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雪の舞う日に

記憶の中で、またあなたを思い出す

 SMDイベント「競演」に参加させていただいた作品で、テーマは「雪」になります。

 また短編「雪の舞う日に、また君と出会う」の対となる小説です。ですがこの短編だけでも読めるようにしてありますので、ご安心下さい。


 お楽しみいただけると幸いです。

 ――私は二度、禁忌を犯しました。

 私のことは、もう忘れて下さい。



 ❄ ❄ ❄



 ある日のことです。


 私は闇色に染まった町を訪れました。そこでは深々と美しい雪花が舞い踊っています。

 氷のように冷たい両手の上に、雪の結晶がきらりと光りました。


 辺りを見回すと、私の目の前に一つだけ街灯があります。その下には十二、三歳くらいの男の子が立っています。

 一つだけ赤いマフラーが目を引きました。全身は黒く、ニット帽にコートや手袋をしています。

 それにもかかわらず彼の体は小刻みに震え、目の端には星の欠片のような涙が浮かんでいました。


 私はそのまま三十分ほど彼を見つめていましたが、彼はなぜかその場に立ち竦んだままです。


 ――この寒さの中ずっと外にいれば、彼は凍死してしまう。


 いつもならそんなことなど歯牙にもかけないはずです。私は一体どうしてしまったのでしょうか?


 彼に触れようとして、けれどためらってしまった指先を手で隠します。

 今すぐこの場を離れなければならないと思うのに、私の足は地面に縫い付けられてしまったようでした。


「どうしたの?」


 ――ああ、禁忌を犯してしまいました。


 それよりもそのことを全く後悔していないことに、驚きを隠せません。返事をしない彼がこちらに向ける目には、不安や寂しさが見え隠れします。


 感情の赴くまま、私は男の子の右手をぎゅっと握りしめました。彼は私の手の冷たさに狼狽したのか体を震わせます。けれど彼は私の手を放そうとはしません。


 ――冷たかったら、ごめんなさい。


 彼の手のぬくもり。それは氷のような私の体をも温めていくようでした。自分のことよりもこのぬくもりを失ってしまうことの方が恐ろしくて、私は手を伸ばしてしまったのです。


