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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チョコボール

作者: 鳥焼火炭

最近食べてないなって思いながら書きました。

縦書きの方が読みやすいと思います。

 窓を開けると、冬の冷えた空気と共に日の光が直に差し込んでくる。部屋に舞う塵やほこりの類も澄んだ光に照らされ輝き、宝石が舞うようだ。…随分と安物の宝石ではあるが。寝起きの目には強すぎる光に目を細めながら窓の外、特に眼下の交差点に供えられた品々に目を落とす。見ず知らずの人間のことだろうに、お供え物の王国のように物を置いておくなんて、優しい人がこの街には多いらしい。それともよっぽど仏様が怖いのか。

 つい二日ほど前この交差点で交通事故があり、自転車に乗っていた一人の女子大学生が犠牲になった。僕はその時のことをよく覚えている。家の真ん前のことだから当たり前だといわれてしまえばそれでおしまいなのだけれど。

 そんなことを考えながら、花だけにととどまらずお菓子や飲料も置いてある光景を眺めていると、

「えー。チョコボールがないよー」

 不満そうな声が聞こえてきた。

「なんで犠牲者さんが僕の家にいるんですかね」

 背後にいる女性に声をかける。

「ここで死んだからだよ」

 ケロッと答えられた。そっかー死んだからかーだったら仕方ないかなー。

 椅子を回転させ後ろを向いてその姿を眺める。幽霊らしい恰好はしていない。ニットを被りコートを着て、ちょっとコンビニまで出かけるような格好である。髪は肩まで。眠そうな顔でスナック菓子なんかを食べている。

「その手に持っているものは何でしょうねぇ」

「ポテチ」

 そう言って彼女は壁の中へと消えていった。


 彼女が部屋へ飛び込んできたのは二日前。飛び込んできたというのは比喩表現ではなくて、夜に僕が寝ていたら窓ガラスを破って部屋の中へ飛び込んできたのである。死体が。

 車が急ブレーキを踏み窓ガラスが割れる爆音で跳ね起きた僕が見たのは、勢いそのままに部屋の壁にぶち当たり、真っ赤な花を咲かせた無残な姿だった。

 寝起きでグチャグチャになった女の子の死体を見るというイベントに遭遇した僕だったが、特になんの感想も持たなかった。生まれる前から飼っていた愛犬が死んだときの方がはるかに大きな衝撃を受けたし、もっと言えばSANチェックのダイスロールさえ行わなかった。

 目の前の赤をただ眺めていた僕は、その時隣に誰かがいるのに気が付いた。

「女の子の死体を見ておいて何のリアクションもないのは複雑な気持ちだな?」

 横で声を発したそれが、目の前にある惨状と同じ存在だと理解した瞬間に背筋を恐怖が駆け、僕は思わず叫び後退って壁に頭を強かに打ちつけた。

「幽霊ってこんな気持ちなんだね」

 と、他人事のようにつぶやく彼女の声を最後に、僕は意識を失った。


 そのあとは救急隊員だとか警察だとか精神科医だとか、ニュースのキャスターとかなんやかんやが来て僕の家は賑やかになった。物騒なホームパーティーだったし棚に飾ってある二次元美少女のフィギュアをまじまじと見るのはやめて欲しかった。僕の部屋を報道してどうすんだ。

 運転手はそのまま逃げだすような畜生ではなかったらしく、翌日には僕の家に謝罪に来た。なぜ僕に謝るのかは全く分からなかったが、横で幽霊が運転手に唾なんかを吐きかけているので申し訳なくなって両方がペコペコお辞儀する謎の光景が広がっていた。

「君も請求していいと思うんだけど」

「何を?」

「慰謝料とかさ」

 部屋で突然人の死体が飛び込んできたら普通の人はそうするのだろうか。

 部屋も元通りきれいになったし、鉄の匂いさえしない。布団も買い換えてもらって、引っ越すならそのお金も出すだなんて言われた。「学校から近いのでこのままでいいです」なんて言ったら目を丸くされたけれど。とにかく丁寧に対応してもらったので、それ以上どうこうしてもらおうとは全く考えていなかった。


 自分は淡白過ぎるのだろうか…と朝食のパンをかじりながら前日の記憶をさかのぼって考えていた。

 部屋を出る前にもう一度その壁を見つめてみたけれど、やっぱり何も思うことはなかった。


 学校に着くと知らない人からも、

「大丈夫なの?」

 なんて聞かれるけれど、大体の人がやじ馬、本当に心配している人なんて一握りだと思っているので、

「今朝の食パンはおいしかったですよ」

 という風に答えて躱している。ちなみに朝食はクロワッサンでした。


 外は寒くとも教室に入れば温かい。エアコンという名の神からの贈り物に感謝をしながら空いている座席を探すと、見知った顔を見つけた。そいつは僕に気が付くと開口一番に、

「女の子って死んでからもいい匂いすんの?」

 思わず蹴りをかましながら、

「お前は鉄の臭いをいい匂いだと感じるかよ」

 と半目で返した。この男は大学で名簿が前後だというだけの関係だが、ことあるごとに一緒になるため必然的によく話す間柄になっている。最初に話しかけたのはどちらだったかは覚えていないし、恐らく相手側ももう覚えていないだろう。

