Track1-4
《重力調整装置セット完了。交戦規定により、現地時間単位で五分後に本機構は解除されます》
アナウンスと同時に、視界に|拡張現実【AR】で稼働時間が表示された。巨人体になったのは先の銀河警備士二級試験以来だった。体重の四分の一に比例すると言われる知覚時間は今や通常時の痛倍に引き延ばされ、すべてがスローモーションしているように見える。
だが、地上に降り立って動けなかったのは別の理由からだった。眼の前の景色に、彼は心を奪われていた。どこまでも続くと思われる海洋と、濃密過ぎるほどの大気。まだ手つかずの自然も、充分に残されている。
こんなに美しい星を見たことは、今までない。素直にそう思えた。
《正面! 来るわよ!》
EEEERRREEEHHHHHWWWOOOOOOONNNN――!
ソフィの言葉に、ここが戦場であることを思い出した。眼の前にはM兵器――誰かはまだわからないが、未開惑星に対する侵略行為の真っ最中である。
《銀河同盟憲章第五条三一項、未開惑星における過干渉罪の現行犯を確認。これより――》
言い終わる前にM兵器が突貫してきた。重金属の塊のような超重量に耐えられる吹き飛ばされると、陸橋を下敷きにしてしまった。いくつか爆発も発生していたから、車両も犠牲になったかもしれない。
このまま戦闘行動を行えば、こちらが過干渉罪に問われるかもしれない。
《M兵器アルマジロック地下一〇〇〇〇メートルの地圧に耐えられるように進化した鱗甲板は特殊鋼製のドリルすら受けつけないわ。つまらないことを考えている暇があるんだったら、自分の身を心配しなさい》
実の姉というのはこういう時には頼れるものだった。こちらの考えていることが筒抜けだ。
《了解。弱点は?》
《アルマジロックの鱗甲板は体毛が硬化したものなの。体毛の薄い、腹部を狙えば勝算はあるわ》
《正面から殴り合え、っての? ヤツの鉤爪、結構なリーチなんだけど!?》
《丈夫なのが取り柄のアナタが、殴りあいで怖がるなんてね》
《硬いのと、痛いのは別なんだよ!》
《第二波、来る!》
アルマジロックが再び襲いかかってきた。口の上に生えた衝角を突き出して、こちらを串刺しにしようとする腹だろう。
こちらも同じ手を二度も喰らうほど馬鹿ではない。体勢を整えてアルマジロックを受け止めた。最高時速三〇〇キロとも言われる速度と、二万トンを超える体重込めた一撃に足下の大地が数十メートルも削れた。
《捕まえた!》
勢いを減殺しきるとアルマジロックの首に手を回し、衝角を粉砕する。
《これで突撃戦法はできないだろう!》
《油断しないで!》
ソフィアの絶叫と、背中に鉤爪が襲いかかるのは同時だった。アルマジロックは地面を掘り返すために前足にある四本の指のうち真ん中の二本が長く、鋭い。背中の皮膚を突き破って筋肉にまで刺さった鉤爪が傷口を抉った。
EEEERRREEEHHHHHWWWOOOOOOONNNN――!
鉤爪から逃れようとすると、さらに深く喰い込んだ。
《このッ……!》
咄嗟に放った右フックが、アルマジロックのこめかみに直撃した。一瞬怯んだ隙を見逃さず、アルマジロックの拘束を引き剥がした。
《重力調整装置、臨界まで残り五九秒》
ソフィのオペレートと同時に、警告を告げるランプが点灯し始める。
迷っている暇は、ない。
全精神力を拳に集中させると、一直線にアルマジロックの腹を貫いた。
《目標沈黙。よくやったわ》
《ありがとう、姉さん。でも》
力を使いすぎた。重力調整装置ここから離脱するための体力すら、もう残ってはいまい。
膝をついてうずくまる。それ以上の何かができないほど、肉体は疲れ切っていたが、M兵器を機能停止させるという大仕事を果たした達成感の方が勝っていた。銀河警備士二級保持者でも、なかなかできない大金星だ。
それに、こんな美しい星で迎える最期ならそんなに悪くない。少なくとも、どこまでも闇の続く宇宙に飲み込まれるよりは――
《アナタ、最初から》
《見習いの僕が戦って、大気圏まで再離脱できる保証なんてわるわけないじゃないか。けど、あの人みたいでかっこういいだろう?》
《認めないわ。アナタは私の》
それ以上は何と言っているのかわからない。聞くつもりがないのではなく、聞こえないのだ。
そういうところを、他の人にも見せればすぐに恋人くらいできるのに――それが、最期に浮かんだ言葉だった。