先生、僕、わかってしまったんです」
結局この世界は僕が書いた小説でただの僕の妄想なんだから……。
そうだ。もう終わりだ。こんな小説は終わりにしよう。
処女作です。