やもめと猫又
Twitterのフォロワー様からいただいたリクエストをほんとに書いちゃおう企画第二弾!
ノリと勢いだけで書いたお話なので、軽い気持ちで笑っていってください!笑
なぜだか今日はやけに忙しかった。
なかなか仕事が片付かなくて、危うく終電を逃すところだった。
俺は特別仕事ができるほうでも、極端にできないほうでもない。
そんな俺でもここまで帰りが遅くなったことは今までなかったというのに、今日はなんだかついてない。
俺は根木寅吉。この前37歳になった、何の取り柄もない土方だ。
大昔に大学を卒業してから十余年、今働いている建築会社で仕事一筋に生きてきた。
危うく社畜一歩手前の、いわゆるやもめというやつだ。
やもめと言っても、俺の場合は家内に先立たれたとか離縁したとか、そんな悲しい過去は背負っていない。
中学以来浮いた話がないだけの、何の面白味もない独り身の男というだけだから、そのあたりに同情の必要はない。
今日はもう、帰ってまともな飯を食う余裕はなさそうだな。
そう思った俺は、駅から家までの道中にあるコンビニで売れ残りの弁当を買って帰ることにした。
マニュアル通りの台詞しか口にしてこない、このアルバイト店員は大学生だろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、一刻も早く帰りつきたかった俺は、買った弁当を温めることもせずにそそくさとコンビニを後にした。
チカチカと点滅する街灯の下を歩き、俺はやっと自宅アパート――大神荘に辿り着いた。
ぎしぎしと音が鳴る古びた階段を上り、自分の部屋の鍵を開けて中へ入る。
このまま玄関に倒れ込んでしまいたいくらいに疲れがたまっているが、そこをなんとか踏ん張ってワンルームまで足を運ぶ。
そして小さなちゃぶ台にコンビニ弁当を無造作に置くと、俺はそのまま床に崩れ落ちるように寝そべった。
「まったく、まだ水曜だってのになんでこんなに疲れてんだ……? 今日はもう、さっさと飯食って風呂に入って寝るとしよう」
独り言とともに重たい身体を持ち上げた、その時だった。
「……ら……った……」
背後から、人の声のようなものが聞こえた気がした。
一体なんだろうかと振り返ると、その先にある光景があまりにも不自然であることに気がついた。
視線の先には、古い着物を着た幼い少女が俯いて立っている。
その雰囲気はどこか禍々しく、彼女が人間以外の何かであることはすぐにわかった。
普通ならば悲鳴を上げて取り乱すのが正解なのだろう。
しかし俺は元々冷めた性格である上に、今日はひどく疲れていて眠くもあったため、この光景を見ても不思議と冷静を保ったままだった。
あー、これはあれだな、夢だな。
飯も食わずに床で寝ちまうとは、俺もだらしない男になったもんだ。
「……腹、減った……」
まったく、みるならもう少しマシな夢はなかったのか。
こういうパターンの悪夢っていうのは、腹を空かせた化け物に食われたところで目が覚めるってオチが定番なんだよな。
「……食わ、せろォォォッ!!」
そう叫んだ目の前の少女は、勢いよく俺に向かって飛びかかってきた。
ほら、思った通りだ。
さっさと目を覚まさせてくれ。
まだ俺は飯も食ってないし風呂にも入ってないんだからな。
ところが、ことはそううまくは運ばなかった。
飛びかかってきた少女はどういうわけか俺の真横を通過して、乗り上げたちゃぶ台ごと派手に転がった。
「……は?」
転がっていった少女を遅れて目で追うと、彼女は俺が買ってきたコンビニ弁当を無心で貪っていた。
腹が減っていたとはいえ、そんなものを食って化け物の威厳とかは大丈夫なのだろうか、なんて考えていた俺は本当に疲れていたのだろう。
「ふぅ、生き返った!」
そう言って少女は空になった容器から顔を上げた。
俺がそんな彼女の後頭部めがけてチョップを浴びせると、少女は「あいたっ」と情けない声で鳴いた。
「おい、なに勝手に人の晩飯食ってんだ」
「仕方なかったんだ。いくらあたいでも腹が減ったらほら、死ぬだろ?」
「理由になってねんだよ」
振り返った少女の姿を見て、彼女が人間でないことをさらに確信した。
古い着物を着た首から上には、真っ白な顔と金色の瞳。
その上の黒髪には、猫のような耳が二つちょこんと乗っかっている。
さらに彼女の腰のあたりには、細くて黒い尻尾が二本揺らめいていた。
「だいたいアンタ、何者なんだ。そんでもってどっから入ってきたんだ?」
「何者、か。あたいはこのへんの土地に住んでいる"猫又"だ。どこから入ったかは知らん。ぽっとそこに出てきたからな」
「……だめだ、言ってることの半分もわからん」
答えを聞いて俺はますます混乱した。
確か猫又というのは日本で古くから伝わる妖怪の一種だった気がする。
耳と尻尾を見て猫関連の何かだろうとは思ったが、とりあえず事情聴取をしないことにはわからないことの方が多い。
「とりあえず俺の分の飯だけ準備させてくれ。話はそのあとだ」
食べられてしまった弁当の代わりに、カップ麺に湯を注ぐ。
猫又だと言っていた少女は、その様子を興味深そうにまじまじと眺めていた。
一連の騒動は、なんだか妙に現実味が強い気がする。
これがどうやら夢ではないことは、さすがの俺も認めざるを得ないらしかった。