Elf and Ale
某お題スレより「エルフ」「記憶喪失」「生き恥」
「エルフとは総じて誇り高い生き物なのです。恩は忘れず、約束は違えず、生き恥を晒すよりも死を選ぶ」
言い換えればプライドの塊、と嘲るように笑う男にへぇ、とだけ返してきっと相当に胡散臭げになっているであろう視線を向けた。そんなプライドの塊が土臭いヒューマンの家で昼間からドワーフ御用達のエールをあおっているのはどういう事なのやら。
つまみにしている小魚の揚げ物は骨っぽく、小骨までカラっと揚げてバリバリと食い散らす庶民の料理で銅貨2枚もあれば用意できる。高貴なエルフ様の口に合うような品ではないと思うが、こんな物を食べるくらいなら死を選ぶのが普通のエルフなのだろうか?
「死ぬまで行くかは判りませんが、良い顔はしないでしょうね。エールなんて以ての外です、私達とドワーフの仲の悪さは酷い物ですから……そういう意味では私は生き恥を晒しているのですよ。記憶と共に分別を失った愚か者、同族が見ればさぞかし嘆くに違いない」
にたにた、と上品な顔立ちにそぐわない下品な笑い方をするや否や、彼はことさら大きな音を立ててバリバリと揚げ物を旨そうに頬張った。口の中身をエールで胃に流し込み、大げさな仕草で口元を拭う。それすらも絵になって見えるのはやはりこの男もエルフだからか。
不作法も顔が良ければなんともお上品に見える事だ。街を歩けばきっと老若問わずの視線を一身に集めて止まないだろう。しかし、そこまでエルフの常識とやらが判るのだからそろそろ記憶の方も戻ってきてるのではとも思うのだが。
思った事をそのまま口に出してやると、彼は笑いを引っ込めて眉間にしわを寄せる。
その表情で大体想像は付いたが、やはり自分自身の事だけがすっぽりと狙ったかのように抜け落ちているのだという。まるで作り話のようだ、と苦笑を浮かべるとそれは向こうも同感なようで
「全くです。こうも狙い澄ましたかのように自分の事"だけ"判らないとなると陰謀めいたものを感じますよ。
もしかしたら私、エルフの中でも高貴な生まれで命でも狙われているのかもしれませんね?」
あり得ないとは言わないが、土砂降りの雨の中金も何も持たずに裏路地にぶっ倒れていた理由としては少しばかりご大層過ぎやしないだろうか?言っている本人も後半の方は冗談なのだろう、けたけたとまた顔に似つかわしくない笑みを浮かべてエールをあおりはじめた。
未だに名前すら思い出せない有様だが、こうしてタダ酒をかっくらう姿を見ているとなんとも言葉に困る。晩酌に付き合わせてからという物、自分から要求してくるのだからタチが悪い。甲斐甲斐しく用意してやる自分も自分なのだが、一生縁がないであろうエルフの暮らしやら世俗、なんて興味深い話を酒の肴にしてくれる事もあり、止めるに止められぬというのが実情だ。
「しかし、記憶というのも案外無くしてみるものですね。記憶と感情が一致しないせいでしょうか?エールは味わい深いし、あなたが作ってくれる料理も美味しく感じられます。先入観というのは厄介な物だなぁ」
エルフをそう嫌っていないドワーフが居たら是非会って話してみたい、そこまで言い切る彼に自分も釣られて笑ってしまった。もっともそんなドワーフを見つける事自体が至難の業なのだが……いや、酒場でエールをぐいぐいやってみせれば案外簡単に釣れるかもしれない。
「もしくは、記憶喪失のドワーフを拾ってくるとかですかね?」
これ以上酒代と食費が嵩むのは勘弁して欲しい、そう言ってから二人で笑った。
それから暫くして、記憶が戻ったと書き置きを残して彼は忽然と姿を消した。更に暫くすると、不定期で山海の珍味や多様な酒類が気付くと家の中に置いてあるようになった。不気味ではあるがどうやら恩返しのつもりらしい。感謝の言葉が一言だけ書かれた付箋が酒瓶に張ってあったので気付けたが、なんとも奇妙な恩返しの形であった。
きゅぽん、と今日も届いた酒瓶の栓を開けると、驚いた事にそれはなんとエールの香り。ああ、揚げ物が食べたくなるな。つまみがない事を嘆きながらも口にしてみると、味わい深い苦みが広がっていく。旨い、と素直に思えるが、一体エルフの彼はどうやってこんなエールを調達したのやら。
果たして記憶が戻った彼にとって、自分と過ごした日々というのは虜囚も同然の生き恥を晒した日々だっただろうか?それとも、案外悪い物ではなかったとエールをあおりながら笑い飛ばせる日々だったのだろうか?
もし再び彼と出会う事があるならば、そして叶う事ならば、エールのジョッキを互いの手に持ってまた、語り合いたいものである。