サヨナラ・・・
『・・・ミキ。それは君なんだ・・・』
ティムが選び、そして呼んだ名前。
それは、高村神酒だった。
『クトゥルーを封じるためには、強いエネルギーを持つ者が必要だ。
シオリにも君と同じエネルギーがある。
でも君には、それに加えて「皇」の血が眠っているんだ・・・・。
君以外の人間では、この役割を果たすことはできないんだ・・・』
「・・・ふざ・・・けるなよ・・!」
それは瞬の声だった。
最初は黙ってティムの言葉を聞いていた瞬だったが、そのうち彼は怒るように声を震わせると、強くティムに迫った。
「ふざけるなよ、ティム!なんでミキちゃんがそんな危ないところに行かなければならないんだ!?
ボクがミキちゃんのことを忘れる!?
そんなこと!ボクは絶対に許さない!絶対にダメだ!!」
輝蘭も叫んだ。
「そんな・・・・そんなことって許されるの!?
私たちの代わりにミキさんが!?」
「そうだよ!ミキ!ティムの言うことなんか聞くことないよ!!」
「どうしてもって言うなら、あたしが代わりに!!」
怒りの表情で、瞬や輝蘭、そして七海と絵里子はティムに詰め寄っていった。
詩織と真夢も、複雑な表情でティムを見ている。
しかし、その時だった。
「・・・待って、みんな・・・」
神酒が瞬たちの怒号を制止した。
そして神酒はティムの前にしゃがむと、彼の目線に自分の目線を合わせた。
「ティム・・。もしあたしが行かなかったら・・・どうなるの?」
『それは・・・』
ティムはうつむいたまま神酒に答えた。
『ハスターに対してだって、人は何も太刀打ちできなかったんだ。
クトゥルーが現れたら、人間はみんな・・・いなくなる』
「・・・そう・・」
神酒その場に立ち上がると、みんなに方をくるりと振り向いた。
そして・・・。
「あたし・・・行く!」
「ちょっと待てよ!ミキちゃん・・・」
「そうよ!ミキが行かなくたって!」
「勘違いしないで!」
意外なことに、神酒はニッコリと笑っていた。
「あたし、仕方がないから行くんじゃないよ。
あたし、行きたいから行くんだ。だって・・・」
神酒の言葉をみんなは黙って聞いていた。
何か彼女から伝わるものがあったのだろう。
誰も言葉を挟むことなどできず、ただ黙って神酒の笑顔を見つめている。
「前に言ったこと、あるよね?
あたし、みんなが一緒に楽しくしているのを見るの、大好きなんだ。
誰かが1人でもいなくなるのはイヤ。
シュンだって、キララだって、ナミやリコだって。
もちろん、シオリちゃんもマムちゃんも。
あたしはいつか帰ってこれるんでしょ?
その時、みんなが楽しく笑っていてくれるなら、
あたしは多分すっごく幸せな気分になれると思うんだ。
だって、そこがあたしの帰る場所なんだから・・・。
みんなはあたしのこと、忘れたっていい。
でも、あたしは忘れない。
みんなが一緒にいてくれたら、あたしは必ずまたその中に入って行くよ。
だから、それまでちょっとの間だけど・・・」
すると神酒は、七海の前に歩いて行くと、彼女の手をそっと握った。
「ナミ。シュンのこと、あんたに任せる。
でもあたしが帰ってきたら、その時はあたしがライバルになるよ!」
「ミキ・・・・・・・。」
七海の頬を、小さな涙が伝った。
「リコ。リコが昔、あたしにこう言ったの憶えてる?
『ミキは笑っている時が1番カワイイよ』って。
だからあたし、笑って行くことにするよ。
別にムリしてるわけじゃないからね。」
「ちょっと待てよ!ミキ・・・」
しかし神酒は、絵里子の口に人差し指をそっと当て、そのまま彼女にウィンクをした。
「キララ、ごめんね・・・。
残念だけど、キララに届けるはずだった物語、完成しなかったね。
でもどんなピンチの時でも、キララは必ず帰ってきてくれたでしょ?
だからあたしも・・・・必ず帰ってくる。どこかであたしが話しかけたら・・・その時は、また友だちになってね。」
「・・・ミキさん・・・」
そして・・・。
☆
永遠の別れに気付いた詩織と真夢は、突然突きつけられた残酷な運命に、ただティムを抱きしめ、涙を流し続けていた。
「ティム!ホントに?ホントにいなくなるの!?」
あまりの強い悲しみに、詩織たちは言葉をうまく伝えることができない。
2人の幼い少女の頬に伝わる涙を、ティムは優しくなめた。
『ゴメンね。シオリ、マム。2人と一緒にいたのがとっても楽しくて・・・・・
すごくすごく楽しくて・・・、
だからどうしても言えなくて・・・』
ティムの頬からも、大粒の涙が流れ落ちる。
「ティム・・・ヤダよ・・・。ティムと別れたくない・・・」
真夢もティムを抱きしめ、ただ泣き続けていた。
『今までありがとう。シオリ、マム。
ボクは君たちのことを絶対に忘れない。
どんなに離れていても、ボクのことを忘れてしまっても。
何かがあった時は、必ず扉を開いて君たちに逢いに行くよ。
いつか銀色のネコが君たちのもとに迷い込んだら・・・』
ティムの体が、ゆっくりと輝き始めた。
『その時は、そのネコをペットにしてあげてね・・・』
☆
そして、神酒は最後に瞬の前に立った。
しばらくうつむき言葉が出てこない神酒を前に、瞬は悔しい気持ちでいっぱいになっていた。
「シュン・・・あのね・・・」
神酒は顔を上げた。彼女の瞳に淡く涙が浮かび上がる。
「シュン、あのね。あたしの夢、聞いてくれる?」
瞬は黙ってうなずいた。
すると神酒はとうとう涙を抑えきれなくなり、そのまま泣きながら瞬に抱きついていた。
「シュン・・あたしね・・・あたしホントは・・・。
シュンのお嫁さんになりたかったんだ!
シュンのことが好き。大好き!
だから・・・だから・・・」
神酒の言葉は、湧き上がる彼女の感情にかき消されてしまった。
彼女が最後に伝えたかった言葉。
それは『忘れないで』という一言だったのだろう。
神酒の強い感情が、瞬の心の中に流れ込んでくる。
瞬は強く神酒を抱きしめた。しかし・・・。
すでに瞬の腕の中に、神酒の体の温かい感触は無かった。
そして詩織と真夢の腕の中の、ティムの感触も。
まるで群れていた蛍が飛び去るように小さな光が弾け、その瞬間から、瞬や輝蘭や詩織の中より、神酒とティムの記憶は消え去っていた・・・。




