表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/93

第二十九話 彼の動機 

 予想通り、アントニウスの屋敷に人はいなかった。


 帝都が照らされている中、明かりが落ちた建物は幽霊屋敷の類にさえ思えてくる。中から誰かの叫び声でも聞こえたら、完璧だったかもしれない。


 しかし静謐な空気は動く気配がなく、完全な無駄足となったことを知らせていた。


「さて、この後はどうすっかねえ……」


 アントニウスはともかく、クリティスの動きが掴めていない。


 ……既に、ある程度の対策は取られているんだろう。が、確証を持てない以上は油断できない。ひょっとしたら、部分的にこちらへ任せている可能性もある。


 なので余計に連絡を取りたいんだが、屋敷は使用人さえ残っていない雰囲気だ。


『人の気配、するわよ?』


「なに?」


『屋敷自体に結界が施されてて、ちょっと分かり辛いけど……うん、確かに人がいるわね。しかも男性。アンタの探してる人なんじゃない?』


「って言ってもな……」


 やっぱり、屋敷の中は暗いまま。

 もしアントニウスが来ているのなら、照明を使ったって良いだろうに。隠れていると思われるような真似をする必要がどこにあるのか。本人の印象からも考え難い。


「――とりあえず入るか。誰いるのが確実なんだったら」


『よし、分かったわ』


 案外と乗り気で、ヘカテは馬の姿に実体化する。

 止めようとした時には、もう遅かった。


『ふんっ!』


「あーあ……」


 轟音と共に、屋敷の入り口が後ろ足で粉砕された。


 ヘカテは自慢げに鼻を鳴らすと、再び零体へと戻っていく。……防犯用と思わしき結界は発動しておらず、彼女が何かしらの細工を施したと分かった。


『さあ行くわよ! 何が待ってるのか知らないけど、暴いてやろうじゃない!』


「つ、疲れてないのか?」


『そりゃあ疲れてるわよ? でもこう、夜はテンション上がるわよね? 蛇の姿になったらアンタを絞め殺しそうなぐらいテンションが上がっているわ』


「……要するに、お前あとで覚えとけよ、ってことか? 勝手に出て来てそれはないだろ……」


『でもアンタ、一連の出来事が終わるまで酷使する気満々でしょう?』


 よくご存じで。

 まあ本音を頭の中で呟いたところで、ヘカテには以心伝心で分かってしまう。


『ま、アンタとはそういう契約だから付き合うけどね。感謝しなさいよ?』


「――ヘカテって、案外とチョロくないか?」


『蛇になっていい?』


「ごめんなさい」


 神速で謝罪する。

 それから気分を入れ替えて、俺は屋敷の中へと侵入した。――再三思うまでもないが、辺りは真っ暗。窓から差し込んでる月明かりだけが頼りである。


『人の気配は屋敷の右端からね。誰かの部屋……みたいだけど』


「じゃあまずはそこを目指してみるか」


 屋敷の持ち主に小声で謝罪しつつ、言われた方向に進路を向ける。


 俺が休んでいた客室とは別の方向。屋敷には朝の外出から一度も戻っていないので、一歩歩くことすら手探りだった。

 しかし優秀な案内人は、迷う様子など少しも見せない。


『そこの階段を上って。手前の部屋に気配があるわ』


「了解……」


 いるのは持ち主かもしれないのに、俺は気配を殺して前に進む。まるで泥棒になった気分だ。――まあ不法侵入なのは間違いないんだけど。


 二階へ行けば、確かに手前の部屋が空いている。わずかにだが明かりも漏れていた。


 床には血痕。

 侵入者の正体に明確な予感を抱きつつ、俺はヘカテの力を展開しながら中に入る。


「――灯台もと暗し、ってやつか? クリティスさん」


「っ!?」


 振り向いたのは、俺の攻撃によって片腕を無くした青年。


 ……部屋は荒らされてこそいないが、クリティスは今まさに棚の一つを物色していた。が、目的の物は発見できていないらしく、焦燥感に満ちた表情が向けられる。


「っ、人の家に無断で忍び込むとは……やはり貴方は卑賎な人物のようだ」


「だからアンタに言われたくねえっての。――まあ俺が無断で忍び込んだことについては否定しないけどさ」