 ――振り返るとこの時にはもう、ほのかな恋情を抱いていたのかもしれません。


 そのまま二人で立っていると、彼はゆっくりと語りだします。


「早く帰らないといけないのに、家がどこにあるのか分からないんだ」


 今にも消え入ってしまいそうなほど、微かな声。


「それなら私も探してあげる」


 男の子は私の一言に、随分(ずいぶん)と驚いた様子でした。気休めでもそう言ってくれたことがうれしかったのか、彼はやわらかく微笑みます。

 その微笑みは私の胸に痛みを与えました。この感情の名前は――。


「私は水連って言うの。水連って呼んでね。よろしく」

「僕は坂上(さかがみ) 優治(ゆうじ)。優治でいいよ。……えっとさ。スイレン、ってどういう漢字?」


 私はくすりと笑い、屈みこんで真っ白な雪の上に水連と書いてあげたのです。優治も屈んで私に寄り添ってきました。


「こういう字だよ。水連っていう花の名前なんだ」

「へぇ、きっと水連と同じで、綺麗な花なんだろうなぁ」


 どうして彼は私の体に寄り添ったのでしょうか? 褒められて舞い上がってしまった私は、すぐにそのことを忘れてしまいました。

 そして彼もまた雪の上に自分の名前を書き始めます。


「僕の字はね、優しい良い子のまま大きくなれるようにって思ってつけたんだって」


 彼と私は相好を崩しました。


「いい名前だね!」

「ありがとう」


 仲良くなった私たちは手をつないだまま、立ち上がりました。そしてゆっくりと歩き始めたのです。

 うとうととし始めた彼を見かねて、私は彼に話しかけました。彼の家族のこと、学校のこと、友達のこと。彼はどれもとても楽しそうに話すのです。


 彼の手が心持、熱を持っているような気がしました。この時は眠気のせいだろう、と安易に考えてしまったのです。


 と、突然目の前を何かが横切って行きます。

 ニャー。


「猫かなぁ? 真っ暗で良く分からないや」

「そうだね」


 些細なことでも喜ぶ彼の顔を見て、私まで嬉しくなってしまいます。


「このままずっと一緒にいられたら、いいのに」

「えっ?」


 私ははっとして口を閉ざしました。


 そのまま私たちは黙々と歩き続けます。雪の音に掻き消され、彼と私の息遣いのみが聞こえてきました。


 気づけば辺り一面は、すでに銀世界と化していました。


――きっと私がここにいるせい。


 分かっているのに、私は彼と離れたくなかったのです。

 そしていよいよ彼の家の前に差し掛かります。もうすぐで彼とお別れです。


「優治、もうすぐで家に着くよ!」


 しかし彼から何の応えも返ってきません。異変を察知した私は、隣にいる彼に視線を向けました。


「優治? 優治!」


 けれど時すでに遅く、彼は雪の上に倒れ込んでしまったのです。



 ❄ ❄ ❄



 優治を仰向けにしましたが荒い呼吸を繰り返しています。早く家族の所へ連れて行ってあげないと!


「……ス、水蓮……」


 彼は何かを感じたのか、私の手を掴みます。

 私ははらはらと涙を流しながら、そして彼の手を一度だけ握り締めて手を離したのです。


「さようなら」


 私は眩い光を放ちながら、彼の前から姿を消しました。



 ❄ ❄ ❄



 外からは小鳥のさえずりが聞こえてきます。草花が芽吹き、そよ風は桜の匂いを運んでくれました。


 ……あの後、彼がどうなったのかを知る術は私には全くありませんでした。

 人間に干渉してしまった私への罰。それは〝あの日の優治の持つ記憶を封じる〟というものでした。けれどその罰によって、私は彼が無事でいることを知ったのです。

 閉ざされた小さな世界の中で、彼との出会いを思い出すことだけが心の支えでした。


「もうすぐ、優治と出会ってから五年が経つのね……」


 ジャラジャラ。

 あの時とは違い、右手と左足に科せられた鎖の音が耳に届きます。床に広がる白い髪が、月日の長さを告げていました。

 私の寿命はあと少しで尽きてしまいます。もう夢でも構わないのです。

 ――もう一度あなたに、会いたいです。


「あなたと同じ人間だったら、良かったのに」


 私の頬をつたうのは、一筋の涙でした。



 ❄ ❄ ❄



「水連。信じてもらえないだろうけど、君を忘れてしまうくらい、好きだったよ」


 この夢は二度目の禁忌となるのでしょう。私の砂時計()を代償にして。

 けれど愛おしいあなたのその言葉だけで、私は幸せだと思えました。


「私も好きだったわ。優治、悲しませてごめんね。さようなら、元気でね」


 人間ではない私のことはもう、忘れて下さい。

 私はあなたの幸せだけを願っています――。

 この話を読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!

 自分に課したお題は「美しい日本語をちりばめること」でした。日本語は奥が深いです。


※水連は正確には睡蓮ですが、今は別名のようになっているそうです。ちなみに蓮と睡蓮は別種です。

睡蓮の花言葉:「滅亡」「清純な心」「甘美」「優しさ」「信頼」「純情」「信仰」 (白いもの)「純粋」「潔白」


《参考》

「美しい日本語の単語を聞かせてください。」

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0611/188498.htm?o=0&p=1

「睡蓮と水蓮」

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1411617729

「ポケット版 学研の図鑑② 植物」

発行人:伊藤年一 発行所:株式会社 学習研究社 2002年初版発行

「人に教えたくない花言葉」

http://matome.naver.jp/odai/2129982304046004801


2014/02/27 加筆

2014/03/03 加筆

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― 新着の感想 ―
[一言] とっても不思議なお話でした。 水連って、いったい何者だったのでしょうか?
[良い点] 儚くも美しい出会いと別れに魅せられました。最後の言葉を告げる少女の表情が目に浮かぶようで、哀しくも愛おしいとも感じました。 [気になる点] 優治が倒れてしまった場面が少し唐突な気がいたしま…
[良い点]  雪というお題と美しい日本語のコラボが生み出した、とても素敵な雪物語でした。  読んでいて、胸がキュッと締め付けられるような、そんな感覚に陥りました。主人公とは、何者なのか?想像が掻き立て…
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