執筆
「ねえ、ミキ」
「・・・」
「ねえ、ミキってば」
「・・・・・・・ん?何か言った?」
3月のある日曜日。
時間を持て余していた七海と詩織は、特にやることも見当たらず、仲良しの神酒の家にあそびに来ていた。
中学3年生と小学4年生への進級を控え、少しずつ生活の中身が変化してきている彼女たち。
しかし生活が変化してきている理由は、進級や受験ではない。
1つは「黒い海」と、ティムのこと。
神酒たちが今まで体験したきたいくつもの怪事件。
その中で、もうすぐ災厄の代名詞とも呼ばれる「黒い海」邪神ハスターが、遂に彼女たちの前に現れることがわかった。
「黒い海」の降臨には、詩織のもとに身を寄せている銀のネコ(らしき生き物)、『ティム』が関係しているらしく、またティムを狙っている者も存在している。
「黒い海」の存在は抽象的だ。
存在を証明する手立ては何もなく、警察はおろか大人に相談することはできない。
神酒たちはいろいろと話し合った結果、
飼い主?の詩織はしばらくの間、ティムを瞬に預けることにしていたのだ。
そして、もう1つは神酒の親友の輝蘭が、日本に帰ってくるということ。
輝蘭は籠目小学校の卒業式の日に、神酒たちのもとを離れ、両親と共にイギリスへ転校していたのだが、別れ際に神酒は、彼女にある約束をしていたのだ。
それは彼女が輝蘭と再会するまでに、彼女たちの不思議な体験記を物語として完成させること。
『君のポケットに届いた手紙』という題名を付けたまでは良かったのだが、元々そういうことがあまり得意ではない神酒は、もう輝蘭が鳳町に帰ってくるのが数日後に迫っていることに気付き、急いで物語を完成すべく、必死で机に向かっていたのである。
「ミキ。あんたさ、せっかくあたしとシオリがあそびに来たんだから、お茶ぐらい出したらどう?」
「ゴメン。冷蔵庫にジュース入ってるから、勝手に飲んでて」
物語の執筆に夢中になっている神酒は、七海と詩織のことが全く目に入っていない。
そんな神酒の後ろ姿を呆れ顔で見ていた2人だったが、そのうち物語に興味を持った詩織が神酒に話しかけた。
「ねぇミイちゃん。ミイちゃんが書いたお話、読んでみてもいいか?」
「いいよo(^▽^)oシオリちゃん」
詩織は神酒の机の横に積んである原稿用紙を引き抜くと、その物語を読み始めた。
前にも記したが、神酒が書いている物語は体験記。
その不思議な体験は詩織や七海の他、友人の絵里子や輝蘭も一緒のもので、
物語にも出演している。
出演人物が全て知人で構成されているこの物語には、意外な魅力があり、
詩織はしばらく惹き込まれるように、このお話を読んでいた。
神酒と瞬が、アメリカの秘密組織に誘拐された物語。
(参照・君のポケットに届いた手紙)
都市伝説『雛の森』で、神酒が出逢った友情を知らない少女・ベルの物語。
(参照・雛の森のミステリー・ベル)
イギリスに転校する輝蘭と、『電話のメアリー』さんとの友情物語。
(参照・卒業〜あなたのうしろのメアリーさん〜)
七海や詩織がティムと初めて出逢い、未来の荒廃した世界に紛れ込んだ物語。
(参照・抱きマクラは銀のネコ?)
美鷹市で起きたゾンビと吸血鬼騒動。
(参照・青い瞳のポストガール)
詩織と真夢が籠目小学校で巻き込まれた『トイレの花子さん』事件。
(参照・花子さんの聖夜)
中身は物語として脚色されていたが、神酒や詩織たちにとってはそのどれもが真実の出来事で、決して忘れることのできない宝物もような思い出である。
詩織と七海はしばらくの間、時間を忘れて物語に読み更け、あの時の出来事をしんみりと思い出していた。
「ミキってけっこう才能あるんじゃない?」
「そう?エヘヘ・・・・・・。」