何かが始まる
ティムが連れ去られて数日後。
あれから神酒たちは手分けをしてティムを探し回ったが、あの銀のネコの行方を要として知ることはできなかった。
警察にも相談したものの、ペットの連れ去りに捜査の本腰は入れてもらえず、ただ瞬と真夢に対する暴行の容疑で調べはしてくれたが、そもそも目撃者がいない上に、瞬たちへの暴行の方法があまりに特異だったため、警察は全く加害者を絞り込むことができず、捜査は完全な行き詰まりを見せていた。
その日の朝。
詩織はいつものように真夢と一緒に学校に向かっていた。
いつもは楽しくおしゃべりをしながら学校に通っている2人だが、今はそんな様子は無く、黙りこくったまま、とぼとぼとうつむいて歩いている。
ティムがいなくなってから、すでに3日が経過している。
詩織と真夢にとって、ティムはかけがいの無い存在であり、大事な友だちだ。
その彼が拉致されてしまったのだから、彼女たちの心配は計れないほど大きなものだろう。
特に真夢は自分の目の前でティムが連れ去られたのだから、彼を心配する心と共に、詩織に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「マム。そんなに落ち込むこと無いのだ」
気落ちの激しい真夢に、詩織は声をかけた。
実際あの日から、真夢は詩織に謝ってばかりいる。詩織にはさらさら真夢を攻める気は無いのだが、彼女の性格なのだろう。あれから真夢は笑うことが無くなり、いつも目に涙を溜めていた。
「・・・・・ゴメンね、シオリちゃん。
本当は、マムがシオリちゃんを元気付けなきゃいけないのに・・・」
詩織も真夢も、本当は「ティムは大丈夫だよ!」と言いたかった。
しかし、今回ばかりはそう言えるだけの自信が無い。
あれから全く使えなくなった、詩織の《心の瞳》と、真夢の《真実の瞳》の能力。
それこそが正に、ティムが近くにはいないということを証明しているのだから。
そのまま2人は黙って学校に向かい、そしてちょうど校門の前に差しかかった時、ふいに彼女たちの耳に奇妙な音が聞こえてきた。
どこからかはわからないが、サイレンの音が聞こえてくる。
それは鳳町に設置されている防災警報の音なのだが、今日は朝から快晴で、地震や火事が起きているような気配もない。
初めて防災警報のサイレンを聞いた2人は、近くにいた先生に聞いてみた。
「先生、あれ何の音ですか?」
「さあ。近くで火事でも起きているのかな」
その時、小学校からの放送が流れた。
『生徒のみなさん。急いで校舎に入りなさい。
繰り返します。
生徒のみなさん。急いで学校の中に避難してください・・・』
・・・・避難?
☆
そして、朝の教室は大騒ぎになっていた。
登校時に流れた突然の警報。学校放送による校内への避難の指示。
多少不安になった生徒たちだが、未だどのクラスにも担任が現れず、生徒の一部が職員室に行くと、激しい会議が行われていて中には入れない。
校舎の窓から外を眺めると、普段は必ず人通りが見えるはずの道路周辺にも、なぜか閑散としていて人影が無い。
学校に登校していない生徒たちも多くいる様子で、何かが起きていることは生徒たちにも理解できるのだが、実際に何が起きているのかがわからないのだ。
3年生の教室も同じような状況で、詩織と真夢は生徒たちが騒ぐ中、ただじっと担任の千佳先生が教室に現れるのを待っていた。
「そう言えば、今日学校に来る前に、なんだかニュース速報が流れていたぜ」
「え?なんのニュース?」
「さぁ。うちもうみんな出かけてたからな。
気にしないでテレビ消してきちゃったから・・・」
教室の中にはいい加減な情報が流れ、落ち着いて座っている生徒はほとんどいない。
「ねえ、マム。いったい何が起きたんだろう?」
「さあ・・・。でも絶対に変だよね。どうしたのかな・・・?」
その時。担任の千佳先生が、焦る表情で教室に飛び込んできた。
「みんな!急いで体育館に避難して!!」
「チチカ先生!いったい何が・・・」
そして、この詩織の言葉が終るか終らないかの正にその時だった。
2階にある教室の窓を突き破り、突如巨大で奇怪な生物が、教室の中に踊りこんできたのである。