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Summer of the Dead  作者: 紅 紅
【序──始まりの日】
2/10

1

 高校二年の夏休み、短期留学の下見にニューヨークに渡航した翌日、ニューヨークに来てから初めての朝だった。

 時差のせいか、夜遅くまで興奮して眠れなかったせいか、朝遅くまで起きられなかった。

 目が覚めたのは、カーテンが開いたままで陽射しが当たって眩しかったからだ。

『うるさいな……まだ眠いのに……』

 寝ぼけ眼で目を擦りながら呟いて、外が騒がしいのに起きぬけでぼぅっとした頭が少しずつはっきりしてくる。

『何……だよ、もう……』

 外からは朝なら聞こえてくるはずの車や人の雑踏ではなく、何かの壊れる音や悲鳴──そして銃声が聞こえてきた。

 漸く頭がはっきりしてきて昨夜から付けっぱなしだったテレビの音がして、エマージャンシーという単語が耳に入った。

『ちょっ……何、今エマージェンシーって?』

 テレビではアナウンサーがニューヨークの主要な橋がテロにあって全て爆破され、落とされたと話している。

「尚、数箇所で大規模テロが行われたようで、電話も繋がらず、ニューヨーク全域と連絡が付きません。

 続報が入り次第、特別報道をお送りします。

 ワシントンよりマーサ・ブライトンがお送りしました」

 外からはさっきから騒音が止まず、窓から外を見ようと近づくと、銃声が聞こえて足が竦んで動かない。

『いくらアメリカが銃社会でも、朝っぱらからなんでこんなに……』

 甲高い叫び声が窓の下でした。

竦んだ足をなんとか動かして、窓から外を見ると、あちこちに赤い水溜りが出来ていた。

『何だよ、あれ……僕はまだ夢を見てるのか?』

 思わず頬を抓ってみる──痛い。

 そして、誰かの断末魔のような叫び声がして、そこに目を向けると倒れた女性の腕が無くなって、真っ赤な水溜りが広がっていった。

『腕が、無い……』

 倒れた女性だけじゃなかった。

 腹から長い紐のような腸をはみ出させて歩く男もいた。

 歩く──?

歩いて、いる?

腸を引きずって?

そんなの歩けるわけがない!

『じゃあ……あれは何なんだよ。どう考えたって、悪い夢かホラー映画だろう?』

 思わず口にして、映画の大規模ロケだったらよかったのにと思った。

 似たようなシーンは見たことがあった。

 古い映画のリメイクで、確かあれは──ゾンビとかいう死者が生き返って人を襲って喰う──あれは作り物だったけど。

『うっ……』

 吐きそうになって、胃液が込み上げて来る。

 倒れた女性を、腸のはみ出た男が手づかみで喰っていた。

 もしも、彼女が生きていたら、生きながら映画のように喰われてしまうのだろうかと思うと、床に胃液を何度も吐いて、吐いて。

 気付いたら──泣きながら吐いていた。

『逃……げなきゃ……。でも、どこに?』

 ここに居たら安全だろうか?

 胃液のついた口を拭って、考える。

 その時、ゴツ、ゴツンと、ノックの音にしてはおかしな音がした。

『……ジョン?』

 小さく、昨日挨拶したばかりの隣人の名前を口にしてみた。

 ゴッ!

 ノックというより、身体ごとドアにぶつかっているような音。

 音は止むことがなく、ドアに亀裂が入ったのが見てとれた。

 どう考えても、ジョンが『おはよーナルミ、飯食いに行こうぜ』とか声を掛けに来たわけじゃないのは、外の状況からもはっきりしていた。


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