異国の地で
1
インド。一人の若い男が空港から出てくる。若い男は空港の前に並ぶリキシャ(人力車)の列に声を掛ける。
「コルカタまで行きたいんだが、いくらだい?」
リキシャの男たちは各々運賃を言う。
「高いな……」
その時、奥の方に停まっていたリキシャから男の声がする。
「俺なら、こいつらの半額でコルカタまで連れてってやるよ」
若い男は早速その男のリキシャに乗る。
2
雑踏の中を若い男を乗せたリキシャが走って行く。
「あんた、どこから来たんだい?」
「日本さ」
「観光か?」
「ああ」
「俺の名前はシンだ。あんたは?」
「僕の名前は片岡」
3
ゴミ置き場の前を通るリキシャ。
「あの人たちは何をしてるんだい?」
「あいつらは業者に売るためにゴミを拾っているのさ。俺も時々やってるよ」
「へぇ」
「詳しいことは知らねえが、中にはヤクの取引をしてるやつもいるらしいぜ」
4
コルカタ市内のホテル前。
「さあ、着いたぞ」
片岡は運賃を払おうとする。すると、シンが言う。
「実はなお前さんに頼みがあるんだ」
「何だい?」
「俺の娘が病気でな。もう、長くは生きられないんだ。そこで、あんたに医者のふりをしてもらって娘を励ましてやって欲しいんだ」
「バカバカしい」
「運賃を半分にしてやったじゃねぇか。なあ、頼むよ」
「お断りだね」
「それなら、倍の運賃をもらうぜ」
「ふざけるなよ。運賃は払わん」
すると突然、シンは周りの人々に向かって大声で叫び出す。
「みんな聞いてくれ!この日本人は俺に運賃を払わないって言うんだ!」
野次馬が二人の周りに集まってくる。
「分かった、分かった。医者のふりをすればいいんだろ。だから叫ぶのはよせ」
5
早朝。ホテルで寝ている片岡。外からシンの呼ぶ声がする。
「お~い、片岡!」
片岡は外に出ると、シンのリキシャに乗り込む。
「今日は俺の家に来てもらうぜ」
6
バラックが立ち並ぶスラムの一角でリキシャは停まる。
「ここが俺の家だ」
7
うす暗い部屋。十歳にも満たないような一人の少女が床に寝ている。少女の顔はやつれ、頬はこけている。
「サンミ、今日は日本人のお医者さんがお前を診てくれるぞ」
「……本当?」
「ああ、本当さ。こちらが医者の片岡先生だ」
「こんにちはサンミちゃん」
片岡は適当にサンミの口の中を覗いたり、おなかを触ったりする。
「うん。この病気は治る。あとは君の気持ちしだいだ」
8
シンの家。
「先生、今日も来てくれたのね」
「だいぶ、よくなってきたね」
「私ね、先生にプレゼントしたいものがあるの」
「何だい?」
サンミは毛布から汚れてボロボロになったクマのぬいぐるみを取り出す。
「これ、お父さんが廃品回収のときにゴミ置き場から拾ってきてくれたの。私の宝物なんだけど、先生にあげる」
「本当にいいのかい?ありがとう。大切にするよ」
9
灰を川に流すシンと片岡。
「きっと天国でサンミもあんたに感謝してるよ」
「すまない。僕は最期まで彼女の手を握ってあげることしか出来なかった」
「いいんだよ。それで……」
10
片岡を乗せたリキシャが空港に到着する。片岡がシンに運賃を払おうとする。シンはそれを遮って言う。
「今日はタダでいい。今までありがとう」
シンのリキシャは人ごみの中に消えて行く。
11
日本。片岡は空港で税関職員に止められる。
「ちょっと君、私に付いてきてくれるかな?」
12
空港内の小部屋。職員が片岡に言う。
「君の持ち物からヘロインが見つかった」
サンミにもらったクマのぬいぐるみを取り出す職員。ぬいぐるみの背中を破くと、中からビニール袋に包まれた白い粉が出てくる。
(完)