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Track1-1

最初だからね、豪華に連投です。今後はぼちぼちマイペースに更新していくつもりですのでよろしくお願いします。ご意見ご感想、なんでもいただければうれしいです。

 Track1.鋼鉄の巨人



「こういう出動も五〇年ぶり、ですか」

「そういうことになる。特殊生物対策室も来年度には閉鎖が決まってたのにねえ」

「同期から防衛省直属のお荷物なんて言われなくて済むんです。腕が鳴りますよ」

「馬鹿言ってんじゃない。僕たちなんか、お荷物って呼ばれてた方がいいに決まっている。東京で怪獣災害が発生したら、どれくらい人間が死ぬと思ってる? どれだけ我々特生対が怪獣災害のエキスパートだとしても、救えない命は出てくる。だったら、最初から出動することなどない方がいい。違うかい、一条三佐」

「……失礼しました」

「かまわんさ。三佐くらい若ければそれくらいやる気があるくらいの方が、な」

 航空自衛隊に先立って導入したF-35B《ライトニングⅡ》を複座式に改装した《ライトニングVTOL》の後部座席の計器類をチェックしながら、後藤田正邦一佐は顔をしかめた。

「残念な報せだ。峯岡山のレーダーが捉えたのは、どうやら勘違いじゃなかったらしい」

「となると」

「間違いない。ワームホールだ」

 峯岡山分屯基地が捉えた品川上空一万二千メートルに発生している時軸の歪みを捉えたのは数時間前――エラーと処理されかけたところで調査の任が後藤田たち特殊生物対策室に回って来たのは、発生したのが平日の品川上空という立地と、F-35の性能を見極めようという上層部の意向が重なったからだ。

「規模はどうです?」

「そうだねえ……これで一〇メートル級で済んだら、僕は神様の存在を信じてもいいかも」

 操縦席の一条健悟三佐の表情は後部座席の後藤田からは窺えないが、冗談めかした説明に絶句してしまった。

 それくらい緊張感を持ってもらった方がいい――後藤田がそう思わなければならないほど、発生した時軸の歪みは巨大だった。

 ワームホールが幾何位相学者の単なる与太話から、本格的な研究対象になったのは五〇年前にさかのぼる。日本で大量発生した怪獣が発端だった。怪獣が発生する前兆として異常気象が観測されることが度々あり、偶然にも気象庁のレーダーが異常気象の原因を突き止めた。それが、ワームホール研究の第一歩だった。

 二〇一五年の現在ではどういう条件下で発生するのか、というところまでは解明できていないものの、怪獣が出現する数時間前にはワームホールの出現を発見することが可能になっていた。

「一条三佐、品川・江戸川・江東・大田の各区役所に連絡して避難勧告を発令するよう伝えて。携帯各社へエリアメールを流させる指示も忘れるな。下の用意はどうなっている?」

「避難勧告に先立って幹線道路の封鎖は完了済み。現在国道十五号線沿いに七四式戦車一個中隊を配備中です」

「一〇式とはいかないでも、せめて九〇式があればねえ」

「これでも、北海道の連中に頭を下げて何とか確保したんです。無茶を言わないでください」

「あはは、そりゃそうだ。残りは愛と勇気でカバー、ってところだねえ」

 そう言いながら、口許はまったく笑顔が浮かべていられなかった。



《こちらは、防衛省特殊生物対策室です。本日午前七時一二分、品川区より全域に避難勧告が発令されました。付近の住民の皆様は速やかに行動していただきますよう、よろしくお願いいたします。繰り返します――》

 高機動車の屋根に取りつけられたスピーカーから、小林かなめの声が出力されていた。朝のラッシュ時に突如として発令された避難勧告に通勤電車に揺られてやって来たサラリーマンたちはくたびれたような、あるいは恨みがましいような視線をこちらに投げかける。

 だから苦手なんだ。国防色(オリーブドラブ)の野戦服に身を包んだ姿は、無個性なダークカラーの背広の群れの中で酷く浮き上がっているのを、古谷進は自覚しなければならなかった。

 ルミネ前の国道一五号線は息をするのさえ一苦労しそうなほど人でごった返していた。学生時代、アルバイトで隅田川花火大会の交通整理に駆り出されたことがあったが、あれがまだかわいく見えるとさえ思うほどの人、人、人だ。空気を読むのが美徳の日本人らしく大きな混乱は発生していないが、何が起きてもいいように覚悟だけは決めておかねばなるまい。

「古谷く……古谷三尉、だ、大丈夫だよね?」

「観測に向かった隊長たちの話だと、一〇メートル級はほぼ確定らしい。それまでに何とか間に合わせるしかない」

「そんな」

「まだ鉄道だって生きてるんだ。無理矢理押しこめばなんとかなるさ」

 助手席でマイクを握っていたかなめは今にも泣き出しそうな顔をして下を向いた。まだ高校生といっても通用しそうなあどけない顔だちがくしゃくしゃになって涙をこらえているのを見ると、もう少し上手い言い方がなかったものかと後悔する。

 とはいえ、このまま放っておくわけにもいくまい。

「ほら、」

 朝食として用意したまま手をつけるタイミングを逸してしまっていた缶コーヒーを差し出した。少しでも糖分をとっておこうと普段は飲まないカフェオレを選んでおいたのが幸いしたのか、くずりながらも少しは機嫌を取り戻してくれたようだった。

