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第四十七話 港町の朝 Ⅰ

 翌朝。


 朝食を済ませた俺達の元に、一人の青年がやってきた。グニヘリルが寄こした使いらしく、彼はあの後に得た情報を語ってくれる。


「昨夜の事件後、連絡の取れていないドワーフ族が一名確認されています。恐らくフェンリルの被害者でしょう。仲間達と遅くまで酒を飲んで、その帰りに襲われたと考えられます」


「目撃者は?」


「今のところは確認されていません。第一発見者は巡回中の帝国兵と――そちらの少女になりますね」


 同席しているテューイへ、青年は一瞥を送っていた。


 ……あの後、彼女は宣言通り他の宿を取っている。こうして俺達の元を訪れているのは、単に情報欲しさだそうだ。他意はない、と必死の形相で語っていた。


「とまあ、新たに判明したのはこのぐらいです。……力になれず、申し訳ありません」


「そんな、気にしないでくださいよ。深夜だったんですから、仕方ないですって」


「いえ、我々の力不足なのは間違いありません。……ですから今後、新しく判明したことがありましたら直ぐにお知らせします。皆さんには、全力で協力しろと隊長の指示ですので」


「ど、どうも……」


 いえ、と同じように青年は返して、一礼の後に部屋を出ていった。


 珍しくイダメアが席を外している中、俺は思案に耽りながら腕を組む。

 今日の予定はあまり決まっていない。クレイプニル制作のために魔術工房を訪れることぐらいだ。フェンリルを調査する方針については、ほぼ白紙の状態だった。


「何か希望とかあるか? テューイ」


「……別に何も。魔術工房に行ってからでいいと思う」


「やっぱそうなるよな。じゃあ――」


「ミコトさん」


 椅子から腰を上げたところで、突然イダメアがやってくる。

 何の用かと思って顔を向ければ、彼女の隣には一人のドワーフが立っている。濃い髭を生やした、ベテランの職人と連想させるドワーフだ。


「よう兄ちゃん、久しぶりだな! 珍しい品を持ってるってんで、お邪魔させてもらったぜ」


「きゅ、キュロスさん!?」


 以前、帝都で知り合ったドワーフ族。この旅でも偶に名前が出る、リナの父親だ。


 顔の殆どを髭で覆っている彼は、呵々大笑しながら俺の手を握る。最初の一度目以降会っていなかったのだが、元気そうで何よりだ。


「兄ちゃん、ちゃんとオイラだって分かんだな! 人間はよく、オイラ達の見分けがつかねえ、って言うんだがよ……」


「まあ魔術工房にいる皆さんは、キュロスさんと同じで髭の印象が強いですからね……そこが似通ってる所為で、あまり区別が出来ないというか」


「そいつぁ衝撃だな! オイラ達の髭は、きちんと個性があんだぞ? まあ人間にゃあ分かり難いかも知れんがな!」


 また、清々しいぐらいの笑い声。


 俺やイダメアはともかく、テューイは嫌そうに身を引いている。……他人との交流へ消極的な彼女にとって、能動的な人物は嫌悪の対象なんだろう。


 昨夜はグニヘリルと普通に接していたし、流れに引き込めば大丈夫だとは思うが。


「おお? こりゃあ兄ちゃん、また可愛い子を捕まえたもんだな! ウチの娘やイダメア様じゃ飽き足らず、もう三人目かよ? この色男!」


「そ、そういう話はいいですから……あのクレイプニルの話を聞いて来たんですか?」


「あたぼうよ! つっても、元は他の理由でヘリオスに来てたんだがな? 兄ちゃんが助けを求めてると聞いて、飛んできたってわけさ!」


 と、キュロスは部屋の中を見回している。その両目には好奇心が一杯で、集められた素材を探しているのが一目で分かった。


「キュロスさん。ミコトさん達の集めた材料は別の場所に保管してあります。これからご案内しましょう」


「おお、すまねえなイダメア様。――じゃあ兄ちゃん、オイラはさっそく縄の制作に取り掛かるぜ。成功するかどうかも分からんから、まあ神様に祈っててくれ」


「そんなんでいいんですか!?」


 キュロスの返事は笑い声だけだった。

 とはいえ、不安そうな顔をしているのは俺とテューイだけ。案内役を買ったイダメアは、妙な自信と一緒に彼を連れていく。


 ……まあ信じるしかあるまい。神話に登場する道具とはいえ、この世界では魔導具に該当する筈。そして魔導具の制作において、ドワーフの右に出る者はいないと聞く。


「ふう」


 テューイと二人きりになった部屋で、俺は理由のない溜め息を零す。


 彼女は怪訝そうな顔を向けてきたが、行動の意味を問い質すことはしなかった。……聞かれたところで、俺には曖昧な返答しか出来なかったろうけど。


「さ、さて、今日の予定はどうする? 深夜の襲撃に備えて、ひたすら休んでおくか?」


 俺の口調は、少しばかり歯切れが悪い。テューイに対して、苦手意識を持っている証拠だろう。


 もちろん、彼女が悪い人間じゃないことは承知している。だからこうして、ちょっと背伸びをしようとしてるわけで。


「そんなの駄目。ヘリオスには種族間の問題もありそうだし、町を見て回る」


「お、おお」


 いつになくやる気の彼女は、迷いもなく言い切った。


「じゃあ誰か、案内してくれる人を探してみるか。俺達だけじゃ見回りなんて無理だろうし」


「問題ない。私がやる」


「? ヘリオスに来るの、初めてじゃないのか?」


「これで三度目。……子供の頃に来たから分からない部分もあるだろうけど、基本的な町並みは変わってない筈。いこ」


「っ」


 これは夢か――そう錯覚するぐらい大胆に、彼女は俺の手を引っ張っていく。


 その雰囲気も然ることながら、テューイの感触は今にも消えてしまいそうなぐらい柔らかかった。

 ……イダメアとは淡泊な口調が共通しているものの、やはり心の在り方は違うんだろう。ある意味では正反対かもしれない。


 イダメアは主観を持った上であの態度を取る。他人のことを考えているように見えても、彼女はあくまでも自分が中心。貴族らしい精神の持ち主だ。


 テューイは反対に、客観的な視点から淡泊になっている。

 ――ちょっとした触れ合いを得ただけで生意気かもしれないが、俺の感想はその二つだった。


「? なに?」


「何でもない。それよりほら、案内してくれるんだろ? よろしく頼む」


「言われるまでもない。……亜人族同士の衝突があったら介入してもらうから、準備は整えておいて」


「合点承知だ。あ、でもその前にイダメアのところ行っていいか? ちゃんと連絡しておかないとまずいだろ」


「……じゃあ屋敷のお手伝いさんを使えばいい」


「え、でもな――」


 反論を許されず、テューイは歩幅を広げて屋敷から出ていく。

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