友達
突然の申し込みにより、水の女神・ネルヴァと決闘をする事になった鈴音。しかしその決闘の意味は本来とは違う名目であった。
「ふんふん♪なぁに?ネルヴァみたいな幼女には手を出せない性格なのかなぁ?それだったらネルヴァが勝つのも時間の問題だね!」
余裕綽々な態度でネルヴァが言い放つ。二人はまだ静寂の中、先に攻撃する機会を伺っていた途中だった。しかし鈴音は
「いやぁ別にね?そんな事は無いけど"本気"でやっていいのかなーって考えてたんだよね。そこん所どう?"本気"でやっていいの?」
なんと機会を伺っていた訳ではなく、ただ考えていただけだという。言葉だけでなく、眼でも問いかける鈴音にネルヴァが答える。
「どれだけ本気でやったって、あなたはネルヴァに勝てないの!先制はいただき!」
ネルヴァは高速で鈴音に飛び掛る。
「そっか。じゃあ本気でやっていい訳だね。了解でーす。」
そう言うと鈴音はネルヴァの腕を掴み、数回振り回した後湖の方へ投げ飛ばした。鈴音の顔からは笑みが消えていた。
「むー!あんなのまぐれ!もう一回!」
再び飛び掛るネルヴァ。鈴音の目の前に降り立ち、殴り始めた。
「えいっ!えいっ!えいやっ!そいっ!とりゃ!このこの!」
その光景はまるで子が親に駄々をこねているような感じだった。殴るというよりも叩いている。当然の如く鈴音は微動だにせず、笑みの消えた顔が少しニヤけていた。
「いやー… 可愛いなぁ。これは攻撃というよりマッサージだね… でもまぁ、一発お見舞いしとこうか。」
鈴音は思いっきりネルヴァの頭にげんこつを食らわせた。相当効いたのか、フラついている。
「ま、まだまだ!ネルヴァはこれくらいじゃめげないんだから!水の女神の力の一部を見せてあげる!」
ネルヴァは自分の髪を掴み、力一杯絞り出した。足元に大量の水滴が流れ落ち、小さな池が出来上がる。
「あぁ、やっぱりこの技使うと水が少なくなっちゃう… でも大丈夫!さぁ、出てきて!私はその間に水を補給しなきゃ!」
すると先程出来上がった池からスライムのような物体が形成され、みるみる女の子の形になっていった。後ろではネルヴァが湖の中へ行方をくらます。
「あれは… この世に存在してるスライムの女の子を自分の髪から生み出せるのか… 流石水の女神だね。ってうわ、小さいけど6人も?」
池から生み出されたゲル状の女の子6人。辺りをキョロキョロ見渡し、鈴音を見つけると6人一斉に駆け寄っていく。
「ちょ、ちょ!さすがの僕でも無言で迫ってくるのは怖いって!ってあー、囲まれたか… どうするかな。あら、良く見ると僕の腰より小さいのかぁ。可愛いなぁ…」
6人のゲル子は鈴音を取り囲み身振り手振りで何かの合図を取っている。どうやら作戦を立てているようだ。
「なんか、この光景だけで僕なんか癒されてきたな… 僕おかしくなったのかなぁ。あはは…」
苦笑いで頭をかく鈴音。その瞬間ゲル子達は動きを止め、鈴音を見上げる。三秒ほど見つめたあと、全員後ろに二歩下がり、一人のゲル子が他のゲル子へ合図を出し、一斉にネルヴァがした様に飛び掛ってきた。
「うわぁぁぁ!…ってあれ?フェイクか?いや、なんか集中的に足に感触が… ってあらあら。いやぁ参ったな。」
鈴音が目にしたのは自分の足を6人がかりで必死に叩いているゲル子達だった。先程のネルヴァと何ら変わらない、ただ人数が増えただけな感じは否めなかった。ネルヴァと同じ、殴るというよりも、叩いている。しかもちょくちょく見上げてダメージを確認している様だが、1ミリも効いていない為、鈴音はただ癒されているだけだった。
「スライムだからしょうがないんだろうけど、ズボンとコート濡れちゃうなぁ。コートは壁に掛けておこう。君達、ちょっとごめんよ。コート掛けるから、後で相手してあげるよ。」
鈴音は一人のゲル子を抱え上げ違う場所へ移動させる。コートを壁に掛け、元の場所へ戻るとゲル子達は群がってはしゃぎ始めた。
「なになに?遊んで欲しいのかい?でも今戦いの最中だしなぁ。 …よし、ネルヴァちゃんが戻って来るまで僕と遊ぼうか!」