「えっと」

「避難を完了させたら、それで終わりって立場じゃないんだし。しばらく俺が代わるから、飲んで気分落ち着かせな」

 そう言ってかなめからマイクを引ったくると、進は避難勧告が発令されたことを報せるアナウンスを開始した。お決まりの原稿を読み上げるだけとタカをくくっていたが声のトーンによってまったく伝わる印象が異なることに気づかされた。それが声楽を大学で本格的に学んできたかなめと、声出しといえば訓練時の号令くらいしか知らない進とでは天地雲泥の差だ。途端に、周囲の視線が進に集まった。

「兄ちゃん元気いいね」

 高機動車の窓越しに話しかけて来たのは五〇過ぎの中年男性だった。サラリーマンという雰囲気はなく、この辺のどこかで定食屋でも営んでいるというような風体だ。

「そりゃどうも。さ、気象庁も怪獣警報を発令してんだから、おっちゃんも無駄口叩いてないでさっさとホームに向かいな。臨時列車が出てるはずだから、まだ間に合う」

「怪獣警報たあ、俺がガキのころにはんなもんなくてもなんとかなったんだがなあ。何をそんなに慌ててんだか」

「時代が違うの。こんなにビルが林立してるところで怪獣が暴れたら、ただじゃすまないよ」

「そうかい」と言って定食屋のオヤジは手を振って品川駅へと向かって行った。午前八時現在、在来線の運行を一時ストップしてJRも私鉄も品川一帯から避難する人を移送するための臨時列車の運行に全力を注いでもらっている。それでも間に合わなければ、練馬に応援を要請しなければならないだろう。

 そうなる前に、避難が完了してくれればいいのだが――

「意外」

 かなめの鳶色の瞳が、まん丸くして進を見ていた。

「古谷君って意外と面倒見いいのかも」

 カフェオレを飲んで少し気分が落ち着いたのか、かなめの口許には多少余裕ができていた。

「下町で育ったから、ああいうオッサンの相手をするのはガキのころから慣れてる、ってだけだよ」

「十分すごいよ。私、ああいう人と話すの、スゴい苦手で」

 かなめはそう言いながら、進からマイクを奪い返して避難勧告を告げるアナウンスを再開した。丁寧にマイクを両手でつかんでいる姿は自衛官というよりは選挙カーに乗ったウグイス嬢といった体で、育ちの良さを感じさせた。

《こちら後藤田。古谷三尉、状況はどうか》

 高機動車の無線が後藤田一佐からの通信をとらえた。軍用の強力な回線を使用しているにも関わらず、少しノイズが走っているように感じられるのは、この辺りで引っ切りなしに携帯電話が使用されているせいだろう。

「こちら古谷。現在、二〇パーセントまで移送完了しました。現在鉄道各社と協力して避難区域からの退去を進めていますが、このままだとあと何時間かかるものか」

《五〇万人の人間を大移動させるのに、一時間でそこまでやれたんだ。大したものさ。とはいえこちらも時間がない。残りは地下街へ誘導しろ》

 怪獣災害の多かった日本では、地下街は緊急用のシェルターとしての意味合いも持たされていた。商用スペースの下層に避難スペースが設置することを法律によって義務づけされており、それを周知するための放送も、地下街では二時間に一回流さなければならない。

 だが。

「こんな状況で地下に押し込めたら、パニックに陥りかねませんよ」

《それを何とかするのが僕たちの仕事だ。どんな方法を使ってでも、民間人を安全な場所に収容しろ。これは命令だ》

 後藤田の常らしからぬ強い口調に、進は事態が最悪の方向に動きつつあることを予感sつつあった。

「一佐、どれくらいになりそうなんですか?」

 普段の後藤田であれば、こんな質問にも軽いノリで応えてくれるはずだった。「大丈夫」とか「心配ないよ」とか、そういう一言をまず話す。それが、今日に限って重たい沈黙がいつまでも流れていた。

《三〇メートル超級の可能性がある》

 最悪の可能性を提示されて、今度は進が黙り込む番だった。

 日本における怪獣災害は怪獣のサイズによってその目安が作成される。狂暴性によって実害に差が出ることはあっても、具体的な大きさは資料としてもっとも記載しやすいからだ。

 等級は最小が二メートル級。それから五、一〇、二〇、ときて、三〇メートル以上はすべて三〇メートル超級として扱われる。

 記録では核実験によって誕生した全長五〇メートルの怪獣が東京湾から出現した記録も存在している。にもかかわらず、三〇メートルで等級が打ちきられている理由は単純である。

 三〇メートルを超えれば、確実に甚大な被害が発生するからだ。

「そんな」

《ワームホールから角――と思われる部分が飛び出している。写真を転送するから、確認しろ》

 言うが早いか後藤田がライトニングVTOLから撮影した画像が、進のスマートフォンに送られて来た。おそるおそるファイルを開くと、それ以上言葉を失った。

 空を突き破るようにして浮かんだ角は、間違いなく超大型怪獣のものだった。

《パニックを避けるために、等級は一〇メートル級という説明で地下に誘導しろ。戦車隊が向かっているから絶対大丈夫という念も押して、な》

「了解」

 無線を終了すると、高機動車には重苦しい沈黙が粘り着いていた。

「古谷君……」

 かなめが不安そうにこちらを見ていた。こういう状況じゃなければ、もう少し気の利いた台詞のひとつでも言えたのかもしれない。

 だが。

「急ごう。こういう時のための俺たち(特生対)なんだから」


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