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第三十六話 中継都市エオス Ⅱ

「ありがと、ここまででも助かった。あとは一人でヘリオスまで行くから、放っておいて」


「ま、待ってください!」


 しかしテューイは待たない。むしろ勢いを増して、徐行運転中の竜車から飛び出していく。


 だからだろう。

 真上から来た巨人の足に、テューイが気付いた時には手遅れだった。


「え――」


「っ、ヘカテ――!」


『はいはい、お任せ!』


 精霊の力を宿す神速。流れるように少女の後を追って、ギガ―ス達も使う大通りへと駆け出していく。

 人の重さが両腕に乗った瞬間、頭に触れるか触れないかの位置に巨大な足があった。


「ミコトさん!?」


「――大丈夫だ!」


 悲鳴に近い呼びかけへ、俺はテューイを抱えたまま応じる。

 彼女は驚きのまま固まっていた。踏み潰しそうになったギガ―スも同じで、巨大な目をコレでもかとばかりに見開いている。


『お、おいそこの人間、生きてっか?』


「あ、はい、どうにか」


『そりゃあ良かった。……嬢ちゃん、この町で飛び出しは禁物だぞ? 今みてえにオレらが踏み潰しそうになっちまうからな』


「……ご、ごめん、なさい」


『なに、これから気ぃつけてくれりゃあいいさ』


 騒音としか思えない笑い声を放って、ギガ―スは大通りを進んでいった。

 抱きかかえたテューイは今も呆然としている。自分の身に何が起こったのか、きちんと理解していない様子だった。


 もっとも、叱ろうなんて気持ちにはならない。今の件については、イダメアにも原因があるんだし。

 俺は周囲の安全を確認しながら、改めて彼女を立たせる。


「怪我はしてないか?」


「う、うん」


「しっかし、上から来るとはなあ。人間や他の亜人族ばっかの町で暮らすのとは、少し事情が違いそうだ」


「……」


 他のところでも、似たような光景は見えている。うっかり竜車を潰しそうになるギガ―スがいたり、やっぱり人間を踏みそうになったり。


 ただ、最悪の事態に発展することはいずれも無かった。テューイのように飛び出すような者がいないからだろう。


「じゃ、気をつけてな。ヘリオスで会えたら、また」


「ま、また……」


 困惑気味なままの彼女を置いて、俺は竜車へと戻っていく。

 中ではイダメアがさっそく後悔していた。遺跡や歴史の話をする時と同じく、いつものクールな彼女とは似ても似つかない。


「うう、申し訳ありません……」


「何事もなかったんだ、気にするなって。お陰でこっちも、ギガ―スに気をつけて歩かないといけないって分かったし」


「――なかなかの皮肉ですね」


「え、いや、そんなつもりは……」


 喋っている間に、竜車は再び進みだした。

 大人しくイダメアの隣に座ると、いつも通りの彼女が目に入る。……切り替えが早いというか、メリハリがついているというか。どっちが素なんだろう?


 なんて思っていると、窓の向こうには休息している竜車がいくつも。


「ではミコトさん、この辺りで小休憩といたしましょう。今夜エオスで宿を取るか、ヘリオスに直行するかは――」


『ああ君達、少々いいかな?』


 頭上を覆う、一面の影。

 ギガ―スだ。これまで見た個体と体格に違いはないが、髭を生やしている。顔も皺が目立っており、それなりの年齢に達していることを悟らせた。


 ……真上から見下ろされている所為だろうか。彼の眼差しには威圧的なところがあって、思わず警戒してしまう。


「おお……!」


 一方。年老いたギガ―スの登場に、イダメアは興奮気味の様子。


 無論、この老ギガ―スが全能時代の生き証人である証拠はどこにもない。勝手に彼女が期待しているだけだ。


「……何か用ですか?」


『いやな、先ほど去っていった少女がいるだろう? ――彼女のことについて、我と話をしてほしいのだよ。時間もありそうだし、構わんだろう?』


「話、ですか?」


 チラリとイダメアに横目を使うと、彼女は大袈裟なぐらいに頷いていた。……期待に裏切られた時に備えて、フォローの用意はしておこう。


 ともあれ反対する人間はいないので、俺は声をかけてきたギガ―スに頷きを返す。


『決まりだな。――っと、自己紹介を忘れていたな。我が名はロキ。よろしく頼むぞ、魔獣殺しの少年』


「……」


 告げられた名前にどう反応するべきか――しばらく迷ってから、俺は月並みの言葉を返す。イダメアも同じだった。


 巨人、ロキ。

 こちらも北欧神話の名前だ。しかもフェンリルの父親。


 さすがに偶然で済ませることは出来ない。加えてフェンリルと因縁を持っていそうな、テューイの話をしたいと言い出してきたのだ。裏があると見て然るべきだろう。


 ……だからと言って怯えるつもりも、必要以上に警戒する気もないのだが。


『近くにギガ―スでも利用できる店がある。そこで食事でも奢ろうと思うのだが、どうかね?』


「い、いいんですか?」


『当然だ。少しでもあの子の――テューイの面倒を見てくれたのだろう? 身内として、少しぐらい礼をさせてくれ』


「み、身内!?」


 似ても似つかない、両者の姿と形。

 驚くしかない中で、竜車は静かに歩みを止めた。

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