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第三十八話 疑惑を呼ぶ巨人 Ⅰ

『ではよろしく頼むぞ、少年。我はエオスの方でテューイでも探しておこう』


「分かりました。……一応、帰り道は気をつけて」


『うむ』


 広い遺跡を背景に、ロキは字響きに近い足音を響かせていった。


 大きな背中が地形に遮られて見えなくなった頃、俺はイダメアが待っている遺跡の入口へと踵を向ける。


 出迎えてくれたのは、ほぼ完全な形で残っている町だった。

 といっても人間が住める作りはしていない。建物自体が巨大で、無数の塔が乱立しているようでもある。……以前イダメアと向かった、白竜の遺跡とは大違いだ。


 それもその筈。この遺跡――パレーネ遺跡は、ギガ―スが住んでいた土地だからだ。


「噂通りの大きさですね……! これは楽しみです!」


「来たことなかったのか? 今まで」


「はい、残念ながら機会が無かったので。ここで発掘された物や、発見された情報を知っているぐらいでしょうか」


「……ってことは、もう調査は一通り終わってるのか?」


「ええ、これだけ町に近くて、しかも無傷に近い状態ですからね。まあ建物自体は劣化していて、ギガ―スの方々が使うのは難しいそうですが」


「――聞いちゃいけない気がするが、わざわざ来なくても良かったんじゃないか?」


「そんなことはありません。ミコトさんに同行してもらわなければ困ることが、一つあります」


「?」


 来てください、と先行する彼女に招かれ、俺はとある家の前に立つ。


 もちろん規格外れの家だ。人間の感覚からすれば、巨大なホールの中にでも入った気分。徹底して調べるつもりなら、相応の覚悟はしなければなるまい。


「ここ、見てください。――私達では読めなかったんですけど、ミコトさんなら大丈夫でしょう?」


「――」


 玄関の横には、短く文字が刻まれていた。

 古文書と同じ形。ここに住んでいた巨人の名前――だろうか? やや擦れて、アルテース、と刻まれている。


「どうですか? ミコトさんなら大丈夫かと思うんですが……」


「ああ、問題なく読める。アルテース、って書いてるぞ」


「それはどのような意味が?」


「……古文書の中に書いてある巨人の名前だ。人類の敵として登場するから、魔獣ってことになるのかな」


「? 古文書には人と対立するギガ―スがいるのですか?」


「ああ、わりと珍しくないぞ。もちろん、全員が全員、ってわけじゃないけど」


 でも何故なんだろう。俺の知っている巨人と同じ名前が、異世界に存在するだなんて。


 アルケースとはギリシャ神話に登場する巨人の名だ。人類――神々の敵として、彼らは巨人戦争ギガントマキアーを引き起こす。


「……この名前みたいなの、他の建物にもあるのか?」


「はい。一件一件回ってみましょうか?」


「ああ、そうしよう」


 しかしそうは言っても、簡単に済む話じゃない。

 ギガ―スが利用していただけあって、遺跡は広大な規模を持つ。人間の足ですべての建物を調べたんじゃ、日が暮れてしまうだろう。


 なので、近くにはナーガを待機させている。近辺の建物を調べ終えたら、彼らに乗って移動するという寸法だ。


「……」


 一抹の不安を抱きながら、俺は待機しているナーガに振り返る。


「大丈夫ですよ、ミコトさん。ここのナーガは遺跡に訪れた人々の足として、きちんと仕事をなさっている方々です。下手なことをしなければ振り落されたりはしません」


「不安だ……」


「どうしてですか? いつもは精霊の背中に乗っているではありませんか。あれと同じですよ」


「って言ってもなあ……」


 情けないことに、自信はまったくない。


 イダメアが零した嘆息を聞きながら、俺は急ぎ足で隣の建物へと急ぐ。……せっかく婚約者なんて地位を手に入れたのだ。いつまでも無能っぷりをアピールするわけにはいかない。


 ギガ―スなら数秒で終わりそうな距離を、俺達は数分かけて移動する。

 ――予想した通り、建物の入り口には名前が刻まれていた。こちらも同じく、ギリシャ神話の巨人の名。ミマスと記されている。


「同じだな。アルテースって巨人の仲間の名前だ」


「……どういうことなんでしょうか? 古文書に記されているのは、ミコトさんの故郷に伝わる伝承から来ているんですよね?」


「ああ」


 古文書と俺の故郷――地球の関係については、屋敷暮らしが始まって数日後に話している。


 お陰で定期的に、古文書の読み方を教える時間を作らされた。……こっちも早く帝国の文字が読めるようになりたいんだけど、まあ等価交換ということで。


「――もしや私達の世界は、ミコトさんが暮らしていた時代の遥か未来……とか?」


「それは違うんじゃないか? 俺の故郷には、魔術なんて無かったし。ギガ―スみたいな亜人族だって住んでなかったぞ」


「そうですか……むう、気になりますね。一切関係が無いと切り捨てるのは不可能でしょうし……」


「大昔に俺と同じような召喚者がいて、その人が名付けた、とかか?」


「有り得そうですね。といってもこのパレーネ遺跡の時代――およそ千年前の全能時代には、異世界人を召喚する魔術なんて無かったんですが」


「いつ頃できたんだ?」


「報告があったのは二百年ぐらい前だったかと。王国に忍び込ませていた密偵が報告してきたのが、一番最初だそうです。……帝国では、まだ研究段階の魔術でして」


「詳細を掴みたければ、敵地に潜れ、と」


 でも実際、当たりが潜んでいそうな気はしてくる。

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