「ふん、やはりですか。そもそも私には大義がある。君とは違うんですよ」


「大義……?」


 確かに彼は、彼の道理に従っているんだろう。持ち出されたところで驚きもしないし、否定もする気はない。


 ……しかし抑揚から感じる意味は、もう少し別のような気がしてきた。


「まあいいや、とりあえず捕まってくれ。なんなら俺も一緒に捕まるから」


「ご冗談を。そもそも大義があると言ったでしょう? 私はただ、お世話になった人物の復讐を成し遂げる、その証明が欲しかっただけです」


「――じゃあ、詳しい話は後で聞く!」


 召喚を命じ、俺は一瞬にしてクリティスとの間合いをゼロにする。

 しかし、割り込んできた赤い拳に止められた。


「騎動殻……!」


「ふふ、忍ばせておいて正解でした。――ではこれにて。明日には母の復讐として、真の正義を帝国に見せつけて差し上げましょう」


「な――」


 驚きは赤い騎動殻・ケオロースに由来する。クリティスをその手に乗せたかと思いきや、彼ごと消滅してしまったのだ。

 恐らくは転移の魔術。王国にいた時、何度か目にしたことがある。


 残るのは帝都から聞こえる喧騒と、屋敷が受けた損傷の名残。外からあの巨体に手を突っ込まれたのだ、部屋からは直に夜空を望むことが出来る。


 更には帝国兵らしき者の声。狼藉を働いた者を捕えようと、彼らは勇ましく歩武を進めている。


「やべ、逃げた方がいいか?」


『逆に立場が悪くなるかもしれないし、大人しくしてたら? ……それにアンタ、この部屋を見て気付かない?』


「な、何を?」


『女性の部屋よ、ここ』


 言われて、月明かりに染まった一帯を見回してみる。


 だが俺には、整理整頓が行き届いた部屋だとしか分からない。直前までクリティスが漁っていた場所が、さすがに例外的なぐらいだ。


『もしかして、母親ってこの部屋の人じゃない? 証明がどうとか言ってたし』


「いやちょっと待て、それじゃあ――」


 この屋敷に住んでいる、住んでいた女性を、俺は二人しか知らない。


 しかし当然、母とはイダメアのことではないだろう。となるともう一人、亡くなってしまった彼女の母親が該当する。


 ……それでも矛盾は尽きない。アントニウスはもちろん、イダメアだって彼のことを家族だと捉えている様子はなかった。そもそも髪の色も、容姿の特徴も異なっている。

 だとすれば答えは――


「そこの少年!」


「げっ」


 思案の世界から戻ってみると、武装している帝国兵が並んでいた。魔導具なのだろう、それぞれ赤い鎧を装備している。

 彼らは警戒したまま尋ねてきた。


「この騒動は君の仕業かね!?」


「え、いや、違います……けど?」


「む、そうなのか。なら巻き込まれた、といったところかな? 本物の下手人は?」


「さっき魔術で消えました」


「そうか……では失礼する!」


 夢かと思うぐらいあっさりと、帝国の兵士達は背中を向けた。


 俺に疑問を放った男は、そのまま仲間達に指示を飛ばしていく。彼らは二つ返事のあと、騒々しい足音を立てて一階へと降りていった。


 一瞬でうるさくなったかと思えば、一瞬で静かになるとは。……帝国人は分からない。


『とりあえず喜んどいたら? 捕まらずに済んだんだし』


「かね……しかし、ヘカテの推測が事実だとしたら、どういうことなんだろうな? イダメアの母親のために復讐、ってことになるだろ?」


『私に聞かれても。――情報を確かめるために、一度あの子に会ってみたら? 何か知ってるかもしれないわよ?』


「そうだな」


 母と呼ぶ理由は、まあ推測できる。

 問題は動機だ。クリティスがなぜ復讐を称し、その証拠を求めているのか。……アントニウスに聞ければ手っ取り早いのに、行方を暗ましているのが残念でならない。

 

 外の人気は増していく一方。帝国兵が彼らを足止めしているが、なかなかどうして大変そうだ。


「ひとまず、話せることは全部話しておくか……」


 このまま無言で去るなんて、正直目覚めが悪い。

 夕食はいつになるんだろうと思いながら、俺は階段を下りていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