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Track1-3

「古谷君……」

「ああ」

 住民の避難はようやく半分が終了したというところだった。五〇年ぶりの怪獣警報に、何もそこまでとタカをくくっていた群衆も、全長三〇メートルを遥かに超える怪獣一号の威容を眼の前に突きつけられては言葉を失った。

 パニックにならずに済んだのは、日本人の規則にたいする礼儀正しさのためではなかった。眼の前で世界最先端の第五世代ジェット戦闘機であるF-35が眼の前で撃墜されたのだ。呆然と立ち尽くす以外に他あるまい。

「大丈夫、だよね?」

「一条さんも隊長も、そんな簡単に死ぬようなタマじゃねえよ」

 今にも泣き出しそうになるかなめに、進は精一杯いつのも表情を崩さないようにして応えた。

 戦車隊の配備はまだ完了していない。戦車が通れば、国道のアスファルトの補修をしなければならないと国交省がケチをつけてきたためだ。その戦車にしたって、北海道に主力を置いている現状頭数が足りていない。

 それでも。

「誰かがやるしか、ねえんだよな」

 進はひとりごちて高機動車へと戻ろうとすると、何かがそれを制しようとした。

 かなめの華奢な指だった。自衛官になってそれなりに時間が経つのに、少女のような純白さを保っていた彼女の手は、酷く震えていた。

「何するつもりなの?」

 かなめの言葉は懇願だった。馬鹿な真似はしないで。三〇メートル超級の怪獣相手に、生身で勝てるわけがない。怯えた表情は言外にそういった類のことを伝え、進の決意を揺るがせようとした。

 だが。

「ごめん。でもこのまま何もしないっていうのも、かっこう悪いしさ」

 かなめの制止を振り切った。馬鹿な真似をしているという自覚はある。「古谷君!」と訓練生時代と変わらない呼び名でかなめが進を呼んだ。男子の隊舎では、女子隊員の中で誰が一番かわいいかという話をはじめたときに決まってかなめの名前があがったことを思い出す。当時は興味がないと二二時の消灯に合わせてさっさと寝入ることの多かった進だが、今さら同期の連中の気持ちがわかったような気がした。

 ――否、わかったからこそ、なのかもしれない。

「どうして男ってのは、かわいい女の子の前じゃかっこうつけずにはいられないのかね」

 高機動車に戻ると、、後部座席に放りっぱなしにしていた八四ミリ無反動砲(カールグスタフ)を取り出した。万一に備えて対戦者用の榴弾砲が支給されていたが、用意されているのは一発だけだ。

 後藤田の意図は特生対の隊員として日の浅い進にも理解できた。自らを囮として東京湾に誘い込む、という作戦だ。市街地に向かわれるよりも被害を軽減できるし、いざとなれば海自の護衛艦から対艦誘導弾を発射してもらえれば相当なダメージを与えられる。

 問題は、どうやってこちらに向けるか、だ。

 屋根の幌を外して風通しのよくなった高機動車で怪獣一号へと接近した。三〇メートルを軽く超えていると思われる威容は、見上げたところで全体像をつかむことができない。これを相手に生還など、ほとんど不可能だろう。

 海風は幸いにして強くない。これなら、真っ直ぐに飛んでくれるだろう。

 EEEERRREEEHHHHHWWWOOOOOOONNNN――!

 怪獣一号の咆吼が、大地を奮わせた。落下地点である東京海洋大学の施設を破壊しながら、北西へと移動を開始している。あんな巨体が都心で暴れたら、日本経済が完全にストップしてしまう。

 それだけじゃない。避難勧告の発令された品川ですら、民間人の収容が完了していないのだ。このまま進撃されれば、未曾有の被害が発生する。

 それだけは、特殊生物対策室の人間として絶対に許すわけにはいかなかった。

「恨みはねえけど、そこを通すわけにもいかねえんでえな」

 進は高機動車を停めて八四ミリ無反動砲(カールグスタフ)を構えると、怪獣一号の土手っ腹に直撃させた。戦車の装甲すら破壊する成形炸薬弾が命中と同時に爆発したのを確認したが、三〇メートル超の怪獣一号に対するそれは、随分ちゃちに見えた。

 だが。

 EEEERRREEEHHHHHWWWOOOOOOONNNN――!

 こちらの敵意は受け取ってくれたようだった。進は照明弾を撃ってこちらの位置を報せると、すぐさま高機動車を発進させた。

 国道四八〇号線から三一六号線へ――東京湾に沿って走る道を全速力で駆け抜けるが、避難勧告に先んじて道路を封鎖していたおかげで問題なくアクセルを踏むことができた。エンジンはは七五〇〇~八〇〇〇/分の回転数を維持していることを伝え、時速は二〇〇キロを悠に超えていた。フロントガラス以外の風除けを取り外したおかげで空気抵抗をもろに感じながらも、進はさらに高機動車を加速させた。

 機体の調子は良好。

 問題は、怪獣一号がこちらの想像以上に速かった、ということだった。

「なんつー足をしてやがる」

 チーターですら瞬間最高速度は一〇〇キロが限界だ。それも長距離走行は不可能で、四〇〇メートルも走ればへばるという。

 海に誘導したところで疲れさせればこちらのもの、という進の目算は見事に崩れ去った。

 怪獣一号は三一六号線と運河を挟んで併走している東京モノレールを破壊しながら進の後を追っていた。障害物を破壊しながら二〇〇キロの速度を維持しているのである。平地で戦わうことになっていたら、勝ち目はなかっただろうと肝を冷やしながら、進は大井ジャンクションを通過した。ETCが首都高に入ったことを無感動に伝え、そこだけが日常を切り取ったかのような気がして涙が出そうになった。

 EEEERRREEEHHHHHWWWOOOOOOONNNN――!

 すぐ後ろで怪獣一号の咆吼が聞こえた。振り向く気にはならなかった。そんなことをしても無意味なのはわかっていたし、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせていたかった。

 進にとって最後に感覚できたのは、腹に突き刺さった怪獣一号の凶悪な犬歯と、生温かい息、それから――


 銀色の巨人、だった。


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