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短編の群

年末年始のごあいさつ

作者: 小林晴幸

今日、文具屋さんで年賀状の特設コーナーを発見しました。

ちょっと早いけど、もうそんな季節かぁと、午年のスタンプを購入。

その時にパッと思いついた、短めのぐだぐだなお話。

年末年始のごあいさつ


 とある街角、住宅街。

 12月の悩み事は毎年色々定番があるけれど。

 その中でも老若男女問わない一つは、年賀状のこと。

 そして此処にも、年賀状の出来について悩んでいる者が一人。


「ねえねえチェッチー、今年のお年賀はどんな書く?」

 晦日も近づく12月。

 何の先触れもなくいきなり我が家に押しかけた竹馬の友が、唐突に尋ねてきた。

 相変わらずヤツ特有の変なあだ名が、寒々しい空気を貫いた。

 場所は玄関先。

 俺は玄関戸を開けた姿勢で問いかけにフリーズ。

 事実、寒い。

 こんな状態で考え事をさせるな。本当に凍る。

「……もう12月も半ばだろ。今頃年賀状書き始めても遅いんじゃ」

「だいじょーぶっ! 元旦当日に届けるのを諦めれば!」

「それ年始の挨拶として駄目じゃん」

 でも、毎年いるよな。

 時期を大いに外して、下手したら1月下旬とかに年賀状くれる人。

 大体は想定外の人から年賀が来て、慌ててお返しをした…とかだと思ってたんだけど。

 どうやら此奴は、最初から元旦度外視でやらかすつもりらしい。後で殴っておこう。

「それでチェッチー? どんなの書くの?」

「俺はもう出したから、手元にはないぞ?」

「見本くらい残しておいてよ!」

「理不尽な主張すんな! それなら先に頼め、先に」

「それより寒いから中入れて」

「けろっと話題変えるなよ。お前から話し始めたんだろ」

 俺はぶつくさ言いながらも、目の前の野郎の全身を眺める。

 毛糸の帽子にイヤーカフ、カシミヤのマフラーに毛糸のコート。

 手袋ももこもこ完備で、足もあったか仕様のブーツを履いている。

 完全防備だ。見るからに寒いと主張している。

 白い顔が、巨峰みたいな色になっている。

 ……やばいな。

 俺は渋々、幼馴染みを家に入れた。


「チェッチーの家、あったかぁぁい! おこた最高!!」

「自慢の掘り炬燵(こたつ)だからな。そりゃ温かろう」

「もう、こっからでないーっ」

「出ろ。そして夜には帰れ。巣に」

「そんな! 夜だなんて冗談じゃないよ。寒いじゃないか!」

「そんじゃ夕方には帰れ」

「うー…夕方でも日が沈みかけると寒いよーっ」

「母さーん、未汐(みしお)がもう帰るってー!」

「帰らない! 帰らないよ、チェッチー!?」

「だってお前、夕方に帰るの嫌だって言ったじゃん」

「ごめんなさい。ちゃんと夕方に帰るからおうちに置いて、チェッチー」

「よし。帰るときには懐炉(かいろ)貸してやろう」

「心の底から感謝しちゃうよ、チェッチー!」


「それで何だっけ、年賀状?」

 すっかりくつろいだ未汐が、炬燵で蜜柑を食いだした。

 どうも当初の予定を忘れたらしい態度に、俺か水を向けてやる。

「あ、そうだった」

「やっぱり忘れてやがったな。こんやろ」

「大目に見てよ! お外寒かったんだから」

「それで年賀状がどうした? 未だ書いてないって?」

「うん。どんなのならみんなの度肝抜けるかなーって考えてたら」

「抜くな。抜こうとするな」

「まあ、色々考えてたら遅くなっちゃったんだよね。こうなると元旦一番乗りは難しそうだから、ネタが被ってる人がいないか調査に乗り出したんだよ」

「お前は無難って発想がないんだな」

「今までの年賀状で、未汐が無難なお年賀出したことあった?」

「………………………そういえば、ないな」

 去年は蛇の皮が張り付けられた年賀状。

 一昨年はタツノオトシゴの魚拓にキラキラマーカーペンで可哀想な落書きつき。

 今までの全て手書きとはいえ、手間と五分の魂が費やされた年賀状が送られてきた記憶がある。

 …何にしても、ろくでもない年賀状しかないな。

 そろそろ未汐には、パソコンで年賀状を作るように薦めるべきかもしれない。

「それで、今年はどんなお年賀?」

「…そういう未汐は?」

「やだなチェッチー、教える訳ないじゃん」

「そういう根性の奴が他人にネタバレ求めんな」

「えー…」

「えー、じゃないっての」

「チェッチーのお年賀なんて、どうせ毎年判で押したような似たり寄ったり制作じゃん」

「スタンプ制作の何が悪い。ってか、そんなん思うんだったら聞きにくんな」

「そこを今年は例外的に違うかも知れないと、万が一に賭けたんじゃん」

「残念ながら、今年も去年までと同じスタンプ多用の手抜き制作だよ」

「ふーん…馬?」

「ああ、馬の絵スタンプだ」

「どこでそんなの見付けてくるのか毎年疑問なんだけど」

「最近は文具屋の年賀状コーナーになんでもそろってるからな」

「マジで手抜きだこの人…!」

「その分、スタンプやインク代で金使ってるんだよ。そう、俺は年賀状に工夫を凝らす手間を金で買ってるんだ」

「なんだか汚い! その表現汚い大人みたいだよ!」

「汚い大人は年賀状は逆に手間をかけそうな気がする」

「え、そうかな? うーん…そう言われるとそんな気もするかも」

「だろう? だから俺は、汚い大人じゃない」

「そうだね、違うね!」

「だからお前は、俺に言いがかりを付けたことを謝るべきだと思う」

「え?」

「謝るべきだと思う」

「そ、そうなの? ごめん…」

「よし」

 今日も良い具合に未汐を手の平で転がして、俺は一つ頷いた。

 未汐は首を傾げて釈然としない面持ちだった。

 だが、そのうちに用は果たしたと次のターゲットを求め、夕方のご町内に消えていった。




 開けて、翌年。

 元旦は過ぎて、1月5日のこと。

 年末年始をおばあちゃんの家で過ごすと言って、日本を離れていた未汐。

 帰国したのか奴から電話がかかってきた。

 年代物の黒電話の受話器を取ると、

「ちょっとチェッチー!? 馬って言ってたのに、これ一角獣(ユニコーン)じゃん! モロ被りじゃん!! どうしてくれるの!?」

 キーンと頭に響く、慌ただしい怒鳴り声。

 俺はそれに負けず劣らず、大きな声で叫び返した。

「そっちこそテメェ! 一角獣の角なんて何処でどうやって手に入れやがった! 年賀状にくっついてる欠片、冗談で試しに焼き魚にふりかけたら魚が生き返ったぞ!? 気持ち悪ぃ!!」

「え、チェッチーってば何勿体ないことしてくれてんのさ! あれ捕まえんのに苦労したんだから、大事にしてよ!! 使うならここぞという時に! わかった!?」

「って、自分で捕獲したのか!? それこそ何処でどうやって!」

「企業秘密だよ、チェッチー?」

「俺たまにお前が怖い!」


 今年の年賀状も、各々個性的に完成したようである。





読んで下さってありがとうございます。

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