3
ゾンビみたいと言った僕にそれは何だとアリスが首を傾げる。
「ホラー映画でさ、ゾンビって……いや、あれは邦題だから……ゾンビーかな、有名な映画にリビング・オブ・ザ・デッドとかあったんだけど、死人が生き返って来て人を襲って喰うんだ──あいつらあれにそっくりだろ?」
思わず苦笑してしまう、映画が現実になってしまうなんて馬鹿馬鹿しいと、我ながら思うが──それが今の現実だった。
「ああ……映画か……日本のゲームで映画になったのを見たことがあるかな」
アリスも見たことか聞いたことがあるみたいで、それ以上の説明は要らなかった。
「シュー、とりあえず遅い朝食──ブランチでもどう?」
アリスのブランチという言葉に、反応したのか腹がくぅ~と鳴ってしまう。
「シュー、器用だな、その返事」
くすくす笑いながら、アリスが部屋の隅にあった箱に近づいて、中から缶詰を出して見せてくれた。
「ソーセージは好き?」
「ああ、粒マスタードなんかあれば最高だね」
「それは残念、マスタードは無い……と、ソーセージじゃなくてスパムの缶だったよ」
「ああ、それならマスタード無しでもごちそうだね」
こんなささいなやりとりが今はとても楽しくて嬉しかった。
厚く切ったスパムと中は柔らかいが外側は固くなったパンとで久しぶりにまともな食事をしたような気がした。
カンパン以外の物を久しぶりに口にして、スパムとパンってなんて美味しいものだったんだうと実感していた。
「シュー、食後の熱々のコーヒーとまではいかないけど、飲むだろ?」
砂糖の入ったミルクコーヒーの缶を渡してくれて、常温で生ぬるいが砂糖とコーヒーとミルクの味に涙が出そうになった。
「美味しいよ。
今まで飲んだどのコーヒーより、アリスがくれたこのコーヒーが美味しいよ」
日本に居た時は、缶コーヒーに感激することもなく、ごく普通に日常的に飲んでいたのがまるで遠い昔の事のようだった。
僕とアリスは缶コーヒーを飲みながら、お互いの事を少しずつ話し出した。
僕は、夏休みで日本から来たこと、着いた翌日にこんな事になって、公園の木の上で人場を過ごしたことを。
でも、アリスの話してくれた今までの事を聞いて、僕は本当にラッキーなだけだったんだと感じた。
缶コーヒーを両手に持ったまま、アリスが俯いたまま話し出す。
「私の家はさ、ガンショップだったんだ」
ああ、だからアリスは軽々と、映画の主人公や仲間みたいに銃を扱えるんだ。
狙いも正確だったし、あいつらを撃つのに何の戸惑いもないみたいだし。
シューティングっていうのかな、それに慣れているんだな、さすがは銃社会だよな、なんて軽く思っていた。
だが、その後に続くアリスの告白に、驚いて目を見開いた。
「あの日、店を開けようとしてた父さんがシャッターを開けたまま動かなくなって、アイツが入って来た」
ぽつりぽつりと話してくれた内容は、あの朝の事だった。そして、アリスが武器で身を固めて一人で居た訳。
「アイツが店に入って来た時、父さんの足元は真っ赤な水溜りが出来ていて……振り向いた父さんの目も真っ赤で、首の……肉がなくなってた。どうしたんだって近づこうとしたら、いきなりアイツと一緒になって私に襲い掛かってきて――気が付いたら、母さんがアイツと父さんに内臓を引きずり出されてて……逃げてって口が動いたのが私の見た生きてる母さんの最後だった……」
長く息を吐くアリス、声が震えていて、どうしたらいいのか分からなくて、そっと手を伸ばして肩に触れた。一瞬アリスがぴくりと肩を跳ねさせて、余計な事だったかなと思ったら僕の肩にアリスの髪がふわりと触れて重みが加わった。
「しばらくしたら母さんの目も赤くなってて、アイツと父さんと母さん、三人が私を見て――それから先はよく覚えてない。いや――忘れようと思ってるだけで覚えてる……、私が三人を撃った。何発撃ったのかな……多分撃ち尽くしたんだと思う。気づいたらトリガーを引いてもカチカチって音がしてるだけになってたから」
僕の肩に凭れ掛るアリス、僕は何て声をかけたらいいのか、何も言葉にすることが出来なかった。
「あいつら……一匹残らず……殺してやる……」
ぽつりとアリスが小さく呟いた。聞き取りにくかったが、怒りに満ちた声で、その為に銃をいくつも持っているんだろうかと思うと共に、自分だったら――と思うが、目の前で家族を、大切な人を殺されて、しかもゾンビに変わってしまったのを自分の手にかけた事の無い自分には、アリスに何と言っていいか、何も言えなくて、ただ肩を貸すことしかできなかった。
アリスも黙っていて、長い沈黙が二人の間に流れた。
僕の肩が微かに揺れて、アリスが震えているのが分かった。
僕はアリスに何も声をかけられず、ただ黙っているしかなかった。




