残された原稿用紙
七海が気が付くと、彼女はたくさんの瓦礫の中に倒れていた。
体の節々にいくつかの傷は見られるものの、どうやら深手の類は負っていないようで、時折筋肉痛のような痛みは走るものの、五体は満足に動く。
辺りを見回すと、付近の建物の雰囲気から籠目小学校の敷地内ということはなんとなく判るが、彼女はなぜ自分がここに倒れていたのかという記憶が無い。
かろうじて世界中を異様な怪物が襲ったというニュースを聞いたことだけは覚えてはいるが、その他のことに関しては自信を持てる情報は持ってはいなかった。
「・・・ナナミちゃん?」
彼女を呼ぶ声に振り向くと、そこには瞬が立っていた。彼も体中に傷は負ってひどい格好はしていたが、深刻なケガにまでは至っていないようで、フラフラしながらもしっかりとした足取りで七海に近づいてくる。
「・・・シュン君。なにが・・あったの?」
「・・判らない。ボクも気が付いたら、こんな感じだったから・・」
ふと瞬が何かに気が付いた表情を見せると、七海の顔をじっと見つめた。元々彼に想いを寄せている七海は、少し恥ずかしそうにはにかんでみせたが、そんな彼女の意を汲み取る繊細さを持ち合わせていない瞬は、彼女に意外なことを話した。
「ねえ、ナナミちゃん」
「なぁに?シュン君」
「ナナミちゃん・・・泣いてたの?」
「え?」
瞬の意外な言葉に、七海は慌てて頬を触ってみると、確かに彼の言う通りに頬がビショビショに濡れている。
そう言えば確かに彼の言う通りに、何か泣かなければならないような事があったような気もするが、どうしてもそれが思い出せない・・・。
やがて瓦礫の隙間から、輝蘭や絵里子、そして詩織と真夢が這い出してきて、彼女たちはお互いの無事を確認すると、皆一様にほっと胸を撫で下ろした。そして近所で救出活動を行っていた自衛隊員よりビヤーキーの群れが消滅した事実を聞き、世界が救われたというニュースが各国を駆け巡っているという吉報が伝えられたにも関わらず、なぜか彼女たちは歓喜を上げる気持ちにはなれずにいた。
☆
そして、それから2年の月日が流れた・・・。
あの日、ビヤーキーの群れに襲われた都市のほとんどは再建が進み、持ち前の人間の底力の強さで、人々の生活は次第に元に戻りつつあった。
突然の邪神による災害で、一度は崩れかけた経済も安定し、慢性的な国家間の争いは絶えないものの、人々の間に、いくつかの幸せが伴った日常が戻ってきたのである。
そんな中、いつしか瞬や輝蘭たちは籠目中学校を卒業。
いつも一緒だった彼女たちだったが、それぞれが将来進む道を考えてのことだろう。
七海と絵里子は籠目高校に進んだものの、瞬と輝蘭は別の高等学校に通うようになっていた。
繰り返されるいつもの日常。繰り返される平凡な毎日。
☆
その日、詩織と真夢はいつものように石着山の入り口の広場に出かけ、放課後の楽しい時間を過ごしていた。
石着山は元々鳳町に伝わる伝説【雛の森】の入り口とも言える場所だが、数年前からその怪異が語られることもほとんど無くなり、今はさほど気にする人もほとんどいない。
詩織は真夢と一緒に花摘みをしたり、草原の上を駆け回ったりしながら遊んでいたが、そのうち2人は、森の傍に何か奇妙な気配があることに気が付いた。
10mほど離れた木の根元で、何かがキラリと輝いている。
「ねえ、シオリちゃん。あれ、何かな?」
「さあ?生き物っぽいような気がする・・・」
2人はそのキラリと光る生き物に近づこうとすると、それはまるではっとするように体をビクッと震わせ、そして一目散に森の中に逃げるように消えていった。2人の印象としてはそれは白いネコだったように感じるが、その割には体毛の輝きが強かったような気がする。
「あ、ネコなのだ!」
「うん。でも・・・ずいぶんキレイなネコだったね」
ふと2人はネコがいた根元まで行くと、そこには大きな鞄が落ちている。それはここ鳳町の中学生が使っている通学用のものだったが、名前が削り取られていて誰の物か判らない。そこで詩織は持ち主を探すために鞄を開けると、そこには意外な物が詰め込まれていた。
それは、およそ数百枚にも及ぶ、たくさんの原稿用紙だった。
原稿用紙には何か物語のようなものが書かれていて、どの用紙にも何度も消しゴムで消して繰り返し書いたような跡が残されていて、その持ち主がこれを大事に書き綴っていたのだろうということが容易に想像できる。
どうやら物語は完結していないようで、その最後のページは中途半端に途切れている。
そして2人はその表紙の題名を見て言葉に出して読んでみたが、その時軽いショックを受けたような錯覚を起こし、しばらく詩織と真夢は目をパチクリとさせながら、呆けたようにお互いの顔を見合っていた。
「・・・【君のポケットに届いた手紙】・・・?」
「・・・どこかで聞いたことがある・・・気がするよ」
不意に2人の心の中に、何か懐かしい想いが甦ってくる。
しかしそれがいったい何なのか、今の彼女たちには知る術はない・・・。
ふと2人の間を、優しい風が駆け抜けていった。
それはまるで少女たちの肩に、誰かが手を添えたようにも感じられ、2人ははっとしたように後ろを振り向く。
しかし、もちろんそこには誰もいない。
「ねえ、シオリちゃん。なんだかマム、今嬉しいような懐かしいような・・・なんだか不思議な気持ちだよ」
「うん。あたしもそうなのだ。それに・・・」
そして2人は昼下がりの優しい陽が降り注ぐ中、不思議な想いに導かれるように1本の木の枝を見つめていた・・・。
「あそこで、さっきのネコが笑っていたような気がしたんだ・・・」
神酒が書いていた長い手紙は、こうして詩織のポケットに受け継がれた。
ティムがいつか残した言葉『神酒は海。詩織は風』
風は大切な人からの手紙を受け取り、銀色のネコがそれを見届けた時・・・。
あなたのポケットにも優しさを届け、そして物語の幕は閉じられる。
緩やかに髪を梳かす風と共に、煌く思い出を心の片隅に刻みながら・・・。
君ポケ次話【ソロモンの鍵伝説】




