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第六十六話 皇女様、暴れる Ⅱ

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「まあ悪く思わないでやってほしい。皇女殿下はああ見えて真面目なお方でな。昔からよく、イダメアとは遊んでいたのだ」


「最近も、ですか?」


「いや、ここ数年はほとんど顔を出さなかったな。……特に娘が落ち込んでいた時期は、掌を返したように会わなくなったよ」


「それは……」


「殿下なりに、娘を気遣ってくれたのだろうな。彼女の口癖なのだよ、弱いものには興味がない、とな」


「……」


 分かり難い激励なのか、あるいは本気の嫌悪か。


 じゃれ合っている二人を見る限り、俺には前者のような気がしてくる。前を向いて歩けと、それを期待する言葉だったんだろう。


「しかし、殿下からも求愛されるとはな。いやはや、我が屋の居候は人気者のようだ。……どうだね? このまま私の養子にでもなっては?」


「こ、好意だけ、有り難く受け取っておきます。その、貴族の義務とか仕事とか、よく分かりませんし」


「ほほう、ならばお勉強の時間だな。――イダメア、ミコト君に貴族としてのアレコレを教えてやってくれ。そうすれば彼は私の養子になると――」


「うわああ!」


 手遅れだろうが、必死にアントニウスの言葉を遮る。


 なのでやっぱり手遅れで、二人の少女はきちんと反応していた。イダメアは冷静な面持ちのまま、ルキナはイタズラが成功した子供のように微笑んで。


「ええ、構いませんが……」


「そんなことよりも先に、我が父の養子になれ。――ああ、それが最善だ! 帝国は魔獣の危機から解放され、貴方は英雄として人々の記憶に刻まれる!」


「え、英雄って……」


「フフフ……」


 栄えある未来を予想しているのか、ルキナは雲ひとつない青空を見上げている。イダメアが声をかけても反応はなく、完全に自分の世界へ入り込んでしまったらしい。


 もうこのまま放っておくのはどうだろう? ……確かにルキナから求められるのは光栄なことだろうが、やっぱりイダメアの方が魅力的に見えるわけで。


 でも情けないことに、正面から拒絶する勇気はない。

 あともう一つ。

 希少な人間が好きだとルキナは言った。……確かに俺は、古文書を読める人間として希少な存在ではあるかもしれない。


 でも。

 どうして彼女は、その希少に拘りがあるんだろう?


「はああ……こうして妾は夫を支える貞淑な后妃として帝国の歴史に残るのだな。なんて素晴らしいことだ。凡人には出来ない仕事……」


「――」


 うっとりと溜め息を零しながら、皇女は身を捩じらせていた。


 赤く染まった頬も含め、どこか色気のある仕草である。魅入ってしまうのは無理もないことで、幼い顔立ちのハンデを拭い去るほど妖艶だった。


「あ、あの、ミコトさん」


「――おっ、おお? どうした?」


「皇女殿下に何か、イヤらしい妄想をしていたりとか……?」


「えっ、いや、そんなことないぞ? 俺は至って健全だ」


「……」


 猜疑の眼差しは尽きない。他人事のように笑っているアントニウスが羨ましかった。


 しばらくして、ルキナは妄想の世界から帰ってくる。――何かを思い出したんだろう、ハッと表情を切り替えてもいた。


「ああ、すっかり忘れていた。……ミコト、イダメア、今すぐ宮殿へ来るのだ」


「宮殿に、ですか? 一体何の用件で……?」


「愚問だなイダメア。――客人だ。それも、とびっきり珍しい客人。妾の元にも来るかもしれんぞ」


「? 一体誰で――」


 すか、と言い終えようとした直前。

 二人の後ろに、一人の男が立っている。


 肩幅の広い、ガッチリとした体格の男だった。傍らには部下らしき黒髪の少女が一人。――王国の魔術師であることを示す、黒いローブを纏っている。


 男は最初にアントニウスと俺を見たあと、正面にいる少女達を凝視していた。


「……突然の訪問、失礼。貴女が皇女ルキナか?」


「その通り。――貴方は?」


「王国魔術師のマサユキという。現在、反乱軍を率いている」


「……やはり、か」


 分かり切ったようなルキナの口調。客人とはすなわち、ここにいる王国人の男女を指すんだろう。

 ――しかしどういうことか。


 マサユキ――疑問に思っていた父と同性同名の男が、俺達の正面に立っているなんて。


「皇女殿下に一つ、お願いしたいことがある。……落ち着いた場所で話したいのだが、これから移動しても?」


「いや、妾の後ろにある屋敷を使おう。――構わんな? アントニウス」


「無論、皇女殿下の命とあらば」


 一瞬で決まった方針。マサユキと名乗った男は、威風堂々と屋敷前の階段を上がり始める。


 彼の一挙手一投足から、俺は視線を逸らせなかった。――まあ当然だろう。フードを抜いているその顔は、記憶にあるモノと合致するからだ。


「――」


 呆然と見詰めていると、マサユキの部下らしい誰かが一礼してくる。


 彼の方は目元近くまでフードを下しており、素顔を確認することが出来ない。体格からして幼い少年か、女性のようではあるが――


「ミコトさん」


 ルキナとマサユキが屋敷の中に入ったところで、イダメアが声をかけてきた。

 ボウとしていた俺は、少し遅れて振り返る。


「ど、どうした?」


「どうしたも何も……あの人、ミコトさんのお父様と同じ名前ですよね? ……ご本人、でしょうか?」


「……顔は同じだった。なら結論は一つだろ」


 日記を書いた人物と、同じかどうかまで断定は出来ないが。

 親子はどうやら、二年ぶりに再会を果たしたらしい。

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