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第二十二話 超一自我 Ⅲ

「むっ!」


「く、黒髪の精霊使い!?」


 彼らはそれぞれの反応を示すと、即座に魔術を撃とうとする。

 いつ見たって、ノロマだった。


「サモン・コレ!」


 一週間前の再演。速度についていけない彼らは、参加者でありながら観客でもあった。


 目と鼻の先に潜り込んだ直後、瞬時に精霊を切り替える。ヘカテにおいて攻撃を担当する、獅子ディアナの力に。


「ぐっ!」


 魔術を防御に切り替える暇すらない。


 部下らしき魔術師を撃破し、残るは一人。詠唱は既に終えてしまっているようだが、何を発動されたところで正面から突破できる。


「牙の兵よ! 我が剣となり、導きの地を切り開け……!」


 直後。数時間前にも撃破した兵士達が、土の中から次々に湧き起こった。――まるで、安物のホラー映画を見ているような感覚。


「はっ」


 余裕を崩さず、二種の力を切り替えて突き進む。

 スパルトイの抵抗は前回にも増して貧弱だった。動きが鈍ければ、耐久性も低い。ヘカテに頼る必要が無いのではと思うほど。


「ふ――!」


「ごっ!?」


 しかし相手を尊重して、最初の一人と同じように一蹴する。


 吹き飛び、奥の木に叩きつけられる魔術師。胴には袈裟切りを叩き込んだかのような傷がある。ヘカテの力によって刻まれたものだ。


 単純な斬撃。肉体に憑依させることで、獅子の爪を武器として射出する。精霊ということもあり、そこらの剣よりは圧倒的に切れ味が良い。


「無事に終わったか」


 手紙を書き終えたらしいアントニウスは、近くの小枝に乗っている鳥と向き合っていた。


 彼は紙を折り畳んで、慎重に鳥の足へ結び付ける。作業が完了した折には、行け、と再び指示を飛ばした。


 野生の動物とは思えないぐらいの従順ぶりで、野鳥は木々の間を抜けて空へ。


「……何を、書いたんですか?」


「今後の対応についてだ。――ニュンフの生徒達が動いた裏に、クリティスがいることが分かったのでな。奴に気付かれないよう、極秘に罠を作るというわけだ」


「い、いいんですかそれ? 帝国の人達って、裏でコソコソするのが嫌なんじゃ……」


「うむ、その通りだ。――が、そんなものはバレなければ問題ないのだよ。貴族なら皆、考えていることだ。戦争の時など、裏でコソコソするのが仕事の連中もいるからなあ」


「……」


 さすが貴族。

 アントニウスは上機嫌なまま、俺が倒した魔術師を担ぎ上げる。それも二人揃って。身体が大きいこともあり、さほど苦しそうには見えない。


「ではミコト君、ニュンフ族の者達を頼む。私では役不足だろうからな」


「い、いや、俺一人で全員運ぶのは無理ですよ……」


「おや、良いのかね? ニュンフ族は美少女揃いだぞ? 意識のない彼女達を好き放題できるのだから、男としては喜ぶべきであろう?」


「――どう考えても犯罪ですよね!?」


「いやしかし、思春期の暴走を止める法などこの国にはないのだ。――激怒した女生徒を止める法律もないがね。男女平等だ!」


「……」


 一気に怖くなったが、彼女達を放っておけないのも事実だ。

 十数名のニュンフ族は、今も動きだそうとしない。正面に回ってみても反応はなく、生気のない眼差しで虚空を睨んでいる。


「あの、彼女達は大丈夫なんですか?」


「分からん。連れ戻して専門家に診せるしかあるまい。恐らく、王国の魔術師が誘導したのだと考えられるが……」


「じゃあ俺、ここに残りますよ。万が一、何かあったら大変ですし。――別に変なことしたいわけじゃないですからね?」


「はは、本音を隠す必要はないぞ?」


「あ、あの……」


 まあ確かに、手を出さないって本音は出しても良いだろうけど。

 俺はじっと、胴間声を響かせるアントニウスを見送っていた。


「――にしても」


 あのスパルトイは何だったのか。


 魔術師の支配下にあったのは言うまでもない。が、それは竜王自身、あるいは彼の能力に介入する荒業だ。……少なくとも今撃破した二人に、そんな力はある筈もない。


「一応聞くけどヘカテ、魔獣を使役する魔術って存在してるのか?」


『私の知る限りでは存在しないわね。でもあの……竜王だっけ? あれ、竜王じゃないわよ。精霊じゃないかしら?』


「はー、じゃあ俺みたいに誰かが契約して、その結果スパルトイが操れるのか」


『じゃない? さあ教えたことを感謝しなさい、崇めなさい』


「分かった分かった――っていや、それはねえよ! もっと早く教えろよ!」


『え? 教える必要があったの? イダメアちゃんはそれを調べてたみたいだし、私が言わなくても貴方は知ることになったわよ、多分』


「だったらイダメアの手間を省くために教えてやれよ!」


『それも嫌』


 元女神、一刀両断。

 でもまあ、彼女なりに理由のあることなんだろう。俺は色々な不満を飲みこんで、耳を傾けることにした。


『だって私が教えたんじゃ、全部分かってつまんないじゃない。精霊は、契約者の背中を押すことぐらいしかしないもんよ』


「背中を押すために、山一つ吹き飛ばす力を与えてくれるのか……」


『そうよ。私達は、私達が認めた魔術師にだけ力を貸すの。きちんと覚えておきなさい』


「……ああ、分かったよ」


 竜王を偽っていた、あの白い竜。

 今の段階で契約者を仮定するとすれば、クリティアスだろう。――一体どんな経緯で、あの竜は彼を肯定するに至ったのか。


 いずれ明らかになる真実だが、直ぐにでも知りたいと願う自分がいた。

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