ヒースロー国際空港
イギリス・ヒースロー国際空港。
イギリスのロンドン西部にあるこの空港は、年間約6千万人の人が利用する屈指の国際空港で、世界でも5本の指に入る利用者数を誇っている。
空港名の「ヒースロー」は、空港完成時までにこの場所に存在していた「ヒース通り」に由来しており、1930年代から今日まで続く歴史があり、かつてあの有名な超音速旅客機・コンコルドの就航にも使われていた世界有数の巨大空港である。
この空港の多国籍の人々が多く往来する長い通路から、JALの窓口があるターミナル3に向かう、1組の日本人の母子の姿があった。
瀬那輝蘭と、その母親である。
「お母さん、もう大丈夫よ。1人で手続きはできるから・・・」
「そんなこと言ったって、18歳未満は別に申告しないといけないでしょ?」
「申告て言ったって、CAに一言言えばいいだけなんでしょ?
入国とは違うんだから」
「でも、あなたの英語もそんなに完璧なわけじゃないし・・・」
実は輝蘭が日本に家族で帰る予定になっていたのは2日後。
しかしイギリスでの転校の手続きが予想より早く終了し、急にヒマになった彼女は、両親に頼み込んで一足先に日本に帰ることにしたのである。
「お母さん。まだお仕事終ってないんでしょ?
早く帰らないと、またお父さんに文句言われるよ」
「そんなこと言ったって・・・ねえ」
「『ねえ』って言われても・・・・」
そして母は携帯電話でチラッと時間を見ると、彼女の余裕の時間が無いことを確認し、さらに心配そうな表情で輝蘭に伝えた。
「あなたのことだから心配はいらないとは思うけど・・・」
「そうそう、大丈夫よ。すぐにまた日本で会えるんだから!」
「そう?・・・わかった。それじゃ、寄り道しないで真っ直ぐ日本に行くのよ!」
母親はそう言うと、手を振りながら正面玄関へと足早に去っていった。
「飛行機でどうすれば寄り道ができるのかしら・・・?」
☆
搭乗手続きを済ませ、後は飛行機の発着を待つばかりとなった輝蘭は、たくさんの人々でごった返す空港のロビーのソファーに座り、1人でのんびりと外の風景を眺めていた。
ヒースロー国際空港には、長さが4キロメートルにも及ぶ滑走路が2本あり、そこに巨大な旅客機が並んでいる様がよく見える。
2006年に起きたテロ事件により、空港内のセキュリティーが強化され、ロビーでの警備も以前より厳しくはなっているものの、それでも彼女に干渉する人間がいるわけでもない。
輝蘭は以前に神酒からもらった一枚の手紙を開き、もうすぐ逢える日本の親友の顔を思い出しながら、1人でニンマリと笑顔を浮かべていた。
「キララさん。キララさんではありませんか?」
ふいに輝蘭は、誰かに話しかけられた。
本来知人などいるはずのないこの空港で、彼女が話しかけられることなどまずはありえない。
しかし輝蘭はその声に聞き覚えがあり、意外に思った彼女は声の方へ顔を上げた。
「やっぱりキララさんだ。お久しぶりですね。」
学生服のような黒い服と、つばの大きな帽子の姿。
胸には小さく輝くロザリオが下げられ、見慣れた優しい笑顔で輝蘭を見つめている。
「・・・神父様!?」
そこにいたのは、ロバート神父だった。
鳳町の鳳教会の主で、ある事件を境に仲良くなった若き神父。
イギリスへの渡航からすっかり逢うことがなくなったロバート神父が、以前と変わらない姿で、輝蘭の前に立っていたのである。
「探したんですよ。急に早めに日本に行くことにしたそうですね。
急いで追いかけてきたんです」
「探したって・・・、私をですか?」
「はい、そうです」
「何か・・、用件でもあるのですか?」
するとロバートは、輝蘭の対して改まった態度をして恭しく礼をすると、意外な言葉を彼女に伝えた。
「申し訳ありませんが、キララさんには今から私に同行していただきます。
今日は友人ではなく、バチカン法王庁からの正式な特使として参りました。
特別機が準備してありますので、そちらのほうにお乗りください。
しばらく信じられないような出来事が続くと思いますが、
それがあなたの運命と思いお付き合いください、キララさん。
いえ、『運命の少女たち』の1人、瀬那輝蘭様」