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第七十三話 部屋での告白 Ⅰ

「なるほどねぇ、ニュンフだったか」


 倒れたイダメアを部屋に運び込んだ後。腕を組みながら、トールは俺の説明に納得していた。


「っつーと、超一自我ちょういつじが、だっけか? それが原因でぶっ倒れたのかよ?」


「そうかもしれません。……以前、影響はほとんど出てないって聞いたんですけどね」


「まぁハーフじゃ、そうそう超一自我に干渉されることはねぇだろうな。――今回はたまたま、外れクジを引いちまったって感じかねぇ」


「……」


 眠っているイダメアは、苦悶の表情を浮かべることもなく落ち着いている。


 このまま無事に目覚めて欲しい――俺の頭にあるのはそんな一念だけだ。トールからもう少し情報を引き出したかったが、気分はイダメアから逸れようとしない。


「んじゃ、俺はここで退散しますかねぇ。邪魔をする気分にもなれねぇしよ」


「すみません……」


「いいってことよ。神器については、明日にでも話そうぜ。手間のかかることじゃねぇしな」


「そうなんですか?」


「ああ、ちょっとした場所に向かって、ちょっと手続きを踏むだけだ。……んじゃ、また明日な」


 案内役を買っているメイド達の元へ、トールは大股で去っていく。

 部屋の扉が閉まった途端、辺りの静けさが強さを増す。外に向かって移動する客人の足音も聞こえない。


 ただイダメアの寝息が、心地よいリズムで繰り返されるだけだ。


「超一自我、か……」


 以前の演技以降、まったく見聞きしなかった現象。

 ニュンフという種族の特性であり、あらゆるニュンフの自我を消滅させる機能があると聞いている。そのお陰で、彼女達には個性が存在しないとも。


 ……今のイダメアは、その特性に蝕まれているのかもしれない。


 しかし断定することは難しいだろう。状況だけ見れば、疲労で倒れた可能性だってある。とにかく休めることが肝要だ。


「ん……?」


 見守っていた矢先。イダメアはゆっくりと、閉じていた瞼を開け始める。

 怪訝そうな顔つきの彼女だが、表情は徐々に平静を取り戻していった。顔色もいつも通りで、思わず安堵の息が零れてくる。


「ミコトさん、私……?」


「いきなり倒れたんだよ。大丈夫か?」


「はい、今のところは。……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


「い、いやいや、気にするなって。ここ、イダメアの家なんだしさ」


「しかし――」


 善意の押し付け合いが始まりそうなので、俺はいつものように会話を切り上げた。

 ……反面、安心もする。イダメアとこんな風に話すのは、日常的な光景だ。彼女の体調がいつも通りだと認識するには十分すぎる。


「――すみませんでした。いま起きますね」


「いや、もう少し寝ておけよ。まだ治り切ったって確証はないんだし」


「ですが……」


 なおも彼女は動こうとするので、身ぶりも交えながらなだめすかすことにした。


「こういう時ぐらい休んでおけって。トールさんはもう帰ったし」


「……返して良かったんでしょうか? 帝都で暴れないとも限りませんが」


「まあ弱い者いじめをする人じゃないからなあ……大丈夫だと信じることにしよう。屋敷からだったら、俺も直ぐに出られるし」


「――」


 イダメアは珍しく不満げな顔。……やはり事情が異なれば、他人の意思を尊重する、という彼女の生き方にも変化が生じるらしい。


 もちろん、日常的に関わっている人間からすれば、からかうための隙なわけで。


「帝国は寛容なんだろ? トールさんが戦うなら戦うで、こっちも希望通りに対応してやればいいじゃないか」


「そ、それは、そうかもしれません。――ですが、市民が巻き込まれては元も子もありませんよ」


「だったら俺達が守ってやればいい。何も怖がる必要なんて無いだろ?」


「……ミコトさん、少し強引になってきてませんか?」


「はは、帝国に感化されてるのかもな」


 だから、間違ったことを言ったとは考えていない。

 沈黙が支配する中、俺とイダメアは正面から見つめあって――いや、少し睨み合っていた。それぞれの主張が、音もなく激突している。


「……分かりました」


 先に白旗を上げるイダメア。厳しい眼差しは相変わらずで、新たに芽生えた感情があるとすれば諦観だろう。


「ミコトさんがそう仰るなら、私は従います。主張が理解できないわけではありませんし」


「それは有り難い。――じゃ、ゆっくり休むんだぞ?」


「はい」


 起き上がろうとしていた気持ちを抑え込んで、彼女は改めてベッドの中へ沈んでいく。

 そこでようやく、俺は本来あるべき緊張感を感じ始めた。


 ここはイダメアの私室。赤の他人である俺が、簡単に踏み込んでいい場所ではない。


 手持ち無沙汰に周囲を見回してみると、殺風景な部屋の様子が目に入った。……以前、暗闇の中でイダメア母の部屋に入ったことがあるが、それとは比較にならないぐらい個性が省かれている。


 持ち主の情報を語るのは、綺麗に整頓された勉強机とタンスぐらい。

 必要最小限を徹底的に切り詰めたのが、イダメアの城なんだろう。もう少し趣味の本とかあると思っていたが、意外と違うらしい。


「……き、綺麗な部屋だな」


「そうですか? 自分としては、普通の部屋だと思っているんですが……」


「――イダメアは自己評価の仕方を覚えた方がいい」


「?」


 思い当たる事例が無いらしく、彼女は枕の上で首を傾げるだけ。

 ……そこで会話は途切れて、俺はまた部屋を見回すことにした。イダメアという人間を、少しでも理解しようと努力する。

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