鈴音が選んだのは通常では有り得ない選択。一歩間違えれば完璧な戦闘放棄である。しかしゲル子達はかなり喜んでいる様だった。
「あんまり時間は無いだろうけど、ジャンケンとか、こっち向いてポンとかしようか!」
明らかに鈴音はテンションが上がっていた。敵である筈の相手と笑顔で遊んでいるのだ。その光景を目にしている観客はざわつきだし、シルヴィアは嫉妬していた。その時、湖からネルヴァが戻ってくる。
「あーやっぱり水は最高!生き返るー…って、え?ネルヴァの知らない内に何があったの?」
「やばい!ネルヴァちゃん帰ってきた!あーっと、えーっと…」
いきなりの事に慌てふためく鈴音。明らか戦わずに遊んでいたのがバレ、ネルヴァが強い口調で言う。
「あなた達!何やってるの!?ネルヴァはあなた達に戦わせる為にわざわざ生み出したのに呑気に遊んで…!もうネルヴァ知らない!あなた達みたいな役立たずは殺してあげる!」
すると湖の水の一部がネルヴァの手の元へ吸い寄せられ、大型の水の弓を形成した。
「水豪弓!一撃で粉砕してやるんだから!」
水の弦を引き絞るネルヴァ。それを見たゲル子達は鈴音の陰に隠れうずくまって震えだした。中には脚にしがみつく子もいる。
「ネルヴァちゃん… 僕は君に失望したよ。確かに君の目的とした事は達成出来なかったかもしれない。だけどこの子達を見てみなよ!震えてるじゃないか!この子達に戦う事なんて出来なかった… この子達はみんないい子なんだ!だけど無力なこの子達を親である君自身が自らの手で殺すというのなら、僕は容赦しないぞ…!」
怒りに震える鈴音。それに対してネルヴァは冷たい言葉で返す。
「どうせ水さえあればネルヴァはいくらでも生む事ができるの!だからそいつらが居なくなってもネルヴァには関係ないの!だから、消えて!」
その言葉に鈴音は激怒。歯を食い縛る。そんな鈴音にネルヴァが限界まで引き絞った弓を放つ。凄まじい勢いで水で出来た矢が迫る。
「鈴音様!!危なーーーー」
「調子に乗るなよ。ガキが…!」
爆発音とともに煙が舞い上がる。ネルヴァは弓を下げ、呆然としていた。
「そ、そんな… ネルヴァのガ・ヴォーデがいとも簡単に弾かれるなんて… 何だっていうの…?」
煙が消えていく。顕になったのは無傷の鈴音と大穴の空いた壁。
なんと鈴音は矢を素手で弾き返してしまったのだ。
「もう、許さないよ… 君みたいな最低のクズは267年ぶりだ。昨日の男達より酷いね。ほらほら、君達は下がって隠れてて。 …さぁ、腹を括れよ!!!」
それは一瞬の出来事だった。距離の離れたネルヴァにおよそ一秒で迫り、皆が気づいた頃にはネルヴァは湖の遥か彼方まで吹っ飛んでいた。
「さぁ、戻ってこい…!」
「ネルヴァは、負けないんだからぁぁぁ!!!」
水中から飛び出し、またも手に水が吸い寄せられ今度は大型の水の剣を形成した。
「水斬剣!たたっ斬ってあげるんだから!くらえぇ!」
飛び出した勢いのまま水斬剣を振り下ろす。
「僕にとってはそんな物、障害にすら成り得ない!」
鈍い音が響く。風圧が巻き起こり、煙が舞う。
「あなた…!さっきから、どう…して、ネルヴァの攻撃が、うぅっ!効か…ないの…!」
その言葉の通り、鈴音は水斬剣を左手で受け止めていた。さらに右手でネルヴァの首を掴んでいた。形成能力が無くなり水斬剣が崩れ、完全に宙ぶらりん状態になるネルヴァ。
「言ったでしょ?僕にとっては君の中途半端な弱っちい攻撃なんて避ける必要すらないんだよ…」
怒りのせいで刺々しい言葉を浴びせる鈴音。そのままネルヴァを地面がめり込むほどの力で叩きつけた。
「(強い… 水の中にさえ入れれば… でも…敵わない…か。いや、こんな奴にネルヴァが負ける筈…!)」
そんなネルヴァの考えを知ってか知らずか鈴音は湖の中へ勢い良く放り投げた。
「ふぅー… 最後の足掻き、してみなよ。適わないと思うなら最大の力で掛かってきて。それが出来たら許してあげる。大丈夫、僕も全力で応えるから。」
落ち着きを取り戻した鈴音は心を読んだように優しく冷静に条件を提示する。それに答えるようにネルヴァが返す。
「うう… 心まで読まれてる…か。それならネルヴァの真の力、真の姿を見せてあげる!かすり傷の一つでも付けてやるんだから…!」
