Track2-1
Track2.侵略者
どのくらい、そうしていただろうか。休日の昼間まで寝たときのような倦怠感と爽快感がない交ぜになった感覚で、進は目を覚ました。
そんな風にゆっくりとしたのなんていつ以来だろう、という疑問は、すぐに吹き飛んだ。
なぜ、意識がある。高機動車ごと怪獣一号に呑み込まれたはずだ。上半身と下半身を犬歯に引き裂かれて、それで――
「目が覚めたようね、古谷進」
不意に呼ばれて、進は体を上げた。肉体への損傷は認められない。咄嗟にホルスターから九ミリ拳銃を引き抜こうとして、拳銃が没収されていることに気づく。
「肉体修復時にこちらに危害を加えそうな物品に関しては没収させてもらったわ。もっとも、現物はアルマジロックの胃液にまみれてほとんど原型を留めていないけど」
声の主のシルエットが、徐々に輪郭をはっきりとさせて来た。否、視界が再生していっていると言った方が正解なのかもしれない。それまで真っ暗闇だった世界が、徐々に空間そのものを認識しはじめていたのだから。
寝かされていたのは、とても広い場所のようだった。どこまで言っても真紅で塗りつぶされていて、壁という概念が存在しないのか終わりが見えない。
声の主は、進の眼の前に立っていた。
「アンタは――?」
女だった。見た目から判断すると、アングロサクソン系かゲルマン系か、絹糸を思わせる美しい金髪は腰まで伸び、アイスブルーの瞳は理知的な印象を感じさせる。
違和感と言えば、彼女の服装だろうか。スパンコールが散りばめられた全身タイツだ。レトロなSF映画であるような、やたらとギラついた衣裳。それでも笑わずに済んだのは、彼女のプロポーションが抜群に良かったせいに違いない。
「ソフィア=パワードよ。これでも一度は死んだアナタを蘇生させたんだから、少しは感謝して欲しいものね」
一度は死んだという単語を、どう解釈すればいいのか進はわからなかった。言葉をなくしていた進にソフィアは、
「ああ、まだこの星の住人は完全蘇生術に関してはまだ研究の端緒にもついていないんだったわね。安心して、言葉道理の意味よ。生物学的にアナタは一度死んで、生き返った。ただそれだけ」
「悪いが死んだらそれっきりってのが常識なんだがな」
「それはアナタたちの文明レベルの話よ。地球人さん?」
地球人という語を強調して、ソフィアは進に微笑を投げかけた。口許は柔和なのに、心は許していないということが一見してわかる気味の悪い笑い方だった。
「アンタ、一体」
「ああ、そうだ。地球人は、名乗るときにネームカードを渡すんだったかしら?」
そう言ってソフィアは虚空から一枚のカードを出現させると、進に突き出した。名刺交換のつもりらしいが、こうも高圧的に渡されては心象が良いとはお世辞にもいえない。
もっともそれを指摘してやるほど親しくもなければ、何が目的なのかも、一体何者なのか、あまりにも進の理解の範疇を超え過ぎていてあいまいに笑ってやり過ごす以外の方法が思いつかなかったが。
手渡された名刺には、
銀河同盟第七方面監視団
銀河警備士一級
ソフィア=パワード
と明朝体で印字されていた。あまりにも大仰な銀河同盟という組織名に、ソフィアの正気を確かめるように視線を投げかけると、
「アナタたちから見れば――アタシたちからすれば差別用語だけど――宇宙人、ということになるわ。天の川銀河系の中心から、こんな辺鄙な片田舎にやって来た、ね」
「そんな馬鹿な話は」
「アルマジロック、アナタたちの呼称じゃ怪獣一号に引き裂かれていた肉体が完全に修復されていたのにまだそんなことを言うのかしら?」
「それは」
眼の前の女が宇宙人ということを進は呑みこめないでいたが、そう指摘されると納得するしかなかった。ソフィアはこちらの意図をさっしたのか先ほどより少しは愛想の良い微笑を向けて、
「呑みこみが早くて助かるわ。こちらもアナタとネゴシエーションをしないといけないのだから」
「交渉事?」
「ただの肉塊に成り果てたアナタを完全な状態にサルベージするのは結構大変だったわ。貨幣経済が主流の星の出身なら、何かをしてもらったら何かを返す、っていうのは理解できるでしょう?」
「頼んだわけじゃない」
「そう。なら、アタシはアナタの体を元に戻すだけ」
そう言うとソフィアの指先から光が伸びた。切っ先が眼前に突きつけられて、その温度の高さに驚いた。
「何が目的だ」
「アタシの仕事を手伝って欲しい」
「仕事?」
「ネームカードは見せたわよね?」
「あんなのでアンタの職種がわかったら、俺は体とは別の病院に通う必要を感じるよ」
「案外、冗談は言えるのね。気に入ったわ」
そう言うとソフィアは指先の光を消して、
「端的に言うわ。地球は狙われている。銀河同盟の族議員たちにね」
「……族議員?」
宇宙的な話をしていると思ったら、急に地球の政治用語が飛び出して面食らった。進がぽかんとしていると、
「詳しくは、これを」