「今度現場を見せてくれよ」

「レインボーブリッジが閉鎖できたらな」

 荷物を置いて隣に座る。僕が平常通りなのを見届けてなのか、そいつはプリントの問題をせっせと解き始めた。それ昨日提出のやつだぞ。

 ゴミのような発言しかしない正真正銘のクズだが、事故後すぐに僕の家に来たり(警察に追い返された)、学校の行き帰りについてきてくれたりと、彼なりに心配してくれているみたいだった。僕に群がるやじ馬たちを追い返してくれた時は素直に感謝をした。

 なぁ、と僕は切り出す。

「幽霊って信じるか?」

 ふっと湧いた疑問。唐突な質問だと自分でも思った。彼女のことを話す気はなかったけれど、聞かずにはいられなかった。

「まぁ、いるんじゃないか」

 目はプリントに落としたまま、彼は続ける。

「小さいころ、ばあちゃんの幽霊を見た覚えがある」

 確か孫の顔を見る前に亡くなったのだったか。おぼろげながらそんな話を彼から聞いたことを思い出した。

「おはぎもらったんだ。黄な粉のやつ。幽霊からの贈りもんなのになんで食えたのかはわかんねぇけど」

 うまかったなぁ…とペンを走らせたまま言う。

「お前が呪われることはないと思うけどな。考えすぎだろ」

 僕が質問した理由を、呪われるのが怖いからだと捉えたのか、彼はそう言った。

「だよなぁ。とばっちりにもほどがあるもんな」

 僕は笑いながらそう答えた。なお、絶賛とばっちり受け中である。


「んで、お前はどうしたら成仏するんだ?」

 帰宅してすぐに僕の机の上に座っている彼女に言う。

「んー、なんだろ。なんか買いに行く途中だったと思うんだけどな」

「その何かを教えてくれよ」

 でも買おうとしていたものをあげただけで成仏するのだろうか。もしそうだとしたら安い幽霊である。

「いやーいきなり轢かれたから私もいろいろと曖昧なんだよねー」

 存在も曖昧になって消えて欲しい。

「何?私が部屋にいると邪魔なの?」

 邪魔です。

「そうだよねぇ。一人暮らしだったらナニとかナニしたいもんねぇ」

「今時おっさんだってそんな下ネタ言わねぇよ!」

 思わず突っ込んでしまった。隣人に不審がられないか心配である。

「そんな心配しなくても、気が済んだらいなくなるよ」

 いつの間に盗ってきたのだろう、炭酸ジュースを手に持っている。…そういえばゴミとかどうしているんだろうか。まず幽霊の消化器官って?よく物を食べている幽霊はいるけれど、どうなっているのかは知らない。だけど、聞いてはいけない問いだと誰かが言っている気がしたので黙っておいた。

「そんなどうでもいいことよりそろそろバイトだよ」

 机の横のカレンダーにつけられた青字のメモ書きを指さしながら得意げに言う。僕としては全然どうでもよくないのだが、「幽霊にかまっていて遅刻しました」は流石に薬物乱用を疑われるだろう。それか精神科医を紹介される。後者は既に家に来たけど。


 淡々と品出しをこなす。慣れてきたもので、最近は無理だと思っていた品物の配置場所の記憶もできるようになり、テキパキと手を動かした。手慣れてきてしまうとつい、他所事を考えてしまう。

 考えるのはやっぱり彼女のこと。邪魔だと思っているのもあるけれど、成仏のできない幽霊というのは悲しい気がした。たった三日程度しか話していないのにもう情が移ったのだろうか。

 彼女についての話は聞きたくなくとも耳に入ってくる。とてもまじめな子だとか、成績が良かっただとか、礼儀の正しい無口な子だったとか。死んでからもいい噂しか聞かないほど人望のあった彼女だからこそ、お供え物キングダムが形成されているのだろうか。そんな噂されるような彼女は、今の奔放に過ごす姿からは想像もつかない。どちらが本当なのだろう。

 もしかしたら魂だけになってから自由に過ごせるようになったのだろうか。だとしたらなんとも皮肉な話だ。今度は地に縛られている。


 バイトを終えた帰り際、

「あ」

 ある品物が目に留まった。そういえば僕は事件にとても関わりのある人間なのに何もお供えしていなかった。彼女に対してお供えという表現は合わないし、自由そうに生きているアレに贈り物なんて渡したくもないけれど、当事者としてせめてこれだけでも置いていこうかと手に取る。あの幽霊の消化器官については納得のいく答えは出ていないが。


 いつも通りに目が覚めた。窓を開け、眼下のお供え物パレードを見る。おばあちゃんが花を供えて手を合わせている。窓を開けた僕には気が付かないほどに熱心だ。

「お前は花なんかよりもお菓子を供えろって思ってそうだな」

 しばらく待ってみたけれど返事はなかった。珍しいこともある。朝は毎日壁際に浮いているのに、今日はいないのか。独り言にしては大きく、なんだか恥ずかしくなってごまかすように伸びをした。


 家を出てお供え物が盛られている電柱の傍を通る。

 そこで僕は気が付いた。思わず足を止める。

 そうか。やっと成仏したんだな。

 まったく、

 本当に、

「くだらないなぁ」

 結局それを買いに行っていただけなのか。


 そこには、昨日置いたチョコボールの空き箱が堂々と捨てられていた。それも誰かの手書きの文字つきで。


「ごちそうさま」


 なるほど。確かに彼女は、礼儀正しかったようだ。

お読みいただきありがとうございます。

横書きにすると読みにくいですね。


感想お待ちしています。

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