「新しい仕事」
アーラは宇宙船の船員だ
宇宙船は大きな会社のようであり、小さな国家のようなものだ
使い捨ての最下層の船民“ワーカー”は常日頃から油にまみれ、汚染物に囲まれながら働いていた
職場の先輩ニコシェは同じワーカー同士なのにも関わらず、支配階級の船民“コントローラー”たちから受ける階級差別の鬱憤を後輩のアーラにぶつけていた
直属の上司ストリンはそれも知っているので余計にニコシェには厳しく、ニコシェの苛立ちが幼いアーラに向けられ悪循環となっている
抑圧された宇宙船の暮らしの中で、アーラの小さな喜びと言えば、週に一度隔離された研究施設、の清掃を指示されるわずかな時間だけだ
隔離施設は“コントローラー”たちの実験研究室で本来ならワーカーたちは立ち入れない区画だ
水で満たされた巨大な円柱形の水棲カプセルユニットがいくつも立ち並ぶ
そこは長期間宇宙船で暮らすための糧となる生産物の研究が日頃から成されているのだけれど、見たこともない動物が入れ替わり立ち代わりカプセルに入れられ、眺めているだけでも楽しい気分になるのだ
今日も床のモップ掛けをしていたら、新しい研究対象を見つけた
茶色くてフワフワ
小さな動物のようだ
「おい、ワーカーの小僧!手を休めてないで働け!この無能な猿が!
ん?なんだ、アーラか!
どうした?気になるか?
これは“ネコ”というものだ
むかしむかし地球で可愛がられていた愛玩動物のうちのひとつだ
裕福な富裕層には愛玩動物のリクエストが多くてな
常に新しいものを開発、提供しなければ予算が降りないんでこういう仕事もしたりする
いつもの豚や魚よりも愛くるしいだろう?
さぁさぁ、見ているのはそれぐらいにして仕事に戻りたまえ」
いつもは厳しいストリンが妙に優しい
いや、彼が厳しく当たるのはアーラにではなく、いつもニコシェに対してばかりであった
そんなワーカー達に厳しいストリンも、この愛くるしい動物を見ていると心が安らぐらしい
アーラは元の汚い仕事に戻らされるのではないかと焦り、いつも以上に熱心に清掃作業をこなした
前にここの担当だった茶色い髪の毛の女の子はいつしか居なくなってしまい、アーラにここの仕事が回ってきたのはラッキーだった
ときおりかぷせるの中から、さっきの茶色い毛をした“ネコ”が彼にかまってほしそうに透明なガラスをカリカリしてくる
「なんだい、ネコちゃん?あそんでほしいの?」
ネコは何か言いたげな様子で必死にガラスの壁に爪を立てていた
ふふふ、と笑いながらアーラは作業に戻る
この人たちはこんなものまで作り出せて凄いな、
とアーラは思った
サボり癖があるニコシェはいつもキツイ汚れ仕事の現場ばかり回されていたが、従順な幼いアーラがストリンの目に止まってから研究施設の隔離ルームの清掃の担当に推薦されたのだ
せっかく良い仕事をまわしてくれて上司の顔を潰すわけにもいかない
ましてや他の子にこの仕事を奪われてはいけないと熱心に働くアーラを見て、上司のストリンもニンマリとしていた
そんなある日、ニコシェたちワーカーの悪ガキどもの鬱憤が爆発する
その対象はいつもアーラだ
エンジンルームの奥の方、誰も近付かない暗いオイル臭い場所に連れ込まれたアーラは
床に押さえつけられ、ズボンを脱がされ、
後ろから突きつけられた
幼いアーラにとって、ただ痛いだけの行為でしかないが抵抗するとさらに痛めつけられるので彼らの気が済むまで心を無にするしか無かった
あのときに見た“ネコ”の姿を思い浮かべてみたが、そんなもので心が癒される事も無かった
彼らの残酷ななぶり方は執拗で、何人も仲間たちが代わる代わる痛めつけてくる
ようやく解放され、うす暗いエンジン音が響く宇宙船の陰部のような場所でアーラはオイル溜まりに打ち捨てられ、
腹の中から吐瀉物を出し終わり、
うずくまっていた
高熱も発していて、立ち上がれない
彼が交代要員に発見されるまで数時間かかっており、すでに息も絶え絶え、死に近づいている状態にまで悪化してしまっていた
ワーカー達の騒ぎに気が付いたストリンはすぐにアーラを隔離ルームに運ばせて、あの大きな液体で満たされたカプセルに入れてやる
他のワーカーだったなら換えはいくらでも居るので、そのようなくずどもの騒ぎなど無視して、関係者はまとめて原子炉に放り込めと言い放っていただろう
使い捨てとして扱われる最下層のワーカーなので、あのまま放っておいても良かったのだが、ストリンはアーラに少しだけ愛着があったのかもしれない
ストリンからすれば“ただの気まぐれ”程度のものてあったが、どこかあの“ネコ”を見たときのような感覚が、彼に芽生えていた
そして、もうひとつ理由があった
彼には常に新しいものを生み出していくノルマがあった
宇宙船の狭い空間で自分の居場所を持続させるには、常に上級船民たちを満たさなければいけないものだ
それが食欲であれ、愛玩物であれ
アーラが目覚めたとき、
最初こそ自分が何処に居るのかわからなかったが、妙に見たことある光景に気付く
きっとストリンがカプセルに入れてくれたのだと理解した
誰も居ない研究ルームは数日間だれもやって来なかった
そこへひとりの女の子がモップを持って部屋に入ってきた
“ああ、もうボクの次の子が決まったのか”
とアーラはお気に入りの仕事を取られたような気がしてがっかりした
女の子はカプセルひとつひとつに目を奪われ、その度に手が止まっていた
少女の顔は驚きと笑顔にあふれ、
“ああ、ぼくも同じように楽しかったよ”と彼女のくるくる変わる表情に共感していた
そしていよいよアーラのカプセルの前まで来たとき
少女は「ひぃぃッッッ!?」と顔を青ざめ、
たちまち失禁してしまい、
その場に昏倒してしまった、
不思議に思うアーラ、
隣のカプセルに反射する自分の姿を見て驚いた
自分の身体はすでに人間ではなく、
恐ろしい歯を並べた“サメ”の姿だった……
そこでようやく気が付いた
あのときカプセルの中に居たネコは、前任者の子だったのだ、と
あの何か言いたげな寄り添いかたは
「早く逃げて」と言っていたのだ
しかし彼が気が付いたときには
すでに手遅れだったのだ
おわり