そう言うとネルヴァは湖の中に入っていった。
「さぁ、来い!僕と黒椿姫で応えてやる!」
黒椿姫を手に取り身構える鈴音。すると湖全体が盛り上がり、徐々に巨大な何かに形成されていく。
「な、思ってたのと全然スケールが違うじゃないか!甘く見ていたか…?いや、それでこそだ!」
おおよそ10mはあるであろう巨大な水の塊の中心に"真の女神化"をしたネルヴァがいた。
「これがネルヴァの真の姿… そして、これがネルヴァの最大の技!水獄神!八相水蛇龍・天海大蛇!!!ねじ伏せてやるんだから!」
幾つもの津波を起こしながら現れたのはその名の示す通り、とてつもなく巨大な八つの首を持つ水の蛇龍だった。八匹の龍が首を擡げながら鈴音を睨みつける。
「で、でかい…!もう大きいってレベルじゃないじゃない!湖自体の広さがあんな化物になるなんて… 鈴音様…!」
あまりの巨大さに観客席のシルヴィアも驚愕する。それもその筈このステージと隣接している湖は片道200mはあるからだ。つまりこの龍は全長200mという事になる。
「こりゃ、やりがいがあるってもんだね!掛かってきな!」
「いっけええぇぇええ!!!!」
鈴音に向かって八つ首の水龍が襲いかかる。だがその水龍の頭全てを鈴音は居合いで即座に切り落とし、後ろへ下がる。
「水で出来てるんだ。どうせそうなると思ったよ!こりゃキツいね!」
大方の予想どおり、水で形成されている為切り落とされてもすぐにまた形成される。落とされた首は別の首に吸収され、半永久的なサイクルを行う。言うなればまさに不死身である。
「逃がさない!水弾砲!」
八つ首の龍全ての口からまるでガトリングガンのような勢いで小さな水の塊を飛ばすネルヴァ。その威力は水とはいえ壁に穴を開ける程。
「うわわわわっ!威力ひどくない!?当たったらマズイなこれ!
しかも永久に撃てるんでしょ!?ずるいよ!おっとととととと!!」
慌ただしく逃げ回る鈴音。それを追うネルヴァ。見た感じネルヴァが優勢だが、シルヴィアは薄々勘づいていた。
「鈴音様、弾を避けながらなにか考えてる。きっと打開策を考えてるんだわ!そうよ!そう… ってキャ!!あ、あんた達さっきの!」
すっかり鈴音に懐いていたゲル子達がシルヴィアの元へ来訪して硬直。そんなシルヴィアの勘通り、鈴音はある策を思いつく。
「これがダメだったらもう打つ手はないな… 決着が付くのは三秒の間だ!」
そう言うと目にもとまらぬ速さで水龍の首を切り落とす。ネルヴァは余裕の笑みを浮かべる。
「無駄なの!いくら切っても蘇るのは分かってるはずなんだから!」
「分かってるさ!だからわざと落としたんだよ!さぁ、いくぞ!!!」
着地の反動を利用し、鈴音は水龍のコアとなるネルヴァ目掛けて一直線に突っ込んだ。
「そんなっ!?」
ネルヴァを水龍の体内から押し出す。すると水龍はコアがなくなった為形成能力が維持出来なくなり、そのまま崩れていった。ステージ全体が水浸しになり、ちょっとした冠水が起きる。鈴音がネルヴァを更に空中に蹴り上げる。
「これで、最後だよ!」
空中ダッシュでネルヴァの元へ追いついた鈴音は渾身の力で思いっきり蹴り落とした。蹴り落とされたネルヴァの姿が視認出来ないほど速く、冠水したステージが元に戻り、なおかつ周りの壁すら巻き沿いで破壊してしまう程の力を受けたネルヴァは、起き上がる事すら出来なかった。一般人なら即死である。
「さ、決着は付いたね。最後、良かったよ。ネルヴァちゃん。」
地面に降り立ち、手を差し伸べるがその時にはもう既にネルヴァの"真の女神化"は解けており、普段の姿になっていた。ネルヴァは弱々しく起き上がり、睨みつけながら言う。
「ふふん… どう…せ… 今回も… あ…あなたの、まぐれ… 勝ち、なの… いい気に… なら…な…」
最後まで皮肉を言い放ち倒れるネルヴァ。すると彼女の体を包み込むように黒いモヤが現れ、空に昇り消えた。
「これは… まさかのまさか、もしかしたらもしかするな。よし、傷付けるだけが人間じゃない。どんな傷も癒してこそのいい人間だ。…核回復!」
