彼は私を愛さない
※ほんの一部にムフフな表現がありますが大したことないです。R15は念のためです。
政略結婚をした。
君を愛することはないと言われた。
ごくごく普通の、政略結婚をした。
私の父は、野心溢れる権力者でその立場も自分の父──私にとっては祖父──を謀略で追い出し奪い取ったものだ。長男であったにも関わらず。そう言うと父がひどい人間に思われるかもしれないが、我がトリスター家は代々みな野心家で策略好きの家系であることは我が家の歴史書が教えてくれる。だから私の父はトリスター家においてごく一般的な当主と言えた。追い出された祖父もまた同じように当主の座を得ていたし、兄もまたきっと同じように当主の座を得ることになるだろう。もはやこれは跡を継ぐための儀式と言ってもいいかもしれない。
そんなトリスター家の三女に、私は産まれた。
男は生まれ持った知能と野心を磨き、家を継げない女は政略のため身を磨く。すべては家の繁栄のために。一族みなそうやって今までやってきた。私もそう教育され、逆らうことも逆らう意思を持つこともなかった。もっとも私に関しては、それは正解のようで正しくはない。私は逆らう意思を持たなかったのではなく、持とうとしなかっただけ。
この一族の中でも変わり者と言われる二番目の兄により、男たちだけに齎される知識を私は持っていたから。
トリスター家の女はその教育もあり、頭空っぽの見た目至上主義でプライドが高いと非常に面倒くさく作られている。これは私視点での認識である。それが世間の認識とはずれていることも知っている。我が家での女は精巧な人形と同じだ。美を保つための金さえ貰えれば主となる男に、余計なことを言わない。容姿は連れて歩くのに相応しい極上のもの。男たちの自己顕示欲をそそるような、相手に劣等感を与えるような、いやらしさを含んだそれ。プライドの高さは利用しやすく、例えば男に浮気をされても『自分よりも劣る女に自分のものを盗られたなんて!』とそんな見栄のために全てを隠す。だから誰知られることなく好きなことを行えるのだ。
言ってしまえばトリスター家の女は、トリスター家の男に都合よく作られている。それは他家の男にとっても大差ない。そうして利用価値の上がった女たちは、男たちが繋がりたい家々に送られていく。
これが我が家の政略結婚だ。
薄暗い短調の、家畜の子供が屠殺場へ送られていくそんな曲が私の頭を流れる。私たちとその家畜の違うところを上げればきっと屠殺はされない、というくらいだろう。飼い殺しにはされようとも。
そんな訳で私が嫁いだのは、清廉潔白公明正大、血筋は遡れば建国の王の右腕だった人物で王家との繋がりも深いヴァイス家だ。汚泥のように拡大化肥大化していく我が家を黒だとするなら、かの家は白だろう。清く正しく美しい、白。
底辺から泥水を啜って上りつめ、王の左腕と目されている今尚、権力の向上を図ろうとする我が家に取り入ろうとするものは少なくない。しかし、敵はいる。
──それが私の夫、ロメリオ・ヴァイスとその生家だ。武勲という正攻法で王の信頼を勝ち取ってきたヴァイス家に嫌われるのも致し方ないことだ。
汚い手も戸惑わず使う我が家は一部では国家転覆を目論む悪の一族だとも噂されている。王家を守る聖騎士を代々輩出しているヴァイス家とはまるで正反対。
そんな白と黒、相容れない両者の隙間にねじ込んだこの架け橋。
なぜ私だったのか、私には姉が二人、妹が一人いる。すでに嫁に行った長女は別として、適齢期を迎えた娘は私だけではなかった。そしてその二人とも、白磁の美青年と名高いヴァイス侯爵に嫁げるかもしれないと嬉々としていたのに。結果は、ロメリオ・ヴァイスにまったく興味を示さなかった私が嫁ぐことになった。まったく世の中どうなっているのか、説明求む。
まあ私は誰に嫁ぐことになろうとなんとも思わない。トリスター家の教育はそういうものである。
トリスター家はその性質もあってか美しいものが生まれる事が多い。男は本人自体にあまりあれこれ求められるものはないが、嫁となる人間は美しいものをと言われるし、女はその容姿を武器に世を渡らねばならない。美しければ美しいほど望みの相手に嫁ぎやすくなるのだ。一番美しいと言われていた長女は王弟の息子に嫁いでいった。我が家では初の事象だ。遠くとも王族と縁続きになるなんて。
その次に狙われていたヴァイス家は、きっとまだ幼く見えるがこれからさらに美しくなるだろう妹が嫁ぐのだと思っていた。ロメリオ・ヴァイスとは確かに年が若干離れてはいたけれど、まだ許容範囲だろう。
私はまあ一般に比べれば美しいと言われることもあっただろうが、この家族の中では冴えない容姿だ。特出しているところもなく、自分でも面白みのない女だと思う。その私が、何故。こんな重要なポジションの男に嫁いだのか、そろそろ嫁に来て半年が経つが、…まだわかっていない。
私は政略結婚をした。夫との関係は契約だ、愛ではない。だから彼が婚姻の儀式のあと、いわゆる初夜というやつでああ言ったとしても別になんとも思わなかった。だって───
「君もわかっていると思うが…」
「何をでしょう」
「これは、利害の一致故の結婚だ」
「ええ…そうですね」
「──だから私が君を愛することはない」
「わかりました…。一つ、お聞きしても?」
「……………なんだ」
「わたくし、子は産まねばなりませんの。あなたの子種はいただけますか?」
白の貴公子とも言われるほど清廉潔白な夫は、私の下品ともとれる発言に目をむいて絶句していたが、しばらくして一度だけ首を縦に降りそのまま私を倒し寝台に沈んだ。いかに聖人視されようとも男は男だと、灼熱に貫かれ覚束ない思考の中でぼんやり思った。あの時数えた天井の模様の数を私は忘れないだろう。
───ねえ、旦那様。私はあのとき、あえて言いませんでしたが、本当はこう思っていたのですよ。
…私も、あなたを愛すことはない、と。
同じことを思うなんて、私たち実は似た者同士なのかも……一生口に出すことはないことね。
これは、ごくごく普通の、政略結婚のお話
お読みいただきありがとうございました。