人猫手懐け伝説
「それじゃ始めようか。てな訳で場所は…? 西区域の外れの館か… 最近館多くない?ねぇ、気のせい?」
それもその筈最近の依頼は洋館絡みが続いており、正直鈴音は飽き飽きしていた。
「そうは言っても頼みは頼み。引き受けた以上、やらなきゃならないんだから仕方ないのよね。まぁ、あたしは鈴音様と一緒なら何処でもいいけど♡」
「あ、そういえばシルヴィアちゃんの自己紹介がまだだったね。ほら、シルヴィアちゃん、移動しながらでいいから画面の向こうのお友達に向かって自己紹介をどうぞ!」
なんという事でしょう。鈴音は画面の向こうの少し大きなお友達がわかるようです。これから先、話しかけてくることがあるかもしれませんよ?その時はスルーしてあげましょう。
「え?いきなり何?お友達って誰のこと??あたしには見えないけど… やっぱ鈴音様は凄いわ!見えないものが見えるなんて!ああ、そうそう、自己紹介しなくちゃいけなかったっけ。じゃあするわよ。」
移動しながら自己紹介とは普通な事ではあるが今回は相手が見えないのに一人で自分の紹介をしている。怖っ!
「あたしはシルヴィア・ゲートハート。この星にあるアルト一族っていう一族の可愛い女の子よ。好きなものはクレープ、嫌いなものは鈴音様の邪魔する奴ね。鈴音様、これ位でいい?え?服も?
…白のワンピースにクロスチョーカーを付けてるわ。ち、ちなみに白と赤のニーソックスで下着は… ってそこまで言うの!?」
「いや、勝手に言い出したのはそっちじゃないの。僕は服としか言ってないけど?」
鈴音の言うことは普通に正論だった。そして持ち前の天然でスルーする。
「…て事で知らない内に目的地に着いたけど、こりゃ一際でっかい館だねぇ。誰か住んでんのかな?という訳で仕事内容は… また迷子猫か。この前もそうだったな…」
一つ前もその一つ前も何故か猫探しだったのだ。しかもひとつ前の依頼は1週間掛かった経験があり、懲り懲りしているところだった。
「でも依頼は依頼だし… それにあたし達この仕事が表なんだからさ。真面目にやらないとどうなるか。」
「そうは言ってもさ。 この前なんかやっと見つけた迷い猫が良く分からないけどオーバーランしてさ。凄く時間掛かっちゃったじゃん?だからやるはやるけど早めに終わらせようか。」
「鈴音様、あたしは別に気にしてないけどちょっとさっきのオーバーランの所で著作権的な問題が出てくると思うんだけど。」
「んー…そうかな?」
なんて他愛もない話をしながら館の中を進んでいくと人影が見えた。誰か住んでいるようだ。
「おー 誰か住んでんじゃん。それだったら挨拶しとかないとね。」
そう言うと人影が見えた方向に進み、一つだけ空いた部屋があった。ここにいるに違いない。そう思った二人はその部屋に入った。
「すいませーん… あの、ちょっと依頼で… え?」
よく見ると猫のような耳の生えた少女と小さな小人のような少女が取っ組み合いをしていた。さながらト〇とジ〇リーのような光景だ。
「ちょ、ちょっと〜? もしかして君が目的の迷子猫?って話聞いてる〜? ちょっと話を聞い… 聞けぇえぇぇ!!!」
辺り一帯に響きわたり外の木々もざわめくほどの声で強引に呼び止めた。
「君がこの依頼書に書いてあるリナちゃんだね?まさかの人猫のティム種だったとはね。驚いたよ。始めてみたな〜」
まるで危機感と敵意の無い発言にリナというティム種の少女と小さな少女は呆気にとられていた。
「あんた達、一体何の用だミャ!連れ戻しに来たんならあたいは戻らないミャ!戻ってたまるかミャ!」
何か理由があるような素振りだった。鈴音は的確にそれに勘づく。
「とりあえず、話を聞かせてよ。依頼人のニコルって人が探してるんだよね。何かあったの?」
「ニコル…? あー… 確かあたいの御主人様の仲悪い従兄弟だったかミャ。そいつはあたいを凄く嫌ってたミャ。それに今は御主人様も死んじゃったし、どうせそいつはあたいを引き戻してこき使うに決まってるミャ! それならより一層戻ってたまるかミャ!」
なにはともあれリナには戻りたくない理由があった。だがなんにせよ、鈴音達にとってはどうしようも出来ない事だった。
「あたい達ティム族は御主人様に奉仕するのが何よりの幸せミャ。出来るならあんたに奉仕したいミャ。でもニコルが御主人様なんて絶対嫌ミャ!来るならこーい!連れ戻すならあたいを倒すミャ!ひゃぁぁぁあ!!」
そう言うとリナは流石ティム種というだけあって、かなりの速度で襲いかかってきた。その瞳には戻らない誓いが見える。
「鈴音様、やっちゃっていいみたいよ。遠慮せずかましちゃって!」
「そっか、分かったよ。気の毒だけど、よいしょっ!」
鈴音はリナの攻撃ラインを読んでボディに一発重い一撃を加える。辺りに鈍い音が響く。
「うっ…! うみゅぅぅぅ〜…」
これを食らって気絶しない奴はいない、それほどに強いブローだった。鈴音はリナを肩に担ぎながら切り出す。
「さぁて、今回は依頼人に[見つけたけど残念ながら遺体でした]って事にしとこうか。その方がいいでしょ。」
「流石鈴音様!優し過ぎるところも超素敵♡」
そんなこんなで二人はリナを連れてそそくさと館を出た。
「はっ!ちょっと〜!私置き去りなんだけど〜!待ちなさいよ〜!」
二人は鈴音の家に着き、リナが目覚めるまで待っていた。すると玄関を叩く音がする。
「はーい… ん? 誰もいない?えーっと… あぁ!君か。何の用?(すっかり忘れてたー!)」
そこにいたのは昨夜リナと取っ組み合いをしていた羽の生えた小人のような小さな少女だった。
「私はアリーっていうの。私とリナは幼い頃からの友達なの!私は妖精のアルシンク種だけど何故かティム種のリナと気が合って、それからの付き合いなの!だからリナをどうするかは知らないけど、一緒にいさせて!お願い!」
「そうか… 良かったね。君とリナちゃんはずっと一緒だよ。ここでね。」
すると部屋から目覚めたリナが出てきた。やはり顔色が悪い。
「ここは…あんたの家かミャ?にしては広すぎるミャ。余裕で20部屋超えてるし、なんでわざわざ一番奥の方の部屋に連れて行くミャ。ていうかどうしたミャ?そこにいるのは… アリーかミャ!よく一人で来れたミャ!」
先程アリーの口から言った通り、二人が親友であることは間違いないようだ。
「いいとこ邪魔して悪いんだけどさ。リナちゃん、ちょっといいかな?」
リナは正直に話を聞く姿勢を取る。表情は猫そのものだ。
「僕が君の御主人様になっちゃダメかな?そこんとこどう思う? ニコルって人は君のこと諦めたし、どうかな?」
そう言った途端リナの顔が嬉しそうな顔になる。さっきまでの青白い顔とは真反対だ。
「ほ、本当かミャ?それなら今日からあんたがあたいの御主人様ミャ?やったー!アリー!もう二人ぼっちじゃないミャー!」
二人で嬉しそうにはしゃいでいるのを見ながら鈴音は曇りのない微笑みで見守っていた。
だが、この時鈴音はまだ館絡みの依頼が続く事になることをまだ知らなかった。