Track2-2
ソフィアの指先が虚空をさすと、真紅の空間の中に横辺の長い長方形が現れた。まるで映画のスクリーンのようだと進が思っていると、
遠い昔、遥か彼方の銀河系で……
というテロップが金文字で流れた。
「おい、」
「アナタたちにわかりやすく説明するには、こういう形式が一番わかりやすいもの」
宇宙人に選ばれたもっとも宇宙的な事態を説明するのにわかりやすい映画――ということをルーカススタジオが知ったらきっと飛び上がって喜ぶだろう――と進がせんないことを考えていると、SF映画ファンでなくてもおなじみのファンファーレと共に、その動画ははじまった。
地球時間一九四四年六月、銀河同盟は初の太陽系第三惑星人、通称《地球人》との接触を果たす。それは、銀河横断鉄道敷設のために辺境第七方面へ向かった調査団が偶然にも発見した、不幸な奇蹟であった。
敷設予定地と地球の公転軌道が重なっていたために銀河高速鉄道の線路図の書き換えが検討されてたが高速鉄道の利便性の向上にこだわる銀河同盟議会の鉄道族議員たちが強硬に反対、大手ゼネコンという強力な支持母体のある彼らの発言力は大きく、議論は紛糾。その間に鉄道族議員たちは地球時間一九四七六月、アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロズウェルにて地球側の代表者ハリー=S=トルーマンらと接触、恒星間移民に関する技術供与と交換に地球人に退去を命じた。
交渉は決裂、アメリカ合衆国は同年七月七日にロズウェル郊外の農場で交渉に当たった銀河同盟議員らが搭乗していた宇宙船を撃墜――そして、
動画はそこで終了していた。左側を向いた矢印がリピート再生を促しているのを見てこういう記号は宇宙共通なのかと妙な安心をして――いる場合ではなく。
「冗談にしては、手が込みすぎてるぞ」
「冗談なんかじゃないわ。ロズウェルの悲劇は銀河中心方面じゃ相当大きなニュースだったんだから。議会の穏健派が動かなかったら、もっと強硬な手段に出られていても不思議じゃない」
「なら聞くが、ロズウェル事件とアンタがどんな関係があるかまるで見えてこない。ついでに言えば、銀河横断鉄道だか何だか知らないが、自分たちが知らない間に作るのが決まったもののために星を出ていけ、なんて身勝手過ぎる」
「銀河横断鉄道が敷設できたら、莫大な利権が手に入るの。推進派の議員たちはゼネコンと結託してそれを山分けしようって魂胆なわけ。アナタの住んでいる地球だって、珍しい話ではないでしょう?」
「それは……」
進は田舎に住んでいる親戚の家がリニアの線路図上にあり、JRに高く買い取ってもらった、という話を思い出していた。これも、似たようなものなのだろうか。
「知的生命体なんて、いくら文明が発達したってこういう部分は変わらないわ。特に、より多数の人間の利益に繋がる、という名目があるとね。そしてこれは、過去の悲しい事件じゃない。現在進行形の事案なの」
ソフィアの言葉に、進はぽかんと口を開ける以外の反応ができなかった。
「ロズウェルの悲劇の後も、鉄道族議員は繰り返し地球からの退去を忠告し続けたわ。もっとも、アナタたちの代表団はその度にNOを突きつけたけどね。そこで彼らは
最終手段を執ることにした」
「最終手段?」
穏便ではない言葉に進がいぶかると、
「そ。なかなか立ち退かない住民にはちょっとばっかり痛い目に遭って強制的に立ち退いてもらおうってわけ。地球時間で一九六六年から六七年にかけての大災害なんかは良い例ね」
一九六六年から六七年と聞いて、進は震えた。
「六六ショックの年じゃねえか」
一九六六年から六七年にかけて、日本では怪獣災害が頻発していた。現在の数値に換算すれば数千億~一兆円程度の経済損失が発生したとも言われ、高度経済成長期の日本に多大な打撃を与えた悪夢の一年。
その原因に宇宙人が関係している、とでも言うのだろうか。
「銀河同盟憲章では文明レベルが発達した星が、発達段階の星へ武力侵攻することを禁止しているわ。でも、局地的な嫌がらせ程度だったとすれば批難こそすれ積極的な制裁を下すわけにもいかない。そのうちアナタたちが自分から恒星間移民に乗り出せば思うつぼ。まったく、連中もよく考えたものよ。宇宙規模の地上げ屋稼業なんて」
「ふざけんなよ」
そんな勝手な都合で、地球を荒らされてたまるか。進がソフィアをにらみつけると、
「銀河同盟の総意と取られては困るわね。そのために、こんな辺鄙なところまでやって来たってのに」
眉間に皺を寄せながら、ソフィアは小馬鹿にしたように鼻で笑った。それから、進の額に唇を寄せた。
話し方はきついが、ソフィアは絶世の美女である。薄い唇にはルージュが引かれているのか艶々としていたし、肌理の細かな白い肌は心臓を高鳴らせるのに足りた。
「な、何を……」
「いつまで狸寝入りを決め込んでるの。アタシにばっかり喋らせないで」
《巨大化は体力を消耗するんだ。少しは僕のことも考えてよ、姉さん》
「そのためにこうやって憑依できる肉体を用意したんでしょうが。もっとも、相性は悪くないみたいね」
《五次元空間酔いは最悪の気分だってよく言われるけど、今のとこはお互い上手く感情を切り離せているし問題ないみたい。案外僕って才能あるのかな?》
「それなら、銀河警備士二級試験をさっさとパスするのね」
何かがソフィアに話しかけていた。他に仲間がいたのかと進は周囲を見渡すものの、それらしい影はない。
《ああ、ごめん。非常事態だったから、説明すらしていなかったんだっけ》
自分に話しかけているのか――? 姿の見えない何者かに進が身がまえると、
「どこにも誰もいないわよ。コテツはアナタの一部になったんだから」
「コテツ?」
《そう。コテツ=パワード。ソフィ姉さんの実の弟さ。瀕死の君を助けるためには、僕と一体化するしかなかったんだ。もっとも、僕自身も力を使い果たしていたからお互いの利益が最大化する選択だったと思うけどね》
耳を通して聞こえているのではない、と気づいたのはその時だ。頭の中の思考を言葉にしている感覚に近い。明確な意志を持った誰かの言葉が、進に話しかけていた。
「光の巨人、っていう言葉を聞いたことはあるかしら?」
「六六ショックのときの英雄だろう? 防衛庁の威信を守るために存在は秘匿された、っていう」
六六ショックを乗り越えられたのは人間の力だけではない。光の巨人というコードネームの宇宙人が防衛庁や国連が組織していた対特殊生物戦のための特殊部隊と連携をしていたのだ。存在を秘匿したとは言っても、前徴四〇メートルとも言われる巨人だったと言われ、当時の日本人にとっては希望の象徴だったという。
「彼は私たちの同業者なの。銀河同盟と契約を結んだ、民間軍事会社所属の傭兵よ。伝説のね」
「その伝説の傭兵と、俺の体に入りこんだっていうアンタの弟と、何の関係がある?」
「地上げ屋稼業が銀河同盟の総意ではない、と伝えたわね」
「あ、ああ」
「私たちの使命は、地上げ屋を確保すること。そしてアナタは偶然からとはいえ私たちの関わってしまった。捜査に協力してもらうわ」
「なんでそうなるんだよ」
「タダで完全蘇生なんてさせてもらえると思わないことね」
ソフィアの笑顔はこちらに選択権などない、ということを伝えていた。