鈴音の手のひらから暖かい緑の光が溢れ、それを傷だらけのネルヴァにかざす。するとどうだろう。みるみる内に傷が回復していく。10秒もしない内に傷を全て直してしまった。
「イタタタタ… う、うーん… ここは… 決闘場?あれぇ?確かユキと一緒にご飯食べてたはず …ていうかお姉ちゃん、だぁれ?」
今までとの変わりように鈴音は少し驚いたがすぐにほぼ理解。
「ネルヴァちゃん、どうにも君は操られてたみたいだね。操られてた君は僕を潰すために決闘を送り込んできて、今さっきやっと倒して今ご対面って感じかな。あ、ちなみに僕は時波 鈴音だよ。気軽に鈴って呼んでね。」
ネルヴァはしばらくボケーっとしていたが意味を理解したらしく、目を輝かせながら言う。
「すごーい!ネルヴァを助けてくれたんだ!ありがとう鈴お姉ちゃん!……でも今までネルヴァ悪い子だったんでしょ?悪い子は、ごめんなさいしなくちゃいけないんだよね?…鈴お姉ちゃん、ごめんなさい!」
屈託の無い笑顔で礼を言い、凄く申し訳なさそうに謝ったネルヴァ。以前とは真反対の純粋な言動が鈴音の心に響いた。
「な、なんていい子なんだ…! ネルヴァちゃん、君は悪い子なんかじゃない!むしろいい子だよ!前が酷すぎただけさ!」
それを聞いたネルヴァは表情が明るくなるが、落ち込み気味に言う。
「そうなの?でも、ネルヴァはいい子じゃないの。よく分かんないけど、多分覚えてないだけでいっぱいネルヴァは悪い事したんだよ?そんな気がするもん。だから、ネルヴァは悪い子なの… いっぱいごめんなさいしなくちゃいけないの。」
その発言にまたも感動し心を打たれる鈴音。純粋すぎる言動に涙を堪え、ネルヴァの肩を掴みながら諭す。
「ネルヴァちゃん!君はさっきごめんなさいしたじゃないか!それだけで十分さ!君は十分いい子だから!自身を持って!」
鈴音の熱烈な後押しにより、更に明るくなったネルヴァ。
「本当?ネルヴァいい子?いい子だったら鈴お姉ちゃんはネルヴァの事褒めてくれる?」
キラキラ輝く上目遣いに打撃を食らっている鈴音をよそにアナウンスが流れ始める。
[えー… 大変間が開きましたが、ここで結果発表です!勝者は、チャレンジャーサイド!《時波 鈴音》!!!]
入場した時とはうって違い、拍手が巻き起こる。鈴音は照れ笑いをしながらネルヴァを立たせる。
[初の事例となりました今回の戦い!いつもは制限時間までなのですが、まさかネルヴァ様が一方的に負けてしまうとは…! いやはや我々としては悔しいものです!さぁ、チャレンジャーにはドルテン・水の神堂女神護衛隊になる権利が与えられます!どうなんd]
「鈴お姉ちゃんはネルヴァの護衛隊なんかじゃなくて、友達になって欲しいの!これは権利とかじゃなくて、単純なネルヴァのお願い!」
アナウンスを遮ってまでネルヴァが発したのは意外な事だった。護衛隊よりも遥かに自分にとって身近な存在、友達。これを聞いた鈴音は感涙に震えながらネルヴァを抱き寄せる。
「今日から僕とネルヴァちゃんは友達… いや、仲間さ!いっそ家族でもいい…!喜んでそのお願い、聞くよ!聞かない理由は何一つない!」
音楽と共に紙吹雪の舞うステージの中で、まるで母のような黒い姿と、嬉し涙を流す水の女神の姿。水の女神は新しい友達の耳元で言い続けた。「ありがとう」と。
シルヴィアを抜いた観客も全て引き上げ、誰もいなくなった決闘場。二人は仕事の為に、ネルヴァに別れを告げる。
「じゃあ、僕達仕事があるから、またいつか会おうね。それまでいい子にしてるんだよ?」
「寂しいな… でもでも!鈴お姉ちゃんのためにネルヴァいい子にする!待ってるから!いい子にして待ってるから!」
涙をぐっと堪え、宣言するネルヴァ。鈴音はそっとハンカチでネルヴァの涙を拭き、決闘場を去った。
その後、ようやくユーカの形見を見つけ、デベロンに戻った二人。依頼者であるエルにそれを渡し、仕事は完了。報酬は受け取らず、代わりに電車権を一枚貰った二人はエルを家に送り、帰宅。鈴音は机の上にネルヴァとのツーショット写真を置き、椅子に座ったまま眠ってしまった。書斎には大切な"友達"が出来た記念日が、カレンダーにつづられていた。