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第二話 救いの手 Ⅰ

 王国の首都から出て数日。追手の勢いは、未だに減少する気配がなかった。


 推測するに、動機は二つ。裏切ると思ってなかった俺を連れ戻すため、そして自分達の顔に塗られた泥を拭い去るため。


「はっ、はっ、はっ……!」


 執念すら感じる敵意から、俺達は必死に逃げる。


 もちろん、これまで無傷だったわけじゃない。一歩走るごとに身体は悲鳴を上げ、限界だと訴えてくる。……イダメアの方は、俺以上に限界が迫っている筈だ。


 もう逃げるのは、無理がある。


 俺は急に向きを変え、松明に照らされる敵影と向き合った。


「ミコトさん……!?」


「君は先に行け! 適当なところで追いかける!」


「しかし、それでは貴方が――」


「イダメアがいたんじゃ本気で戦えない! 頼むからここを離れてくれ!」


「っ……分かりました。どうかご無事で……!」


「ああ!」


 ――前向きな返事に、果たしてどれだけの意味があるのだろう。


 彼女は馬鹿じゃない。傷だらけの人間が何十人という追手と対峙することが、どれだけ危険か分かっている。


 それでも信じてくれた。――なら、死んでも生き残るしかないじゃないか。

 直後。


「いたぞ! 今度こそ殺せ!」


 正面に群がる、十数という漆黒のローブ。暗闇に溶け込む色の魔術師達は、上官の指示に従って拡散していく。


 ――雑兵は狙わない。リーダー各の男を、アニュトスを最優先で撃破する。


 俺と彼の間には何名かの手下が割り込んでいた。とはいえは魔術師はその場から動かず、長い言葉を呟いている。


 呪文を唱えているのだ。魔術師である連中にとって、何よりも基本的なこと。

 だが遅い。


「退けよ……!」


 光る両足。奴らと同じ魔術の力だが、こちらのソレには詠唱など不要だった。


「な――」


 先手を取られ、うろたえる彼ら。


 しかし状況はそのまま推移する。俺には攻撃を止める理由など、これっぽっちも持ちわせていないんだから……!


「ふ……!」


 森に住み馴れた野獣さえ超える神速だった。

 魔術師達の詠唱が終わるのよりも先に、俺は一人目の懐へ潜り込む。


「がっ!?」


 同じように光を纏った腕で、打撃する。


 確かな手応えの中、敵は石コロのように吹っ飛んでいった。……再起不能になっていることを祈りたいが、数分もすれば恐らく立ち上がるだろう。異常なしぶとさが連中の特徴だ。


「おのれ! 精霊使いめ……!」


 左右から飛来する、魔術によって作られた火や氷の弾丸。


「――」


 回避は難もなく成功した。精霊の力によって強化された四肢、五感の前には、一般的な魔術など通用しない。


「ひっ……」


 当初の予定通り、真っ先にアニュトスへ迫る。

 だが。


「ぐっ!?」


 衝撃に喘いだのは、俺の方だった。


 別の方向から来ていた追手の攻撃。――万全な状態であれば堪えられる魔術だったが、今回に限っては身体が言うことを聞いてくれない。


 糸が途切れた人形のように、俺はその場でくず折れた。


「……は、はは、ハハハハ!!」


 下品で耳障りな高笑いが響く。


 文句の一つでも言ってやろうと思ってけど、アニュトスは力の限り背中を踏みつけてきた。身体が圧迫され、話すために取り込んだ空気が吐き出される。


 彼は笑い声を抑えないまま、何度も何度も踏みつけてきた。


「このっ、薄汚い異世界人め! 誰のお陰で、力を手に入れたのか忘れたか!? 我々が死ねと言ったのだから、大人しく死んでいればいいのだ!」


「――」


「道具の分際で、調子に乗りやがって! 貴様は我々に尽くすだけの存在だ! 主人の命令に刃向かうんじゃないっ!」


「ぐっ……」


 動ければ。

 動けさえすれば、この男を叩きつぶしてやれるのに。


 しかし完全にガス欠だ。いつも呼び出している精霊の気配も、まったく感じなくなっている。……あるいはそれだけ、死に近付いているんだろう。


 苛立ちを返す方法は、奴を睨んでやることぐらい。


「……何だ、その目はっ!」


 奴は感情的なまま、俺の胸倉を掴んで持ち上げる。

 そのまま幹に叩きつけると、歯を食い縛りながら殴ってきた。


「くそ、くそっ、くそぉっ! もっと悔しい顔をしろよ! 泣きじゃくって許しを乞え! お前は奴隷だ、奴隷なんだよ……!」


「――はは」


 何度も殴られて、口の中には血の味がする。無事だった左目もまともに動いていない。

 だけれど、不思議と笑みが零れた。


「さっきからうるさいな……アンタ、吠えてばっかりだ」


「何が悪い!? これから貴様を殺すんだ、高らかに勝利を宣言するのは当然――」


「違うだろ」


 自分の状況も顧みず、嘲笑を込めて言い返す。


「ほら、弱い犬ほどよく吠える、ってことわざがあるだろ? ……アンタは俺が怖いんだ。怖いから一人で戦わないし、そうやって喚き立ててるんだろ……?」


「こ、殺せっ!」


 最後にもう一度殴られて、俺はようやく解放された。


 といっても受け止めてくれるのは、地表に露出している堅い木の根。――痛いことは痛いんだが、それを声に出すだけの余力はもちろんない。


 殺せ、と赤ん坊のように喚く男。従順な部下達は、手柄を求めて我先にと近付いてくる。こちらを警戒した、慎重な足取りのままで。


 ほら見ろ、やっぱり臆病だ。


「はは……」


 勝ち誇った笑みを浮かべながら、俺は静かに目蓋を閉じる。

 直後だった。


『問おう』


 女の、声がする。

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