うしろの正面は誰?
そして、全ての狂気は過ぎ去った・・・。
神酒たちの命を賭けた働きは、遂に『黒い海』ハスターの地球への降臨を阻止したのである。
彼女たちの先祖「篁」と「雪乃」の願い。
いや、それよりさらにさかのぼる「ウフ」のいた太古の時代からの長い祈りが、時間を超え、種族を超え、そしてたくさんの想いが紡ぎ合わされ、遂に果たされたのだった。
ハスターが地球を離れたことにより、世界各国に飛来していたビヤーキーの群れも、いつの間にか姿を消していた。
世界に再び平和が戻り、人々は安堵の笑顔を取り戻せることになったのである。
実験室にいた神酒や詩織たちも、もちろんこの事実を素直に受け入れ、手放しで大喜びをしていた。
しかし・・・・・。
☆
『あのね、実は・・・』
ティムを抱いていた詩織は、彼の表情が暗く沈んでいることに気付いた。
「どうしたのだ?ティム、うれしくないの?」
何も言えずに、まるで悩むように考え込んでいたティムだったが、どうしても表情が晴れず、再び銀のネコは考え込む。
言わなければならないが、どうしても言えない。
そんな様子をティムが繰り返しているうちに、ふいに実験室の隅から、聞きなれない声が聞こえた。
「まだ伝えてはおらぬようじゃな?ティムよ」
神酒たちが声のする方を振り向くと、そこには1匹の黒いネコがいる。
その声は、明らかにその黒ネコから発せられたもので、ティムは黒ネコと目が合うと、驚いたような声を上げた。
『どうしてここに・・・・・? アルマ・・・』
黒いネコは、名を「アルマ」と呼ばれた。
「御主が呼んだのじゃよ。
御主が最後に呼び出した扉が、わらわの前にも現れたのじゃ。
おそらく無意識のうちにわらわを呼んだのじゃろう。
御主が伝えられないことを、代わりにわらわが伝えるためにのぅ・・・」
ティムはアルマの言葉を聞くと、何かを察したようにうつむいた。そんな様子を見せたティムに、詩織は直感的な不安を感じた。
何か大きな悲しみが待っている。
ハスターの悲劇を上回るような、もっと大きな何かが待っていると・・・。
「ティム。御主が『運命の少女たち』に伝えるには、あまりにも辛い内容じゃろう。
おせっかいかも知れぬが、わらわの口から伝えることにしよう。
それでも構わぬな?」
ティムは、黙ってコクンとうなずいた。
☆
アルマの話は、こういうことだった。
ティムの能力を悪用して地球に降り立とうとしたハスターだったが、神酒たちの働きにより、その事態は確かに免れることができた。
しかし敵対するハスターの気配を敏感に感じ取った、もう1体の巨大な旧支配者「クトゥルー」が、太古より眠り続けていた海底都市ルルイエで遂に目覚め、海中から地上に向けて侵攻を始めたというのである。
ティムが「マトゥの木箱」から現れた本当の理由。それは、クトゥルーをルルイエに幽閉し続けることにあったのだ。
6人の「運命の少女たち」の使命は、ティムを無事にルルイエに送り届けること。
本来その役割が果たされるのは、もっと数十年も先の出来事になるはずだった。
しかし、ハスターの影響によりクトゥルーが目覚めた今、ティムはすぐにでもルルイエに向かい、クトゥルーを幽閉し続けなければならないのだ。
そしてもう1つ。
運命の少女の中の1人も、ティムと一緒にルルイエに向かわなければならないということも・・・。
☆
「ルルイエに行っても、すぐに帰って来れるんだろ?」
アルマの言葉に不安を感じた瞬が、ティムに問いかけた。
しかしティムはうつむいたまま、何も言葉を返さない。
「瞬とやら。御主の言う通り、ルルイエに向かう者もいつかは帰ることができる。
しかしのぅ・・・・。それがいつになるかは定かではない。
そして、もう1つ伝えておかねばならぬことがある」
アルマはゆっくりと7人の少年少女たちの顔を見回すと、さらに辛い事実を神酒たちに伝えた。
「選ばれた少女の存在は・・・・・全て無に戻るのじゃ。
その少女との思い出は、御主たちの記憶からは全て消え去る。
歴史の矛盾を消去するためらしいのぅ。
記憶だけではない。写真からも、記録からも何もかもじゃ」
アルマからの衝撃的な事実を伝えられた瞬たちは、誰もがその残酷な内容に愕然とし、言葉も出ないまま、その場所で動けないでいた。
誰か1人が消えてしまう?
強い友情で結ばれた神酒たちにとっては、それはとうてい受け入れることができない。
「御主たちの知る歌の中にあるじゃろう。
『うしろの正面だれ?』という言葉がのぅ。
ティム。もう誰を連れていくべきか、御主は決めておるのじゃろぅ?
その名前を、御主の口から伝えるが良い・・・」
アルマの言葉を聞いて、ティムはハッとなった。
『そんなこと!ボクの口から言えるはずなんか・・・』
しかしティムはその後、何かを決心した表情を見せ、
詩織の腕の中からスルリと降りると、少女の前に歩み寄って行った。
※このお話の【アルマ】という黒ネコは、とぽろん先生の小説【来恨】とコラボをした際にお借りしたキャラクターです。




