第零話◇問答
富村の奇妙な生態、という小説も書いてありますが、あちらとまったく同じ世界のお話です。しかし、過去でも未来でもなく、また別に書き出した小説だということだけいっておきます。
できればあちらはひどい文章なので物好きな方だけ読んでいただければ結構です。
「学校に通う必要ってあるのかな」
相談部室の奥にある六畳の和室にて、富村祐二は畳に身を投げ出しながら、彼の隣でお茶を入れている美少女、に見える男友人の竹中春樹に問いを投げかけた。
春樹は突然の質問に一瞬たじろいたが、急須をちゃぶ台の上において、言った。
「ないことはないと思うよ」
「なぜ?」
間髪を要れずに富村が問う。
「それは、確かに祐二君の頭脳ならもう学ぶことはないさ。でも、学ぶのではなく、得るものはあると思うんだ」
「……ほう」
「それは学力、学歴などではなくもっと小さくて、でもとっても大切なものなんだ。思い出、そして懐古。感情を豊かにし、人生を豊かにしてくれるもの……」
富村は寝転がりながらすこし目を細め、なるほど、とうなずく。
「だから、学校は行く必要はないわけではないんだ」
春樹は遠い目をしながら、あえて富村の目を見つめずに言った。
「わかったかい?」
「分かった」
富村は寝転がったままそう答えた。
そして、春樹がいったん止めてしまったお茶を入れる作業を再開しようと再び急須に手を伸ばしたときだった。
「76点」
富村が突然そんなことを言うので春樹の手が途中で止まった。
「え? テストしてたの!?」
「いや、まあお前の相談能力を試していただけだ。せっかく相手の思考が読めるんだからそのとおりに答えることは面接においては優秀だ、しかし相談においてはタブーだねえ」
富村はそういいながら起き上がった。
「先に言ってよ!」
「先に言ってあんな恥ずかしい台詞がはけるかお前は」
「無理だよ!」
富村は春樹に体を向ける。
「そうだろうそうだろう。
とろこでバイザウェイ。さっきの問答に関して言いたいことがある、相談者は自らの想像した言葉で慰められても、もしくは説得されても、それはただ人並みなことを言いやがって、という反感を持つ可能性だってある。それ以外にも予想した答えというのは感動や情動が薄いんだ。逆に想像だにしない言葉で言えば、刺激があり、それで思考を180度変えてくれるかもしれない」
春樹はいきなりシリアスな雰囲気にされて困ったが、いつもこんな感じなので黙ってうなずく。
「ただ、それを完璧にできるなんて俺は考えていないよ。でもお前はできる。その能力で相手の思考の二、三歩先を行けば、いい相談ができると思うんだ」
「そうかなあ…」
丸め込まれた春樹。
「そうだ。お前は俺よりすごいやつだから」
富村はそういった後、再び寝転がってしまった。春樹はその様子をある程度眺め、軽く息を吐く。
「すごいやつ……ね」
おそらく富村はこの呟きが聞こえているだろうが、あえて何も言わなかった。
「まあ、がんばってみるよ」
「がんばれ」
春樹はその後、大きくため息をついた。
春樹は富村の寝転がる背中を見て、思った。心を読むことと心を汲むことは違うことだと。
一言言いたかったが、春樹は黙って茶を淹れることにした。